Fashion Insight

2008.7/vol.11-No.4


FEC賞受賞のために来日したステファノ・ピラーティ”

 「イヴ・サンローラン」のクリエイティブ・ディレクターであるステファノ・ピラーティが公式では初の来日を果たした。
 その理由は第51回FECインターナショナル・デザイナー・オブ・ザ・イヤー賞受賞のため。
 今までの海外のデザイナーは、受賞が内定すると、贈賞式にあわせてイベントやショーを企画して開催したり、また贈賞式の日時を来日のタイミングにあわせるという場合がほとんどだったが、ステファノ・ピラーティの場合は異例。彼はFEC賞を受賞するためだけにわざわざ日本へ来たのだ。
 他の第51回FEC賞受賞者は、「LIMI feu」の山本里美が日本国内のデザイナー・オブ・ザ・イヤー賞を受賞。特別賞は昨年急逝したメーキャップ・アーティストのパイオ二アであったシュウ・ウエムラと女優の菊地凛子に贈られた。
 このFEC賞の模様は海外も含む多くのメディアに取り上げられ、その記事をお読みになった方も多いと思うが、この原稿ではセレモニー前後のことをお伝えしたい。

にぎわう贈賞式の会場
第51回FEC賞各賞の受賞者たち。

 セレモニーが開始される前に、「イヴ・サンローラン」のヴァレリー・ハーマンCEOから挨拶をしたいとの申し出があり、30分ほどコーヒーを飲みながら話す機会があった。
 彼女(CEOは美しい女性なのです)はFECという組織の中身と選考方法についてたずねてきた。私の説明を聞いて彼女は信じられないといった表情とともに以下のように話してくれた。
 「FECがボランティア活動でなりたち、賞の選考は会員による選挙からはじまるというあり方は、ファッション・ジャーナリズムの先進国であるフランスやアメリカでも存在しない。このやり方は、『公明正大』という点で、FECにかかわる人、全員が誇りに思うべきことだと思う。ぜひこの組織をさらに広げていってほしい。デザイナーにとってこの賞を受賞することはいかに重要であるかということを、FECの方々は再認識してほしい」。ちなみに受賞した「イヴ・サンローラン」の都内の店には、ウインドーに「FEC賞受賞」の英文がプリントされていた。
 汐留のコンラッド東京、アネックス「風波」で開かれたFEC賞のパーティーの後、午後10時頃から同じコンラッド東京のレストラン「ゴードン・ラムゼイ」で彼女が主催した「FEC賞受賞記念晩餐会」が開かれた。
 招待者は建築家の石上純也をはじめとする日本の若きアーティストたち。これは日本文化から多くのインスピレーションを受けている受賞デザイナー、ステファノが「日本に行ったら若手のアーティストと会いたい」という希望があっての人選という。料理とワインを楽しみながら、ステファノを中心にミラノ、パリ、ニューヨーク、そして東京についての都市論が交わされ、深夜まで宴は続いた。

会場
第51回FEC賞各賞の受賞者たち。

 5月27日のFEC賞贈賞式の6日後、「イヴ・サンローラン」の創立者イヴ・サンローラン氏の訃報が届いた。2002年に引退したサンローラン氏にFEC賞を贈ることはできなかったが、彼が認めた後継者ステファノ・ピラーティのFEC賞受賞を彼は知っていただろうか。もし知らずに逝ってしまったとしても、ぜひとも天国からステファノを祝福してほしいと思う。

もどる