From Overseas - London 2007.12/vol.10-No.9

社名のない食品広告
 イギリスでは、警察官の目の前で赤信号を渡っても注意をされることはない。危険を冒すならご自分の責任で、という考え方があるためだ。一方で、考えられないほど過保護な部分もある。このコーナーでも何度かお伝えした食品広告への規制はその一例だ。
 状況を簡単にまとめてみる。
 肥満人口の急激な増加に歯止めを掛ける方策のひとつとして、ファストフードや菓子類の広告がやり玉に挙がった。広告を見て子供が興味を持つので、過剰に摂取することになり、肥満につながるという考え方だ。それこそ「ご自分の責任で」と言いたいところだが、これがカルチャー・ギャップというものだろう。
 現在、オフコム(英国通信庁)の規制では、脂肪分、塩分、糖分が一定レベルを超える食品は、9歳までを対象とした子供向け番組内での放映ができず、2008年1月からは対象年齢が引き上げられる予定だ。また、広告に有名人やアニメのキャラクターを起用してはいけないなど、クリエイティブにも制限がある。よって、窮屈になったテレビ広告から、自由度の高いインターネットへとマーケティング予算が流れている。以上が概略だ。
 さて、この禁止を逆手にとったマーケティング手法が登場した。「食育マーケティング」とも言うべき手法を導入したのはネスレである。
 ネスレがヨーグルト製品「マンチバンチ」のプロモーションとして開始したのは、子供向けアニメの制作と放映だ。登場するのは、長年使用してきた製品のキャラクターたちで、それぞれが善玉菌、たんぱく質、オメガ3などの効能を説明する。例えば、第1話で主役を演じている「ボーンズ君」はカルシウム担当で、丈夫な骨や歯をつくるためにいかにカルシウムが大切かを、ユーモア交じりに伝えている。
 1本あたりの時間は4〜6分程度で、ターゲットは5歳から8歳の児童とその両親。ネスレは商品サイトのほか、テレビの子供向け番組として、また映画館で子供向け映画の前後に“教育映像”として放映することをもくろんでいる。さらに、ヴァージン・アトランティック航空のインフライト・プログラムに組み込む交渉も行っており、児童の間で人気が出た場合は、各学校に「教育ビデオ」として配布することも視野に入れている。
 さて、このキャンペーンの最大の特徴は、エンドロールの冒頭で「制作にあたっては、ネスレとマンチバンチ・チームの皆様から多大なるご協力をいただきました」という露出があるのを除き、映像の中に商品名やネスレの社名が登場しない点だ。
 商品キャラクターは登場するが、商品名は出ない。ネスレが制作主体であるわけではない(主体は広告会社のオグルビー)。「カルシウムは大切だ」とは言うが、「マンチバンチにはカルシウムがいっぱい」というメッセージはない。一方で、各マンチバンチ製品のパッケージには登場キャラクターが印刷されているため、子供に商品を想起させる効果や、製品に健康なイメージを付与する効果などを期待することができる。
 規制が導入されて以来、ファストフード・チェーンを中心にマーケティングの方向性が健康志向に変わってきた。しかし、「教育」を前面に押し出したキャンペーンは初めてだろう。新たなマーケティングの方法として注目される。
 ところで、イギリス国家が運営する医療機関NHSが発行したリポートによると、イギリスは欧州一の肥満大国である。2004年におけるBMI25超の肥満人口は、男性全体の69%、女性では59%に達するというから驚きだ。しかし、イギリスに住むすべての人が肥満傾向にあるわけではない。同リポートで人種別に肥満の比率を見てみると、中国系移民では男性37%、女性25%、インド系移民では男性53%、女性55%となっている。
 同じ広告に接していても、これだけのばらつきがあるということは、広告が必ずしも食習慣に影響を及ぼす元凶ではないということがわかるだろう。企業のマーケティング活動への規制もよいが、健康な食生活の啓発により力点が置かれるべきではないだろうか。
※BMI=体重(kg)/身長(m)×身長(m)。世界共通の肥満度の指標で、Body Mass Indexの略。
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