こちら宣伝倶楽部

2008.6/vol.11-No.3


クリエイティブを不自由にする圧力

イラスト

 消費者保護という大義名分を掲げ、その表現が正しいかどうか、好ましいかどうかをチェックするような仕事がある。正しいかどうかの判断には専門的にみて、それが明らかに間違いである場合は大いに指導を受けたいと思うが、好ましいかどうかには主観がはいって、そうかなあ、そうは思わないけどなあがでてしまい、ときどき素直になれないことがある。しかしチェックする側が上位にあるような場合は引き下がらざるを得ない。こじらせると次回同様のときマークされるからだ。

薬品に近づくとうるさくなる

 食品に関する事件が後を絶たないが、例えば「賞味期限」や「消費期限」、これをきめて表示するのはメーカーや販売店だが、その期限切れやツケカエ再利用をチェックするのは保健所などの仕事になり、不正があるとたとえ病人がでなくても処罰され、最近は社会が厳しい制裁をする。しかしおかしいなと思うのはスーパーなどで売られている魚は、その一匹一匹にいつとれたのかの表示はない。それが刺し身になってパックに包まれると、とたんに「賞味期限」の表示が義務づけられる。
 自然派をテーマにする化粧品が増えているのに、化粧品そのものには今のところ「消費期限」も「賞用期限」もなく、有名ブランド化粧品がお買い得セールをして、在庫処分をしたという例がない。よほど上手に商品を回転させているに違いない。
 ところでその化粧品だが、研究と開発がすすみ、効能と効果を売りにする化粧品がこのところ増えている。ヒアルロン酸とかコラーゲンなど次々に新しい成分がでると、それを前面に出した新製品がでてくる。大きな流れで「化粧品が薬品に近づく現象」が起きている。だから薬事、薬務関係のチェックがものづくりと、広告やパッケージなどの表現物に立ちいってくる。ものづくりへのチェックや指導は化学的に大切だと思うが、後者への表現上の関与はそのやりとりが微妙になる。
 これは薬事法にふれる、医薬部外品として好ましくない、これは誤解を招く、この表現はふさわしくないなど、専門的なことと感覚的なことが入りまじってチェックされ、指導という名のNOが言い渡される。こじれると時間がかかり、あとのスケジュールに影響しすぎるので大抵は無抵抗に引き下がる。ものづくりでこれを執拗にやられると担当者はかなりビビってしまう。おだやかに収まるように少しでも手加減をしたら、特性のはっきりした市場にインパクトを与える商品の供給がトーンダウンするかも知れない。

老眼鏡によるチェック

 ある意味でテレビCMの考査は鷹揚で、問題があれば視聴者が広告審査機構や国民生活センターにかけこむか、直接広告主に申し出る程度になっている。パチンコのCMもいつのまにかゴールデンにはいってきた。その点新聞は、公共性や社会性を自負するだけあって、広告への事前の審査、考査があり、さりげない介入がある。例えばむかし、下着の広告でガードルをはいた女性が右から左へ元気に歩いている写真にNOがはいった。右脚が前、左脚が後は駄目、その逆だったら股の部分が太ももに隠れるのでOKというのだ。新聞社の係員は老眼鏡をつけたりはずしたりして「これはあきまへんな」と譲らない。別の広告で駅貼りポスターを考えたとき、マークした都内の駅はすべてOKだったのに、原宿駅だけNOのときがあった。「天皇さまの駅にふさわしくない」というのがその理由だった。このプライドは今もあるのだろうか。
 さすがに最近は写真やイラストでクレームのでることは少なくなったが、コピー表現での微妙なチェックは健在だ。これが結構うるさくてわずらわしい。NOといわれることの大半は、この表現はオーバーだと思う、これは効能をうたいすぎ、その裏付けがない、ひとりよがりではないか、他社誹謗にあたる、断定的すぎるなどで、「それはごもっとも」より「そうかなあ」の方が多いようにそのときは思う。準じなければ広告として受けつけぬという姿勢に負けざるを得ないが、あとになって「きちんとした広告」を出すということにアドバイスを受け、客観的にバランスのとれた、ひとりよがりにならない広告をつくることに協力を受けたと思うことにしている。
 しかし一方で、怪しげな商品をならべた通販広告は増える一方だし、広告でうたっているサービスの確認をしないままの一連の旅行広告へのチェックはどうなっているのかと思ったりすることがある。

バラバラとマチマチの規範

 折り込みチラシは販売取次店の仕事だが、読者はその新聞と一体だと思っている。しかし今のところ、ここへの介入はほとんどない。チラシで一歩ふみこんだメッセージをおくることは不可能ではない。
 そんなことよりも今回のテーマ、考査や審査という名の指導的介入について、こちら(広告主企業やメーカー)の考えていることをいくつか……。社によってバラバラ、こだわりや力の入れ方がマチマチだということ。先述した薬事、薬務関係のお伺いは、その社の本社所在地で行うのが義務づけられていて、これが都道府県によりイロイロだと聞く。人間による経験やキャリア、時間のあるなしや気分で企業に運、不運ができるという噂だ。
 これと同じようなことが新聞社にもある。非常に厳しくうるさい社と、そうでもない社と、あそこがOKならうちもOKというのがある。メディアの良識が各紙マチマチで少しずつテレビ化しつつあるのかなと思うのと、立場を守り存在を主張する最後の人ががんばっているのかなと思っている。正論をいえば新聞の読者と消費者を守り、広告の倫理と良識ある表現を支える憎まれ役にあたる。

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