経済カフェテラス 2008.1・2/vol.10-No.10・11

「言語」が物言う中国ビジネス
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 今年の北京オリンピック、2010年の上海万博は、21世紀の巨大な消費市場である中国への新規参入や一層のシェア拡大を狙う日本企業にとっても大きなビジネスチャンスである。
 最近、中国人のビジネスマンと会うと必ず話題に上るのは、ペトロチャイナ株のこと。11月にA株市場(人民元建て中国国内市場)に上場したペトロチャイナはH株(香港市場)と合わせ、時価総額が9654億米ドルに達し、エクソンモービルの時価総額を大きく抜いて世界トップに立ったのである。ペトロチャイナがA株上場した11月5日の時点では、株式の時価総額で、世界のトップテンに中国企業が4社ランクインしている。

日本と異なる成長モデル

 多くの日本人は、こうした中国経済の高度成長ぶりを横目で見ながら、「日本もかつて通った道だ」と思っている。高度成長の成功体験やバブルの感覚は日本人の記憶の中にまだ残っており、自分たちのたどった道筋の中に、発展途上国の現在位置をプロットしたがるのは日本人のクセである。
 しかし、中国経済の成長はこれまでにない新しいタイプの成長モデルである。日本と重ね合わせることは勘違いを生じるもとになる。
 そもそも高度成長の構造が違う。日本で高度成長の中心的役割を果たしたのは首都東京である。東京が政治の中心としての強いリーダーシップを保ちながら、経済の中心として、首都の高所得を地方に再配分し、日本経済全体の成長を促すというのが日本のスタイルであり、これまでの世界の高度成長の典型的な姿であった。
 ところが中国では、首都経済が全体経済を牽引するというモデルが当てはまらない。2006年の主要都市別の人口1人あたりGDPをみると、トップは蘇州であり、深せん※、広州、上海と続いてやっと北京が登場する。2002年までさかのぼってみても、トップ4都市の中の順位がいれかわるだけで、首都北京の第5位というポジションは変わらない。
※「せん」は土へんに川

タイトルカット&イラスト・谷山彩子
中国語の中の「外国語」

 実は、この北京と上海、広州の経済力格差の問題は、「中国語」に注目すると、その微妙な関係性が見えてくる。
 中国の「普通語」(標準語)は北京語とほとんど同じである。そして全国の学校教育はこの「普通語」で行われているから、北京語さえわかれば、中国広しといえども、全国どこへ出かけても言葉での不自由はない。
 日本のビジネスマンは中国ではこの「普通語」の世界の中で仕事をしているし、北京に長く暮らす日本人は自然と、北京語独特の「アル」を語尾につけた言いまわしを使うようになる。
 ところが、北京を上回る経済力をもつ上海や広州の人々は日常生活で上海語や広東語を使っている。上海語や広東語は北京語が訛ったものではなく、北京語にとってこれらの言葉は外国語といってよいものだ。北京の人は、習わなければ勘だけでは上海語や広東語をヒアリングできない。とくに広東語にいたっては、文章に起こした時の表現も独特であり、日本語の上手な北京育ちの友人は「広東語の映画は、中国語の字幕スーパーよりも、日本語の吹き替えのほうがよくわかる」と言う。
 上海や広州の人々は、家庭では現地語、学校やビジネスでは普通語というように「二か国語」を使い分けながら暮らしている。そしてこの「二か国語」を誰に対して使い分けるのかといえば、対・北京である。その結果、全国共通の普通語が話せるにもかかわらず、わざわざ上海語や広東語で「内輪の話」をするという現象が起きている。
 たとえば、数年前上海に旅行したバスの中では、北京から添乗したガイドの前で、上海の現地ガイドと観光バスの運転手がこれ見よがしに上海語で打ち合わせをしていた。ガイドが連れていってくれる土産物屋の店員との交渉も上海語である。北京から我々を引き連れてきたガイドは一言も理解できない。

理解者・代弁者の育成

 日本企業は中国語のできる人材の育成に力を注いでいる。その時、私たちはどこででも通じる「普通語」をマスターすることが最も効率的であると考えている。確かにそうだ。
 しかし言葉とは文化である。ビジネスもまた文化の一つだ。「普通語」や「北京語」の世界だけで、中国という大きな経済市場の、一筋縄ではいかない複雑な内実を理解できるのだろうか。
 日本と中国の企業トップが会談する場合、中国側の通訳は中国人であり、日本企業のトップの通訳もまたその企業に勤める中国人スタッフであるというケースがほとんどだ。中国人は異動なしの中国専門スタッフとなっている企業が多い。
 「言語を制する者がビジネスを制する」とするならば、これからは彼らにも日本人スタッフ同様のジョブローテーションを行い、総合的に企業のポリシーと業務を理解してもらい、日本企業の理解者、代弁者として育成していくことが大切なのと同時に、広東語や上海語のプレゼンスにも目を向けることが、遠回りに思えてもカギになるのではないだろうか。


 何気なく、気にもとめずにやり過ごしてしまいそうな出来事や話題を手がかりにしながら、硬軟織り混ぜて経済を語っていきたいと思います。カフェテラスに毎月の“ご来店”をお待ちしております。

EIKO AKIOKA
一橋大学社会学部卒業。日本長期信用銀行調査部、長銀総合研究所を経て、1998年独立。経済エッセイストとして、身近な暮らしの話題から経済を語り、テレビ・ラジオへの出演、講演、コラム執筆などを手がける。現在、食料農業農村政策審議会、水産政策審議会など、政府系審議会や委員会で委員を多数務めている。
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