立ち読み広告

2008.7/vol.11-No.4


古くて新しい「再発見」『蟹工船』ブームは事件

 ある晴れた昼下がりのことである。私は自由が丘の某書店で雑誌を立ち読みしていた。私のそばを通りがかったサマードレス姿の美しいご婦人が、「×××はあるかしら」と店員に訊ねた。残念ながら「×××」が聞き取れない。文庫売り場に小走りで向かった店員が、間もなく薄い文庫を1冊持って戻ってきた。
 「こちらでございます」
 「まあ、これが『蟹工船』なのね。いただくわ」
 おお、なんとご婦人は小林多喜二『蟹工船』をご所望だったのである。ご婦人の優雅な立ち居振る舞いとプロレタリア文学の代名詞的小説とのギャップにいささか戸惑ったのであるが、私はその日の朝刊を思い出して納得した。
 その日、5月29日の朝刊2面には、新潮文庫の全5段広告が載っていた。しかも3分の2ほどを占めているのは『蟹工船・党生活者』。ご婦人はこの広告を見て、買い求めたに違いない。

以前とは違うブームのきっかけ

 いま『蟹工船』がブームである。現代のワーキングプアの現実と80年近く前に書かれたプロレタリア文学とに通底するものがあるとして、脚光を浴びているのだ。実際、どの書店に行っても平積みになっている。この広告では「125万部突破!」だとか。
 じつは数年前にも『蟹工船』が一部で注目を集めたことがある。そのときのきっかけは荒俣宏の『プロレタリア文学はものすごい』(平凡社新書、2000年)だった。プロレタリア文学は暗くて重くて面倒くさいもの、というイメージが支配的だった。ことにソ連邦の解体や旧共産圏の崩壊以来、左翼文学は過去の遺物とみなされていた。ところが、(そのイデオロギー側面は別として)プロレタリア文学の表現にはアヴァンギャルドな部分がたくさんあるぞ、というのが荒俣の指摘だった。
 今回のブームは、荒俣による「再発見」と直接の関係はない。今回は表現のおもしろさよりも、そこで描写されている労働者が置かれた過酷な状況に注目が集まっている。きっかけは作家の雨宮処凛と高橋源一郎の対談だったと言われている。

若者が感じている現代の労働環境

 広告には『蟹工船』ブームを報道する各紙の見出しが使われている。
 〈「蟹工船」悲しき再脚光 格差嘆き若者共感〉(読売新聞)
 〈蟹工船 はまる若者 過酷な労働に共感〉(朝日新聞)
 〈プロレタリア文学の名作『蟹工船』異例の売れ行き〉(毎日新聞)
 読売新聞5月2日夕刊紙面の写真もある。本の内容を伝える広告というよりも、社会的事件を伝える広告だ。
 「おい、地獄さ行ぐんだで!」という言葉で『蟹工船』は始まる。80年前の地獄のような労働環境が現代と同じだというのだから、これは大変なことだ。広告では「20代の若者に売れています」というが、本当に読むべきなのは大人たちかもしれない。
 広告には新潮文庫のカバーデザインが引用されている。蟹工船のシルエットと書名、著者名。とてもかっこいいデザインだが、じつは新潮文庫のこのカバーそのものが1929年に戦旗社から出た『蟹工船』初版本のデザインを引用している。この時代にはロシア・アヴァンギャルドと呼ばれたアート&デザインの影響があった。そうしたことも含めて、古くて新しい文学の再発見である。

5月29日 朝刊
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