マーケティングの新レシピ

2008.7/vol.11-No.4


今の会社に一生勤めますか?

 人々の消費行動を観察するには「ズームレンズ」が必要だと思っている。
 一つは、いまの消費行動を接近して観察するミクロな「虫の眼」である。タクシーの運転手や飲食店の方の声を集める「景気ウオッチャー調査」などが典型であろう。
 つまり実感を中心にしたマーケティングである。
 もう一つは、経済や社会意識の動向を距離を置いたところから観察するマクロな「鳥の眼」である。今年になって宝飾品などの売り上げが不調になっているという「売り場の声」を記事などでも見るが、これは年初来からの株価低迷が原因だろう。
 宝飾品などの嗜好品全般に言えることだが、こうした分野では株の値上がりなどによって得たお金が回ってくると言われる。したがって、株式市場の動向を観察していればある程度の予測もつく。
 こうしたマクロ観察の中で、結構重要な分野がある。それが「働き方」についての意識なのだ。

「働く」は消費の基盤

 日本人の仕事に関する価値観は90年代に急速に変わった。というよりも、変えざるを得なくなった。終身雇用と年功序列という神話が消えて、若者の就職は困難を極めた。
 一方で起業がもてはやされて、転職する者も増大した。実力優先の世界が広まり、流動化が進んだのである。
 では、こうした価値観の変化がなぜマーケティングにおいても重要なのだろうか。
 答えは簡単だ。「働いてお金を得る」という行為は消費の基盤だからである。この基盤が揺らいだら、どうなるだろうか。たとえ現在の所得がある程度十分でも「将来はわからない」となれば、消費は控えられるに違いない。
 また就職で苦労した世代は、消費行動にも保守的になる。不要不急のものを買うくらいなら、できるだけ頑張って持ち家を手に入れようとする傾向が見られる。これに対して、バブル期を知る者は、少し景気が回復すると真っ先に消費に走る。
 こうした仕事に対する意識については、定期的な調査結果も報告されている。その中でも新入社員に対しての意識調査は継続的におこなわれており、時代の傾向をつかめる。
 社会経済生産性本部の2008年度新入社員意識調査の抜粋を見てみよう。

新入社員の仕事に対する意識

 このニュースについては、覚えている方も多いと思う。「今の会社に一生勤めようと思っている」が4年連続で上昇して、過去最高になったということが注目された。
 つまり「今の若者は安定志向になっている」という文脈で報じられたのである。
 この調査は90年以降おこなわれている。そして先の質問についての最低は2000年度である。一方で「条件の良い会社があれば、さっさと移る」志向は減りつつある。
 さて、これを見て「今の若者は安定志向」と考えていいのだろうか? もしそうならば、マーケティング戦略にも影響する。
 近年の若者の消費意欲の低下の一因は「将来不安」のために貯蓄が多いから、という分析がある。転職や起業を考えていれば、たしかに余計なものは買わない。
 だが「一生同じ会社」の安定志向が強まれば、クルマなどの耐久消費財なども復活するのでは? という仮説も成り立つのだ。

安定志向ではなく現状満足

 だが、こうした期待はあまり持たない方がいい。それは調査をよく読むとわかる。
 実は、この調査では、新入社員の入社した企業が「第一志望かどうか」をたずねている。それによると、この数字は5年連続で上昇し、今年度は75%を超えている。実に4人に3人以上が第一志望の企業に入っているのだ。
 この数字を見ると「今の若者は安定志向」という分析には疑問符がつく。志向性が変化したとは言い切れない。むしろ「第一志望に入ったから、このままでいいや」と現状満足している者が増えたということではないか。
 志望通りの企業に入った4月にこうした調査をすれば、「一生勤めてもいい」と答える者も多いだろう。
 一方で、「一生勤める」と考える新入社員の割合が最低の2000年度においては、「第一志望に入社」した者の割合もまた最低だったのである。つまり、自分で入った企業に満足できていないので「できるだけ早く転職したい」ということになる。
 「一生勤める」志向の新入社員が増加したというが、よく見れば実はまだ5割以下だ。半数の新入社員は「チャンスがあれば」と虎視眈々だと思った方がいい。そして実力のある者ほど、一気に動くだろう。
 そうなると、消費性向が一気に高まるとは思えない。ちょっと景気が悪くなって、待遇がよくならないとなれば、また一気に人材は流動化する。そうなれば、余計なものを買おうとはしない。クルマや酒など、若者離れが続く市場では、就職状況の好転がプラスに直結するとも思えないのである。
 一方で転職やスキルアップにかかわるビジネスはどうか。仮に今後少し停滞したとしても、中期的には根強い需要があると思われる。
 消費というお金の出口を読むためには、仕事というお金の入り口を観察することが大切なのである。

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