特集 2008.5/vol.11-No.2

ウェブの深化とこれからの広告
 ウェブの深化により広告を取り巻く環境は大きく変わった。しかし、その変化に広告は対応しているだろうか。変わってしまった消費者に対応するコミュニケーション、口コミの発生メカニズムから見えてきたマス広告の役割、そして、人々の行動履歴を捕捉しパーソナル化へ向かうマーケティング。これからの広告 を考えるためのヒントを、三つの視点から探ってみた。
消費者本位のコミュニケーションデザインへ
 『明日の広告――変化した消費者とコミュニケーションする方法』という本が話題を呼んでいる。著者はインターネットの黎明期から個人サイトを運営してきた「さとなお」氏だ。さとなお氏は大手広告会社で広告クリエイティブに長年携わり、現在はインタラクティブ部門のクリエイティブディレクターを務めている。これまで食にまつわるテーマで10冊近い本を書いてきたが、本名の佐藤尚之の名前で初めて本業の広告をテーマに書いたのが、この本だ。変化した消費者に対応するこれからの広告とは、どのようなものか。

――「さとなお.com」を始めたのは、95年と聞いていますが。
 当時はブログという言葉もまだなかったころで、ホームページと呼んでいました。「面白い」と思って始めたのですが、正直こんなに続くとは思っていなかったですね(笑)。自分にこんなに根気があるとは思ってなかったんです。でも、本業の広告とは関係ない本を出したり、仕事とは関係のないたくさんの人と知り合えたり、全部ネットがキッカケです。始めて良かったです。

――最新刊の『明日の広告』は、本業の広告に関する初めての本ですね。

 ネットをやっていくうちに、「あ、これは広告が変わるな」と思いました。実際大きく変わりつつある。でも、ネットだけでもダメなんです。マス広告があってこそ消費者に伝わることも多い。つまり組み合わせればいい。なのになぜかネットとマスメディアは対立したものととらえられていて、変だなぁと。
 広告って、消費者に届きさえすれば手法やメディアは何だっていいと僕は思うんですね。最近なんでもかんでもクロスメディアと言われますけど、それも違うと思っています。「伝えたい消費者がどこにいて、どういう動きをしているから、こうクロスメディアする」ということならわかりますが、商品によってはその必要がないものもある。ラジオだけで伝わる消費者ならラジオだけでやればいいはずです。
 問題は広告手法ではなくて、消費者が変わってしまったというところにあります。変化した消費者に広告を届けるためには、手法もメディアも一度忘れて、消費者をきちんと見てコミュニケーションを組み立てていかなければいけない。そうするには、今までの広告の仕事のやり方も変えなければいけない。そういう僕の考えをまとめた本です。

消費者が変わった

――まず、消費者が変わったというところから、説明してもらえますか。
 情報洪水、市場の飽和、消費の成熟が、消費者が変わった大きな要因です。その結果、消費者は情報に飽き、スルーするようになった。広告なんてスルーされる最たるものです。
 もう一つの消費者の変化は、ネットが出てきてメディア接触のカタチが変わったこと、そして彼らが情報の受け手から送り手に変わってきたことです。最近は商品やサービスの良しあしを消費者同士が発信して話し合うことが当たり前になっています。本にも書きましたが、広告が消費者へのラブレターだとすると、それを読んでくれなくなっただけでなく、読む場合は友だち同士で見せ合って検討し合ってるんですね。

――彼女にラブレターを書いて、それが友だちの間でまわされて、「この愛、どうなの?」なんて話し合われたら、たまったものではないですね。
 でも、いまやそれを実際みんなやっているわけです。商品比較サイトやレストランガイドで、オンライン書店のカスタマーレビューでも、商品やサービスの良しあしをみんなが評価し合うようになっています。
 それから、メディアの接触で言うと、テレビを家族で見なくなって、茶の間がなくなったということも大きいですね。視聴率は茶の間のテレビで測るもの。でもその茶の間に人があまりいないんです。老人と子供しかいない。彼らしかいない茶の間の視聴率が上がるように番組を作っているわけで、つまりビジネスマンや若者の興味や感覚とどんどん乖離していく。茶の間の崩壊は今までの広告の常識を大きく変えてしまいました。

――だから、クロスメディアが必要になってきた、ということだと思うのですが。

 いや、それも消費者次第で。たとえばどこかにターゲットとする消費者が集まっているとわかれば、そこに広告を打てばいいので、クロスメディアは必ずしも必要ではないですね。メディア本位でなく、消費者本位に考えないといけないと思います。変化した消費者に対応するためには、クロスメディアよりも上位概念であるコミュニケーションデザインで、もっと俯瞰して広告を考えることが必要かと思っています。

――メディアニュートラルという考え方に近い?

 ま、そうですね。必要なメディアはターゲットとする消費者をしっかり見て分析すれば見えてくるということです。消費者がいる場所を分析しないと、気まぐれでメディアを渡り歩く、いまの消費者に広告を伝えられません。

コミュニケーションデザインとは

――コミュニケーションデザインとは、具体的にはどういうことですか。
 消費者に広告メッセージを伝えるために、最適な手段と表現を設計することです。最近では口コミの影響力が強いので、いかに人に言いたくなるように全体をデザインするかも重要ですね。これまでの広告は商品の良さを伝えればよかったのですが、今は友だちとかに言いたくなるようなサービス、商品、広告にしていかないと消費者の話題にならないんです。サッカーのロナウジーニョがゴールポストに何度もボールをぶつけるナイキの動画広告がありましたが、そういう、思わず人に言いたくなるような仕掛けが重要になってきているんです。いい広告を作るだけじゃだめで、もう一歩踏み込んだコミュニケーションデザインを考えないと伝わらない時代になってきています。

――人に言いたくなるような仕掛けというのは?

 自分が誰か友だちに商品や広告の話をした時のことを考えればわかるのですが、そういう時というのは、その情報を知っていることをちょっと自慢したいときです。だから、そういう琴線に触れるコピーやデザインにすると友だちに話してくれます。今までの、商品の特徴を伝えるという広告とは視点が違うんです。
 当然、これからはブランディングのアプローチも違ってきます。人に「◯◯を買ったんだ、持っているんだ」と言いたくなるようなイメージ付けが重要になってくると思います。ただ、口コミをコントロールするのはかなり難しいので、注意が必要ですが。

消費者をしつこく観察する

――そういうコミュニケーションデザインを考えるためには、何が必要なのでしょう。
 それは消費者をしつこいぐらい観察することに尽きます。データも昔より取りやすくなっていますし、実際にインタビューしたり、いろんなことをやって知るしかないですね。

――それは誰の役割になるのですか。
 誰でもいいです。一般にはマーケとクリエイターでしょうか。最終アウトプットをつくるクリエイティブが最初からかかわっていることは大事で、それによってコミュニケーションがより一貫する場合が多いですね。
 それから、 マーケと言っても過去の分析が仕事だった昔のマーケではダメで、今どうなっているかを分析できることが大事です。消費者が変化した今、過去のデータは通用しないことが多いので。

――著書にも、高校生をターゲットにした清涼飲料水の例が出ていますね。携帯電話ではなくてファミレスが高校生のメディアだったということですが。

 僕たちが高校生にグループインタビューしたとき、当然、携帯が最重要なメディアだと思っていたんですが、意外と携帯を使ってなかったんですね。学校に持っていくことがほぼ禁止されていたのは知っていましたが、ここまで使ってないとは知りませんでした。もちろんメールは使うけど、広告を載せられるようなサイトはほとんど見ていない。それよりもよくよく聞いていくと、彼らはあるファミレスチェーンを毎日のように利用していたんです。だったら、そのファミレスを中心にキャンペーンを展開したほうがいい。そう思って企画を変えました。

――世代や職業で、メディアの接触は違ってきている?
 それは実際に調べないとわからないですね。というのは、過去のことを言ってもしょうがないからです。高校生のメディア接触も、今、どうなっているかわからないですね。

――接しているメディアや行動が短期間で変わるようになっているということですか。

 今は3、4か月たったら、ちょっとデータが古いと疑ったほうがいいかもしれませんね。例としてiPodを引き合いに出していいかわかりませんが、ああいうインパクトのあるメディアが出てくると行動がガラリと変わるんですね。ネットの人気サイトもそうです。そういう状況になってきたのは、特にこの3年ぐらいだと思います。

――長いキャンペーンだったら、途中でターゲットの接触メディアが変わってしまう場合もある?
 実際は、そういうことが起こっているのに、キャンペーンの途中で変えられるような体制にはまだなっていません。これからのキャンペーンは、フレキシブルに作っていかないといけないと思うんですけど、そのへんは今後の課題ですね。

「1ミリずれたら」という感覚

――04年の井上雄彦氏の個人広告「スラムダンク1億冊感謝キャンペーン」も佐藤さんが作られていますね。
 井上さんと僕を含めた9人のスタッフだけで作ったキャンペーンです。8月の新聞広告からサイトの制作、12月の神奈川県の廃校を使ったイベント「スラムダンク・ファイナル」まで、そのスタッフだけで作り上げました。

――このキャンペーンでは「1ミリずれたら」という感覚が大事だったと著書の中でも書かれていますが。

 井上さんが自費で「スラムダンク」が1億冊売れた感謝の気持ちをファンに伝えたいという広告だったのですが、コピーの言い方でも、メディアの扱い方でも、ほんの少しでもずれたら逆効果になる。特に若者とのコミュニケーションには微妙なストライクゾーンがあって、1ミリのズレで嫌味になったり、すごく温かく伝わったりするんです。ほかのスタッフを増やさなかったのも、そういう意識の共有が必要だったからです。
 新聞広告を使ったというのは、「スラムダンク」を読んでくれていた中心読者が30代のビジネスマンになっていたこともあったし、主要な新聞に掲載すれば、20代、30代のファンのどこかには確実に接触でき、そこから口コミが広がっていくだろうという読みがあったからです。ウェブだけだと、このキャンペーンを知らないままの人も出てきます。
 僕は、接触させるという意味では、テレビより新聞だと思っています。新聞は、とにかく読者の手元に届きやすいメディアですからね。でも、広く届くとはいえ、表現的には狭くしたんですよ。「スラムダンク」ファンにしかわからない表現にしました。

――その方が、口コミが広がるだろうという計算ですか。

 それもありますが、ファン以外には伝えたくなかったんです。ファンだけに伝えたかった。そういう企画です。ファイナルイベントの様子は雑誌「SWITCH」で60ページの特集になりましたが、それ以外の雑誌の取材は原則として断りました。それもファンの気持ちが壊れないことを優先したからです。



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