特集 2007.11/vol.10-No.8

出版を元気にする動き
電子出版の文化性とビジネス性
 講談社、新潮社、ソニーなど15社の出資によって2003年11月に設立された電子出版事業会社「パブリッシングリンク」が、携帯電話向けの電子書籍配信やウェブ上で新人作家を発掘・育成するなど新しいサービスに意欲的に取り組み始めている。その社長に今年1月に就任したのが、新潮社の宣伝部長として長年活躍してきた鈴木藤男氏だ。鈴木氏の電子出版に対する考え方と今後のビジョンを聞いた。

――電子出版を鈴木さんはどのようにお考えですか。
 本という形態は2000年以上、巻物からなら4000年の歴史があります。それは非常に根強いものだと思うんですね。だから、電子書籍が出てきたときも、それが本に取って代わるものとは考えなかったですね。むしろ、コンテンツの保管、維持、管理、それから少数の要求に対して応えられるオンデマンドブック、そういう文化保存という面で意味のあることだと思っていました。しかし、それは時間と金が非常にかかることで、ビジネスとして成り立つものではありません。
 日本ではまだ出版ビジネスは健在ですが、ヨーロッパでは、既に出版という行為そのものがビジネスたり得ないところに来ています。食えなくても書きたい人がいるくらい出版という行為は人間にとってやむにやまれない行為ですから、もしそれを電子書籍が請け負うことになると、重要なことではあるけれど、非常に金のかかることになります。それをやるために会社を立ち上げるとすると、コストセンターになってしまいます。
 それでもビジネスをやるとなるとベストセラーを扱わなくてはいけない。ベストセラーを扱うと、出版社は収入のメーンルートを電子書籍に食われるのではないか。電子書籍には、そういうアンビバレンツが常にありますね。

文化とビジネスのはざまで

――ヨーロッパでは、既に出版がビジネスたり得ないというのは?
 イギリスは完全に個人出版の時代になっています。個人出版を流通ルートに載せているんですね。本を作ったとき、ISBNコードを管理機関に申請すると番号がもらえる。書店は新刊リストを見て、本をオーダーする。それで個人に発注が行くんですね。その人は、例えば500部ぐらい作っておいて1部ずつ売っていく。イギリスやフランスはそうなっています。ドイツでも同じことをやっています。

――しかし、『ハリー・ポッター』を出版しているブルームズベリーのような出版社も、当然あるわけですよね。
 確かに、ペンギンブックなど、大きな出版業界はありますが、日本のように出版社全体に大きなエネルギーはありません。フランスでは、1万部売れたら大ベストセラーなんです。出版ビジネスが成り立たなくなっているんですね。ヨーロッパと比べたら、日本の出版社は信じられないくらい元気なんです。
 ただ、アメリカでもイギリスでもフランスでもドイツでも、本屋さんは元気です。リアルな書店はがんばっているんですね。リアル書店が健全でなければ、本そのものが衰退します。インターネット書店がどんなに便利だと言っても、そこで本が棚に並べられたり、平積みされたりするリアル書店は、本にとってお祭りの場、フェスティバルの場所なんですね。 

――しかし、日本の出版業界も右肩下がりであることは、間違いない?
 だから、そういう状況の中で、今後の電子書籍を考えたとき、一方に初めに言った「どうやって財産を残すか」という文化的問題があり、もう一方に「どうやってビジネスに持っていくか」という問題があって、その中でいつも電子書籍はゆらぐのではないかと思っています。

携帯も視野に入れた展開に

――パブリッシングリンクの実際の事業ですが、携帯電話向けのコンテンツ配信にも最近積極的に取り組まれていますね。PCを中心としたこれまでのサービスとは違う方向に向かうということですか。
 これまでPCへのテキストデータ配信を中心に事業を展開してきましたが、この2年の携帯電話の進化で、方向転換というよりは携帯電話も視野に入れなければならなくなったということです。しかし、やるからには、我々は携帯にフルスイングしようという方針です。今まではテキストデータの配信だけでしたが、携帯では独自コンテンツとしてコミックの配信も考えています。ユーザーに選んでもらうときにテキストデータ以外の要素が大きな武器になると思っているからです。それから、パブリッシングリンクの携帯サイトはこれまでauだけでしたが、これからは3キャリアに広げていく予定です。
 ただ、その前提として認識しておかなければならないのは、日本の携帯電話の特殊性です。コミックも日本では異常と言っていい発達を遂げましたが、実は携帯はもっと特殊なんですね。世界的にみれば携帯は電話の代わりですが、日本では、テレビや新聞、雑誌というメディアの中に割って入るぐらいの機能を持つようになってきています。新しいメディアとしての表現方法を探る段階まで来ていることを認めざるを得ないんですね。

――そのコンテンツですが、携帯用に書かれた新作を提供していく方向とすでに定評のある作品を配信していく2つの方向があると思うのですが。
 まずは、出版社が持っているコンテンツをベースに置いてスタートしようと思っています。それは表現の問題としても決して後ろ向きではないと思っているんです。しかし、そこにこだわっていたのでは新しいメディアに参入していく意味がありませんから、携帯に適した表現方法も同時に探していこうということです。

――ウェブ上で作家の登竜門を提供することも、すでに始められていますね。
 今年9月に小説・エッセーのウェブ投稿サイト「ebookers」と提携しました。2年半前に立ち上げられたサイトですが、すでに800点のコンテンツを持っているサイトです。ここで公開されている投稿作品からおすすめの作品を選び出し、パブリッシングリンクが運営する携帯サイト「Timebook Town」(au公式サイト )で、すでに配信を開始しています。PCサイトの「Timebook Town」でも、順次配信する予定です。
 それから、9月10日から「ebookers」内に新コーナー「カンガルーのe袋」も設けました。プロの技量を持ちながらまだ世に出ていない新人作家の作品や、可能性の豊かな新人の小説を紹介していくコーナーです。このコーナーでは、「小説新潮」元編集長の添削指導も受けられます。
 既存の作品を紹介するのと同時に、そういう新しい試みもPCと携帯サイトで展開しようと思っています。

Timebook Town
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――携帯サイトの利用者はどういう人が多いのでしょうか。
 携帯サイトの場合、中心はやはり10代後半から20代ぐらいですが、30代もいます。女性が多いのが特徴です。PCサイトの方は30代が中心ですが、結構年配の方もいますね。男性が多めでしたが、最近は女性も増えています。
 PCサイトでは音声付きの配信も始めました。出版社のライブラリーから持ってきたものですが、日下武さんとか、岸田今日子さんの朗読で聞けるんですね。これは電子出版ならではのサービスになると思います。

ケータイ小説と表現方法

――ケータイ小説もそうですが、人気のある作品は本として出版されることが多いですね。
 やはり、ほとんどの人は最終的に紙の本になったことを成功と思うのではないでしょうか。『Deep Love』も、本にすることで200万部売れましたが、今の時代は「読みたい人よりも書きたい人のほうが多い」と思うのです。誰もが自由に表現したいという気持ちが強い。昔は、書く作業は非常に敷居が高い行為でしたが、パソコンや携帯になってその敷居が非常に低くなったと思いますね。最近のワープロソフトは、自動的に校正までしてくれる。それは、いいことだと思っているんです。

――ケータイ小説は、小説の表現方法を変えていくとお考えですか。
 ケータイ小説は新しい表現方法だと言う人もいますが、本質的な違いはそんなにないと思いますね。つまり、小説の面白さ、あるいは作り話の面白さ、表現の面白さというのは基本的には同じなんです。ただし、画面が小さいから、それに合わせてどう言葉を変えていくかというところには携帯独自の手法が確かにあります。でも、面白さにおいてはまったく同じです。

作家を育てる会社に

――ケータイ小説のレベルは、プロの目から見てどうなのでしょう。
 『Deep Love』も読みましたけど、表現方法がうまいと思いましたね。編集をやるような人は大体、新しい表現方法に飢えているんです。

――ケータイ小説ではないですが、『電車男』も、鈴木さんが新潮社の宣伝部長のときに出版されていますね。
 あの時は、「企画会議がこんなに面白いのは久しぶりだな」というくらい盛り上がりましたね。当たるかどうかまったくわからなかったけれど、こんなに面白いなら出そうよということになったんですね。最初、2ちゃんねるの独特の表現があって戸惑いましたが、面白くてすんなり読めましたね。

――売れる本と売れない本の差は、どこにあるのでしょう。
 原稿用紙20枚くらいならプロ顔負けのうまい文章を書ける人はたくさんいます。それを10倍、200枚にできるのが作家なんですね。
 グーグルやウィキペディアがインターネットの世界では主流になっています。つまり、有益な情報、正しい情報、役に立つ情報は、実はインターネットの世界では無料なんです。逆に、悪いこと、いかがわしいこと、面白いこと、役に立たないことは金が取れるんです。
 後半の「金が取れる」ことの本質は、イコール小説の本質なんです。ノンフィクションは別ですが、小説の本質は役に立たないことなんです。
 あくまで例え話ですが、昔は司馬遼太郎さんの小説はすごく役に立ったんです。右肩上がりの時代には我々の道しるべになった。しかし、ここまで世の中が成熟してくると、教えられることがやや負担に思えてくる。ひたすら面白くてスリリングでエッチで、というような要素で面白く読ませてくれる小説のほうが読まれるんです。今の時代の本道は村上春樹さんです。
 村上春樹さんは、あれだけ長い小説をあれだけ面白く読ませて、何の役に立つこともありません。それが素晴らしいんです。
 20枚の文章を10倍に伸ばすには、そこに人間がいきいきと動いていればいいんです。役に立たないことをしながら、人の批判を浴びながら、それでもスリリングに、結構楽しく生きているという人間が書ければ、これは立派な小説になると思うんです。「カンガルーのe袋」を作った理由も、実はそこにあります。作家を目指す人に、そういうことを示唆してあげられるのは、パブリッシングリンクのメンバーだと思っているんです。

――今の出版社では、それができない?
 今の出版社は新人発掘は何らかの文学賞に多くを委ねています。名前のある作家の場合は、何部刷るか、どういう宣伝をするかを検討するだけになっている。ですから我々は、投稿作品に深く関与して、作者と共に悪戦苦闘していくというのでなければ存在意義がないと思っています。

デジタルと紙は補完関係

――携帯で小説を読んでいる若い人たちは、紙の本に戻ってきますか。
 携帯がどこまで進化していくかは、実は出版にとって非常に切実な問題です。電車に乗っても、文庫本を読んでいる人はそこそこいますが、週刊誌を読んでいる人は非常に少ない。ほとんどが携帯を見ています。
 出版界は今までは雑誌で食ってきました。その雑誌が落ち込んでいる。だから、出版界は読者を紙のメディアに引き戻すのか、それとも新しいメディアにコンテンツを配信して自分たちの編集活動費をそこで回収するのか、非常にむずかしい分岐点に来ています。

――今後のパブリッシングリンクの方針ですが。
 これからは、独り立ちできるビジネスモデルに切り替えていこうと思っています。
 これは僕の夢ですが、ゆくゆくはここが若手の編集者がセンスを磨く場になればと思っています。参加している出版社から編集者を出向させてもらって、無名な書き手のコンテンツを見てもらう。そういう内容勝負の作品が、果たして人の心を打つのか打たないのかを、読者の反応を見ながら判断していく。そういう中で編集センスも磨かれていくと思うんですね。

――本のデジタル化と昔からの出版社の本業であるリアルな本の関係は、今後どうなっていくと思いますか。
 電子書籍には文化保存という肯定的な意味がありますが、実際には従来の機器やソフトで読めていたものが技術革新があると読めなくなってしまう可能性もあるわけです。それよりもむしろ新しいメディアの中で新しい表現手法がどんどん生まれて来るのであれば、それをリアルな本や雑誌に落とし込んでいくという役割に大きな意味があると思っています。
 だから、デジタルと紙の本は競合するというよりは、むしろ補完関係にあるというのが僕の考えです。




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