特集 2008.5/vol.11-No.2

ウェブの深化とこれからの広告
行動履歴に基づいた個のマーケティングへジャーナリスト
 マーケティングという視点で見たとき、インターネットで最も注目すべき動きは、生活のさまざまな行動履歴をすべて収集する「ライフログ」だ、と指摘するのは、IT分野を中心に活躍するジャーナリストの佐々木俊尚氏だ。パーソナル化に向かうマーケティングの新しい動きとはどんなものなのだろうか。

 マーケティングはパーソナルの方向に、つまり、生活のさまざまな行動履歴をすべて収集し、それに基づいて広告や情報をピンポイントで個人に提供する方向に向かっています。
 例えば、NTTドコモはおサイフケータイやGPSなどの位置情報、ユーザーの属性などをベースにした「行動連鎖型検索サービス」を、東急電鉄は「PASMO」の行動履歴を基にサービスや情報を提供していこうとしています。いずれも経産省の「情報大公開プロジェクト」の一環として推進されているものです。このプロジェクトはスタート当時、「グーグルに対抗する検索技術を目指している」と誤解されて報道されたところがありますが、実は日本の得意なセンサーなどの要素技術を利用して、ユーザーの日常的な行動情報を収集し、それをユーザーへフィードバックさせる技術の確立を目指したものです。
 セブン&アイホールディングスの電子マネー「nanaco」やJR東日本の「Suica」、ビットワレットの「Edy」も、単に電子マネーのシェア争いではなく、消費者の行動履歴を誰が押さえるかという競争になっています。
 また、アメリカのSNSも、最近はユーザーのさまざまな行動履歴を自動的に捕捉することを目的に運営されるようになってきています。
 「Facebook」がその代表的な例ですが、友人登録すると、このSNSを使っている間の動向が友人にリアルタイムで通知されるようになっています。僕が会社で残業中にFacebookを開いていると、友人のページには「佐々木さんは会社で残業中」といったメッセージが出るだけでなく、Facebook経由で僕がアマゾンから本を買うと、「佐々木さんはアマゾンでこんな本を買いました」と通知される。SNS内だけでなく、外での行動まで友人に伝える仕組みを作っているのです。
 SNS側から見れば、インターネット上で行われるありとあらゆる行動が自動的に捕捉できるようになっているということです。文字通り、一人のユーザーの人生や生活を転写し、デジタル化してしまおうという考え方で、こうした情報は「ライフログ」と呼ばれています。

「インプリシット」という考え方

 今までのウェブマーケティングで最大の課題は、その人の属性を収集することでした。サイトに登録する時にアンケート項目が多いと、ほとんどの人が答えてくれない。それをいかに自動的に収集するかが課題でした。そこで出てきたのが「インプリシット(暗黙的)ウェブ」という考え方です。ユーザーの知らないうちに情報収集する方向になってきたのです。  アマゾンの本の推奨がこの方法を使っていることはよく知られていますが、もう一つの典型的な例に、「ラストFM」というアメリカのインターネットラジオがあります。アップル社のiTunesと連動するようになっていて、そこで聴いた曲名がラストFMのデータベースに蓄積されていき、それに基づいて、その人の好きそうな音楽をラジオで流す。「ラストFM」というのは、自分だけのパーソナルラジオなのです。
 そういう「インプリシットウェブ」を使って、自分が知らない間にライフログを収集する方向にマーケティングは向かっているのです。

個人の嗜好との相関の最適化へ

 ライフログビジネスの最大の課題は、その人の嗜好との相関をいかに高くするかという点にあります。相関の低い推奨は、受け取る側からみれば迷惑メールと同じです。
 アマゾンが支持されているのは、自分の購買履歴を基にしてお薦めを表示しているからですが、そのアマゾンも実は完璧ではないと言われています。それは、結局、過去の行動履歴しか見ていないからです。アマゾンが使っているのは、「協調フィルタリング」という技術です。たとえば、僕がアマゾンで四つの商品を買ったとします。ほかの人でこの四つを含む五つの商品を買った人がいたとしたら、僕も残りの一つを買うだろうという考え方です。
 しかし、僕自身がどういう人間かという個人属性や、買った商品の属性もあるわけですが、それは見ていないのです。そうすると、僕が奥さんのために化粧品を買ったら、その後、女性用化粧品のレコメンドが来てしまうということが起こるわけです。要するに、この人が男性だということも、化粧品がどういう商品かも見ていないということです。
 冗談ぽい例としてよく引き合いに出されるのが、アマゾンでウェブの技術系の本を買うと、なぜか“萌え系”の商品がレコメンドされるという話です。たまたまその人が同じ趣味ならある種の新しい気づき「セレンディピティ」を演出することになりますが、一方でそれはスパム化する可能性もあるわけです。そこをどうスパム化させないで最適化するかが、今後は大きな課題になるだろうと思います。

課題はプライバシーへの対応

 ライフログビジネスの進展で今後問題になってくるのは、プライバシーの問題です。
 日本は、そこに個人情報保護法という制度の問題がからんできます。プライバシーに人々がセンシティブに反応するようになっていますから、ライフログビジネスをやろうとすると、たぶん相当反発が起きるであろうと予想されます。
 しかし日本でも、例えば百貨店の監視カメラを使ったライフログビジネスの構想が実際に出てきています。ショッピングカードで商品を購入しても、実際に購入したものしか把握できません。どの売り場を見て歩いて、何かを買いかけて、やめたという行為までは捕捉できません。それで、顔認識という技術を使って、その人の店舗内の行動をすべて捕捉しようという構想があるのです。そうすると例えば、その人が、紳士服売り場でシャツを見て、買わないで帰ったとしたら、次の来店のときに「新しいシャツが入荷しました」とレコメンドをすることができるようになるわけです。
 ほとんどの人がこの話を聞くと、「そんなの気持ち悪いよ」と答えると思うのですが、的確にレコメンドされれば、一流ホテルのサービスのように顧客が喜ぶサービスになる可能性があります。
 さらに相関を高めようとすると、一つのサイトや店の行動情報ではなく、店舗を超えた情報を利用しようという考えが出てきます。たとえば、百貨店でA商品を買って、ネットでB商品を買った人は、次に表参道の専門店でC商品を買うかもしれないという相関が作り得るだろういうことです。行動ターゲティングの考え方は、実はそこまで進んでいます。
 こうなると、個人情報保護法に抵触する可能性がかなりあります。個人情報保護法には、情報の目的外利用と第三者提供の禁止という条項があって、自らの顧客データを他者に提供することはできないからです。ここをどうクリアするかが日本では問題になります。
 日本の関係企業は、顧客データを匿名化することでこの問題をクリアしようとしています。住所、氏名、年齢、性別と行動履歴が結びつけば個人情報保護法に抵触しますが、ID12345番のような匿名情報を使えば個人情報保護法に抵触しないのではないかということです。実際に医療分野では診療データを学会で発表するときに匿名化して発表し、その上で他の医師と情報共有する仕組みが出来上がっています。
 医療情報ではなく、日常の行動情報が企業間でやり取りされるようになれば、社会的批判が出てくる可能性はあると思いますが、マーケティングが間違いなくそういう方向に動いているのも確かです。

携帯もライフログ化へ


 日本の携帯電話もライフログ化していきます。インターネットの用途には「情報を収集する」「人とつながる」という二つの方向がありますが、携帯はパーソナルユースでもあるし、人のつながりが最優先されるメディアです。
 アメリカの携帯はパソコンのインターネットにアクセスできる「スマートフォン」が主流で、パソコンと携帯はアクセスする機器が違うだけで、閲覧先は同じウェブサイトです。ところが日本の携帯は、パソコンとは別の携帯専用サイトという形で進化してきました。また、会社のパソコンは個人のメールやSNSへのアクセスを禁止しているところも多くあり、仕事はパソコンで、プライベートは携帯でという二つの流れに分かれています。逆に言えば、日本の携帯は個人のライフログを押さえるには非常に適したメディアだということです。
 NTTドコモが「マイ・ライフ・アシストサービス」でやろうとしているのは正にそれで、ユーザーの行動履歴からユーザーに必要な情報を推論し、提供しようという「行動連鎖型検索サービス」の実現を目指しています。検索という名称が使われていますが、要するに、おサイフケータイやデジタルカメラ、GPSの位置情報などから得られる行動データを基にしたレコメンデーション情報を提供しようとしているのです。自分のライフログデータを誰かに渡すという心理的障壁も、パーソナルな携帯なら、かなり低くなる可能性があるというのがNTTドコモのアプローチです。
 こう見てくると、SNSやブログと言ったCGMを従来の広告メディアと同じようにとらえることが、いかに見当違いかが見えてきます。インターネットは、広告のような上流から下流へ情報を流すモデルではなく、むしろ、生活のさまざまな行動履歴を捕捉するマーケティング装置になっていきます。
 これからも、圧倒的多数の人が利用する商品は常に存在するわけで、そこは相変わらずマス広告が担うことになります。しかし、その一方で、インターネットをベースに、マーケティングはパーソナル化に向かっています。日米でアプローチは違っても、今後の一つの焦点になるのが、ライフログの取得を前提にしたレコメンデーションエンジンの高度化で、その方向に進むのは間違いないでしょう。

Sasaki Toshinao

 1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社の社会部記者を経て、99年アスキーに移籍。月刊アスキー編集部デスク。03年に退社し、主にIT分野を中心にフリージャーナリストとして活動中。著書に『ウェブ国産力−日の丸ITが世界を制す』(アスキー新書)、『起業家2.0−次世代ベンチャー9組の物語』(小学館)、『ネット未来地図 ポスト・グーグル時代20の論点』(文春新書)など多数。


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