Fashion Insight 2007.12/vol.10-No.9

マックスマーラ社の「記憶をたどる旅」
 イタリアファッション界のパイオニア、マックスマーラ社による「coats! MaxMara,55 Years of Italian Fashion」が、先月25日まで森アーツセンターギャラリーで開催された。
 この企画はマックスマーラ社の創業55周年を記念して、昨年ベルリン美術館・文化フォーラムで開催された回顧展をほぼ同じ形で東京に持ってきたもの。オープニング・パーティーにはマックスマーラs.r.l.社長のルイジ・マラモッティ氏をはじめとしてマックスマーラ社の重鎮たちも来日し、おおいに盛り上がった。
 55年間にわたって蓄積されていった資料は膨大なものにちがいないが、それを整理し公にすることにより、イタリアを代表するプレタポルテがそのルーツを見直し、これまでやってきたことをよみがえらせた。
 「この試みはマックスマーラ社に働く人たち、特に若い世代にとって、とても有益だった」とマラモッティ氏は言う。それはまた我々がマックスマーラ社の秘密にめぐり合える絶好の機会にもなった。マックスマーラ社にとっては大した秘密ではなかったのかもしれないが……。

 

 マックスマーラ社にとって、今までデザイナーの名前を公にしてこなかったのには理由がある。デザイナーもすべて生産工程の中のひとつの要素にすぎないというスタンスで服作りをしてきたからだ。カステル・バジャック、アンヌ・マリー・ベレッタ、ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナ、カール・ラガーフェルドといった綺羅星のようなデザイナーたちが、実はマックスマーラ社のコートのデザインをしていたということが、今回の展示で初めて明らかになったのだ。
 これらのデザイナーの名前を出せば大きな注目を浴びたかもしれない。売り上げも増えたかもしれない。がしかしマックスマーラ社のスタンスはあくまでも変わらなかった。個人の名前は外にださなかったのだ。これは自分たちの商品に対する絶対的な自信があるからこそのことだろう。またマックスマーラというブランド名以外に何も必要ないという圧倒的なプライドの表れでもあろう。
 マックスマーラは日本でもなじみの深いファッション・ブランドである。筆者も10年以上前に本社のある、レッジオ・エミリアを訪問したことがある。

 ミラノから車で南へ約2時間、レッジオ・エミリアは中世の建物がその時代の重さを感じさせない程度のひっそりとした街だ。しかしこの街にはマックスマーラ社経営のホテルや、レストランもあり、まさにマックスマーラの街。
 イタリアの成功したファッション・ブランドの多くがそうであるように、マックスマーラ社も街の中心にある教会の修復工事をはじめ、この街のために多大な貢献をしてきた。最近では、モダンアートのコレクターとしても有名なマラモッティ氏は、集めてきた現代美術をこの街で一般に公開している。レストランではそのレシピについて、念入りな説明を受け、またいかにこの街の人がマックスマーラ社を誇りに思っているかを聞かされた。工場では白衣のガウンを着た工場長が胸を張って、徹底的に訓練を受けた職人による製造工程について詳細な説明をしてくれた。
 今回来日されたマックスマーラ社のファッション・ディレクターは40年、PRの責任者は25年間この会社で働いていると誇り高く語ってくれた。この誇りこそが、マックスマーラというブランドをイタリアを代表するブランドたらしめているのだ。
*「coats! MaxMara, 55 Years of Italian Fashion」は10月18日から11月25日まで森アーツセンターギャラリーで開催された。


 
     

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