from Europe

2008.7/vol.11-No.4


偉大なるクチュリエの死

 6年前にオートクチュールの世界から退いたファッションデザイナーのイヴ・サンローランが亡くなったのは6月1日。フィガロ紙は、一面いっぱいに若き日の彼のポートレートを載せ、「世界で最も偉大なクチュリエの死」と英雄を悼んだ。デビューから50年間余、公私共にパートナーとして信頼してきたピエール・ベルジュは、悲しみの中、「たった今、フランスはその最も偉大な芸術家の一人を失った」と語った。死のたった数分後だった。
 彼がどれほどファッション界に貢献し、後輩のデザイナーに影響を与えたかは、多くのメディアで紹介されている。ココ・シャネル、クリスチャン・ディオール、バレンシアガなど、20世紀の服飾史をつくってきた人物たちはすでに世を去り、本人引退後のイヴ・サンローラン(YSL)と同様、現代の才能あるクリエイターにより、ブランドのDNAが守られてきた。ブランドには“番人”が必要だ。
 フィガロ紙のインタビューに、「死の悲しみの一方で、とてつもない遺産を預かったのを自覚した。ブランドのDNAを守っていく」と語ったCEOのヴァレリー・ハーマンは、一時期低迷していたYSLを見事に蘇らせた“番人”のひとり。現在クリエイティブディレクターを務めるステファノ・ピラーティは、「彼はいつも極度に人見知りだったが、あとで魔法の言葉がたくさん詰まった手紙をもらった」と同氏とのエピソードを語った。
 3日後の写真誌「パリマッチ」では、42ページもの特集が掲載された。スモーキング(タキシード)や大胆なシースルードレスなど彼の代表作に加えて、生前の写真が数多く紹介された。デビュー時に「王子」と称された、若く神経質そうな彼も素敵だが、晩年少し壊れかかったようなメガネ姿も魅力的だ。モード大国で先端を走り続けなければならなかったサンローランの傍らにはいつもベルジュが居て、彼を守りながら、栄光と美、スキャンダル、不幸、そして、愛を分かち合った。
 さりげない指先や足の組み方まで、彼の姿は美しい。「エレガンスとは、立ち居振る舞いであり、どのような状況であれ、それを行えることだ。しかし、精神の優美さがなければエレガンスはありえない」と語る、彼の生き方こそエレガンスの極致だ。
 彼は、女性にタキシードを解放する一方で、1999年の春夏オートクチュールで、フランス女優レティシア・キャスタを見いだし、胸と腰だけをバラの花で覆ったようなドレスを着せた。あられもない姿だが、女性が女性であることをこれほど謳歌できる服もない。
 6月5日の告別式には、サルコジ大統領夫妻や女優のカトリーヌ・ドヌーブ、LVMHのベルナール・アルノー、ジョン・ガリアーノなど、大物たちが弔問に訪れた。教会の外には大型スクリーンが設置され、冒頭の弦楽奏曲から、生前のインタビュー、友人挨拶、出棺までの約2時間の一部始終が公開され、詰めかけたファンで通りは一時通行止めとなった。私は、同じ空の下で、この場に立ち会えたことに感謝しながら、もはや話を聞くチャンスはないことに寂しさを覚え、彼の足跡を改めてたどることにした。

6月2日 フィガロ紙
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