Fashion Insight

2008.6/vol.11-No.3


カルティエの“インドの夜”

 4月24日「インド ミステリューズ(神秘のインド)」と題して、カルティエの主催する晩餐会が三井倶楽部で開催された。

みごとにセッティングされた三井倶楽部の内部

 カルティエとインドとの関係は20世紀初頭から始まっている。インドの藩主マハラジャから依頼され、カルティエが見事な宝石を使って装身具を創作する一方、インドからもインスパイアされ生まれたアニマルモチーフのジュエリーはカルティエの人気商品になっている。
 さて当日会場となった三井倶楽部の庭にはインド象をかたどった緑が飾られ、ジュエリーはインドのマハラジャのテントを模した会場で展示され、インド音楽と舞踊を交えたショーも催されるなど、インド一色。さらに『ロブション』のシェフによる、インド風料理もサーブされるという凝りようだった。
 このガラディナーは我々プレスだけでなく前夜は顧客向けにも開かれたとのこと。さすがに日本のマーケットでの好調を持続しているカルティエならではの豪奢なふるまいといえるだろう。

三井倶楽部の庭に設けられたマハラジャの館を模したテント
庭には象の親子の植え込みも

 本誌3月号でも書いたが、銀座の中央通りとマロニエ通りの交差するあたりは、ここ数年の間に世界のハイジュエラーが暖簾をかけるようになった。京橋側からあげていくと、まず中央通りのハリー・ウインストン、ティファニーが続き、昨年出来たブルガリ、その正面にはカルティエ、マロニエ通りをはさんだ向かいはシャネル(シャネルは最近時計と宝石部門にとても力を入れている)、その先にはショーメとミキモト本店、マロニエ通りを右折すれば今年オープンしたデビアス、その少し先にはミキモトという賑わいようだ。
 つまり銀座へ行けば世界のほとんどのジュエラーの商品を見ることができるということなのだ。週末ともなればエンゲージリングを求めて、多くのカップルがやって来るというのもうなずける。

左はカルティエのギャビン・ヘイグCEO
当夜、三井倶楽部はカルティエ一色となった
fashion insight 画像

 ハイジュエリーは、ヨーロッパではそれを身に着けオペラやディナーを楽しむといったことで、それを身に着ける人のクラス(階級)を表すもの。それ故に、代々財産として相続されていくものである。つまりハイジュエリー=高級商材は、流行という瞬発力の勝負ではなく、大事に育て伝えていくものだという文化がある。
 一方日本ではそうした文化はさほど厚みのあるものではなく、これまでは、石(宝石)好きという年配の人たちがジュエリーの顧客の多くを占めていた。が、バブル崩壊以後、そうした顧客層は激減した。
 その結果、現在の日本のジュエラーたちは、海外ジュエラーに比べまったく勢いがない。つまり、「売れない」のである。
 なぜか──顧客のニーズも多様化し、ドレススタイルなどに新しいトレンドも生まれているのに、それに合ったジュエリーを開発することなどに、日本のジュエラーは無頓着でありすぎたのではないだろうか。
 また、日本のマーケットは、女性が自分のために自分でジュエリーを購入するケースが多いという。それにしては日本のジュエラーはいまだ男性主導である。
 つまりマーケットの変化、顧客の好みの変化に日本のジュエラーはついていくことができなかったということなのだろう。

 カルティエのガラディナーのざわめきは深夜まで続いた。招かれたのはパーティー慣れしたファッション誌のプレス関係者であるにもかかわらず、人々は夜遅くなってもこの美しい会場を去ろうとしなかった。海外ブランドのこの見事なもてなしぶりに、ビジネスにおける顧客のニーズをさぐる戦略の鋭さを感じた夜だった。

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