経済カフェテラス 2008.4/vol.11-No.1

「産学官融合、アンパンに学ぶ知恵
イラスト
 2006年秋に亡くなった歴史学者の木村尚三郎先生は、学者としてだけでなく、万博などのプロデューサーとして多方面に活躍されたが、グルメとしても超一流だった。そんな木村先生が学術的視点からも、グルメとしての立場からも好んで召し上がっていたのが「アンパン」である。西洋から来たパンの中に、東洋の素材であるアンコが入り、中心には和の象徴である桜の花とケシの実が飾られるというアンパンを、「これぞ西洋と東洋の融合」と称賛されていたという。
 先生が最後まで学長を務めておられた静岡文化芸術大学では、先生とのお別れ会にアンパンを配ろうという企画が持ち上がった。このときの「アンパン300個」という注文が、障害者福祉行政に一つの転機を与えたのである。

授産施設にも必要な経済

 私たちは市役所の売店やバザーなどで、「授産施設でつくられたものです」と説明書がついた商品を見ることがある。クッキーやポプリ、木綿の巾着袋などが多いが、いずれも市販のものより何割も安い。「授産施設」「作業所」とは、障害者が日常の生活習慣を学ぶ場であり、仕事をする施設でもある。ビジネスの世界とは縁遠いと思われがちだが、そうも言っていられない事情が発生したのである。
 06年4月に障害者自立支援法が施行され、障害者が障害福祉サービスを受ける場合は、原則として1割を自己負担することとなった。現実的には彼らが働いて受け取る工賃は1か月1万円程度であり、施設の利用料を払うと手元に残らないか、時には持ち出しという現象が生じるようになったのである。
 工賃をアップさせるには、授産所で作られる商品の魅力を高め、市販の商品と遜色ないものにする必要があり、「おいしいけれど、見た目が今ひとつ」、「デザインがちょっと」、「まとまった注文、急ぎの注文には対応できない」などの課題の解決を迫られた。
 そこで静岡県が立ち上げたのが「県授産製品品質向上・販売促進プロジェクト」であった。県内の146の小規模作業所からなる県小規模授産所連合会と静岡文化芸術大学と県の3者からなる組織で、知恵を出し合い、協力しながら、魅力ある商品づくりに取り組む体制がまず整った。

タイトルカット&イラスト・谷山彩子
大学からもアドバイス

 この年の11月、木村先生とのお別れ会のアンパン300個は、大学から県内の授産施設に注文された。ところが、大きさが不ぞろいでも構わないはずなのに、施設の担当者は「ウチでは300個は受け切れない」と断ってしまったのである。「なぜ、プロジェクトのみんなで分担するという発想が生まれなかったのか?」などと大きな波紋を呼んだが、結果的に関係者全員がもっと真剣に取り組まなければと、活動に本腰を入れるきっかけになった。プロジェクトのカタチに魂が入ったのである。それ以降、一番熱心にこのプロジェクトをひっぱり、共同企画のために奔走したのは、アンパンの注文を断った当の担当者であった。
 授産所といっても、取り組む課題は一般の企業と同じく、消費者ニーズにあった商品の開発とコスト削減である。ただ一つ根本的に異なるのは、人件費削減ではなく、工賃アップを目標としていることだろう。
 いまこのプロジェクトでは、年末年始やホワイトデーのギフト商品の共同開発に取り組んでいる。今年のホワイトデーの詰め合わせは600円。クッキー、パウンドケーキにキーホルダーがついている。昨年より100円値上げしたが、中身の菓子の味もアップしたし、静岡文化芸術大学の先生のアドバイスでラッピングもおしゃれになり、ギフト商品としての魅力は倍増した。売り上げ目標も前回の倍の4000個だ。ちなみに、このプロジェクトのシンボルである芋版風の「わ」というマークも、同大学の大学院生のデザインである。

販路拡大に企業の協力

 このプロジェクトに企業が協力できることはたくさんある。授産所の製品を魅力ある商品に育てるためには、温かい目も必要だが、プロの厳しい目も必要だ。地元の百貨店のバイヤーに「商品として通用するかどうか」の診断を仰ぎたいという声もある。大学では、学園祭で授産施設の商品を販売すると同時に、学生が「贈りたい」「使いたい」「もらいたい」という3項目でアンケートをとり、消費者の本音の評価を取りまとめた。
 今後のプロジェクトの最大の課題は販路の拡大である。施設関係者がチラシをもって営業に飛び回っているが、実際のところ購入者の大半は施設関係者と障害者の親である。
 いま、授産所は商品の購入先を求めている。地元の銀行では、系列カード会社のノベルティー用エコバッグの生産を毎月1000枚、授産所に委託し始めた。こうした企業の姿勢も好評だという。
 見返りを求めない「貢献」も大事だが、ビジネスを通じて、授産所の製品を一人前に育てることも企業の大事な役割だ。豪華なグルメ向け料理にばかり目を向けるのではなく、地味なアンパンにも味わいがあることを思い起こしたい。
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