特集 2007.11/vol.10-No.8

出版を元気にする動き
 96年をピークに売上高の長期減少傾向が続く出版業界だが、活性化のためのさまざまな取り組みも本格化している。個々の書店員の熱意から生まれる「書店発のベストセラー」は、書店の販売戦略に直結し、今や出版社・取次会社・書店間のネットワークによる流通改革とも連動しはじめている。模索を続ける電子出版も、携帯電話というメディアを獲得したことによって、新たな成長段階に入ろうとしている。また、全体として不振が続く雑誌では、40代、50代を対象とした女性誌の創刊が相次いでいる。出版を元気にする新たな試みを追った。
本は売る人の熱意で動く
 丸善お茶の水店の文庫担当・吉海裕一氏の手書きPOPから火が着いて、安達千夏の『モルヒネ』(祥伝社文庫)が30万部のベストセラーになった。98年に千葉県習志野市の昭和堂から売れ始めた『白い犬とワルツを』(新潮文庫)以来、「書店」はベストセラーを生む起点になっている。オリジナルPOPに込められた吉海氏の思いを聞いた。

――丸善お茶の水店は、文庫の売り場が広いような気がしますが。
 最近の書店は、どこでも文庫のスペースは広めに取っているので、ほかと比べて特に広いということはないと思いますね。ただ、場所がお茶の水の駅前にありますから、学生やビジネスマンが多く、文庫は売れます。それから、医大や大きい病院が近くにあって、医学書に強いのもこの書店の特徴ですね。

――単行本から文庫になるスピードですが、最近、早まっていませんか。
 早くなりましたね。以前は文庫になるまで3年ぐらいでしたが、今は2年ぐらいです。やはり、単行本で売れたものは文庫でも売れます。

――『モルヒネ』は、2003年に刊行されていますが、単行本の時はあまり売れていなかったと聞いていますが。
 単行本は7千部程度だったと思いますね。文庫になったのは2006年7月ですが、そのとき店に入ってきたのは20冊ぐらいだったんです。

――20冊というのは、多い方なんですか。
 普通ですね。たくさんある文庫の中の1つでした。文庫はこの店の場合、だいたい30から50タイトルぐらいは1日に入って来ます。人気のある作家なら1タイトルで数百冊配本される場合もありますが、平均すると1タイトル20冊ぐらいですね。

売れていない本の中から

――たくさんある文庫の中の1つだった『モルヒネ』に、POPを付けたのはなぜですか。
 実は単行本のとき『モルヒネ』は読んでいなかったんです。安達千夏という作家は、名前は知っていましたが、特に意識してなかったんですね。でも、文庫が配本されてきた時、『モルヒネ』という題名と装丁にひかれたんです。

――POPを書く本の基準というのはあるのですか。
 売れていない本の中から探していきますね。おすすめできる文庫は何かないか、常に見つけるように心がけています。ただ、自分に興味のない本のPOPは、お客さんにうそをつくことになるし、書かないですね。単行本の時、気になっていたけど読まなかった本とか、文庫も中身をパラパラッと見て、面白そうだなと思ったら読む。売れていない本の中からという点は違いますが、基本的には、お客さんの本の探し方と同じですね。
 配本された文庫すべてに目を通せればいいのですが、そんなに時間はないので、人気作家や話題になった本など放っておいても売れる本は読んでいません。個人的には読みたい本はたくさんあるんですけどね。

――売れていない本から探すというのは、なぜですか。
 売り場の特色を出したいからです。お茶の水店の場合、近くの駿河台下に三省堂という大きな書店がありますから、品ぞろえや量では絶対に勝てないんですね。特に文庫は、三省堂には全部入っている。特色を出さないと対抗できないんです。売り場もそれほど大きくないですから、特色がないと生き残れないと思っているんです。

多面しただけでは売れない本

――吉海さんは、書店で働いて何年になりますか。
 アルバイトを含めれば12年になりますね。珍しい方だと思いますが、ずっと文庫担当です。書店の仕事というのは、拘束時間的にはそんなには長くないんですけど、レジに入ったり、本を出したり、体力勝負の仕事ですね。

――本を読むのは、いつが多いですか。
 通勤電車の中が主ですが、面白い本にぶつかると夜遅くまで読んじゃいますね。

――『モルヒネ』の場合は?
 気がついたら、売り場で立ち読みしてましたね(笑)。その後すぐに買って一気に読みました。

――文庫の売り場は、すべて吉海さんに任されている?
 基本的にはそうです。品ぞろえから、多面(平積み)にする本まで全部自分で決めます。

――自分でPOPを書いた本が売れたときというのは?
 気持ちいいですよ(笑)。それが楽しみでやっているところがあります。

――POPを書き始めたのは、いつからですか。
 4年ぐらい前からです。たまたま、自分が新刊で読んで面白いと思っていた本が文庫で出てきたので、ぜひ売りたいと思ったんです。白石一文さんの『一瞬の光』(角川文庫)ですが、初めてPOPを自分の言葉で書いたら売れたんですね。

――書店員さんの推薦がきっかけで文庫が売れたというのは、98年の『白い犬とワルツを』が最初だったと思うのですが。
 正直言うと、当時はまだ人ごとみたいな感じでしたね。『白い犬とワルツを』が売れていると出版社の営業の方から聞いて、店でも多面展開をして、そのころは、それで十分売れたんです。でも、ここ4、5年は、ただ多面にするだけでは売れなくなったんですね。

――オリジナルのPOPでないと難しくなった?
 というわけではないのですが、出版社から来るPOPに、当時はあまり魅力的なものがなかったんですね。書名と著者名だけのものが非常に多かったんです。それで、自分で書こうと思ったんです。最近は出版社も、いいPOPを作ってくれるようになりましたが。

自分が面白い本を仕掛ける

――吉海さんが書かれたPOPがきっかけでベストセラーになったのは、『モルヒネ』が最初ですか。
 05年末に文庫本になった蓮見圭一さんの『水曜の朝、午前三時』(新潮文庫) もそうですね。『モルヒネ』のように僕が書いたPOPがそのまま他の書店で使われたわけではないのですが、この店から売れ始めて、40万部売れています。

――それは、どういうPOPだったんですか。
 「文庫担当をやってて良かった」というPOPでした。この時も新刊を読んで、とにかく面白い本だったので、文庫になったら売りたいと思っていたんです。
 その年末に『4TEEN』『模倣犯』『博士の愛した数式』が一緒に出版になって埋もれていたんですね。それで、ぜひ売りたいと思って多めに発注したのですが、最初70冊しか来なかったんです。それを2週間で売り切ってしまった。出版社に問い合わせると、重版しないということだったので、「返品が来たらうちにくれ」と言い続けて、2月に300冊ぐらい仕入れたのですが、それも一気に売れたんです。それで、出版社も本気になってくれたんですね。

『モルヒネ』のPOP 『モルヒネ』(祥伝社文庫)

新聞広告は重要な情報源

――広告が出ると本の動きは変わりますか。
 広告は効きますね。やはり新聞に載るのと載らないのとでは、本の動きがまったく違います。そのまま広告の切り抜きを持ってきて「この本ありますか?」という人も1日に1人や2人は必ずいます。だから、本の広告には一通り目を通しますね。

――広告を見て、売れている本を知ることもあるのですか。
 文庫はさすがにないですけど、単行本はありますね。担当以外の本は、意外と知る機会がないので、広告は重要な情報源ですね。

――ネット書店の情報はチェックしますか。
 見ますね。どんな本が売れているのか、それから、読者のレビューにどんなことが書いてあるのか見ますね。

――ちなみに『モルヒネ』の書評はどうだったんですか。
 好きか嫌いかに分かれていましたね。『モルヒネ』は、すごく重たい本なんですけど、文章は軽いといったら語弊がありますが、淡々と物語が進む静かな文体なんです。そのギャップが僕は好きなんですが、もっと泣かせるような文章のほうが好きな人が多いと思いますね。だから、30万部売れたのは意外でした。もちろん、出版社の営業の方が、書店を回って努力されたこともあったと思いますが。

――効くPOPというのは、どういうものですか。
 読むとこういう気持ちになるとか、ここが面白いとか、一歩踏み込んだ内容になっているものですね。
 どんな内容の本かということは、裏表紙に書いてありますから、POPに必要なのはお客さんを立ち止まらせる簡潔な一言、コピーだと思っています。目的買いの人は、書棚をじっくり見て探しますけど、ふらっと立ち寄った人は、何もなければ立ち止まらないですから。

――POP以外に何か工夫をしていることはあるんですか。
 売り場がそんなに広くないので、小さいポスターとPOPぐらいしかやれないんですね。明正堂アトレ上野店では、お手製の帯をつくって本に巻いているという話を聞いたことがあります。逆に言えば、そこまで工夫しないとなかなか本が売れないということなんです。危機感を持ってやっている本屋さんも確かに増えてきました。

地域の書店がまとまる動きも

――書店同士の横のつながりというのは、あるんですか。
 本屋大賞など、最近は書店の横のつながりもけっこう増えてきました。ただ、本屋大賞は新刊の文芸書が対象で、文庫は入っていないんです。

――文庫の横のつながりはないのですか。
 文庫は地域でまとまる動きが出てきていて、千葉県で「酒飲み書店員の会」というのが最近できましたね。いろいろな書店の文庫本担当の人が集まって酒を飲みながら本のことを語る会です。この本を仕掛けようとか話し合っているらしいですね。それから、吉祥寺の書店員が集まって「吉読夢(きっちょむ)」という会を作っていますね。

――吉海さんも、何かに参加されている?
 個人的にそういうことが好きじゃないこともあって、特に参加していません。でも、いいことだと思っています。丸善でも、実際に集まるわけではないですが、この8月から書店員の意見交換の場をサイトに作っています。実際に集まると、また違った展開になると思うんです。

ワクワク感のある本屋に

――『モルヒネ』が30万部売れたのは意外だったとおっしゃっていましたが、特定の店だけで売れる本もあるということですか。
 むしろ最近は、そういう本が多くなってきたのではないでしょうか。例えば、辻村深月さんの『冷たい校舎の時は止まる』(講談社文庫)は上下刊ですが、この店では2か月で上巻が600冊、下巻が500冊売れています。でも、丸善の他の支店ではそうでもないんです。ほかの店で売れているからといって、売れるわけではないんですね。

――店によって売れたり売れなかったりというのは、客層の違いですか。
 大きいのは、担当者の熱意の差だと思いますね。有名作家の本を多面したり新聞に広告が出れば、それは売れますけど、やはり仕掛ける時は自分が好きな本を熱意をもってやらないと絶対売れないですね。

――熱意というのは、本を売りたいという熱意ですか。
 この仕事を商売として考えたことはあまりないですね。むしろ、自分が面白いと思った本を読んでもらいたいからです。「こんなに面白いんだから返品させないでよ」という気持ちですね。
 だから、それぞれの書店の書店員がそう思ってくれたら、いろいろ面白い本が世の中に出てくると思うんですよ。でも、まだ全体的に見ると、右向け右の本屋さんが多いですね。みんな同じ本を置いて、同じ展開をしている所がほとんどです。それでは、せっかくお客さんが書店に来てもワクワク感がないですよね。
 同じラーメン屋さんでも、店によってスープも違えば、めんも違う。これからの本屋はそれが重要だと思うんです。差別化というか、個性化が大事だと思うんです。目的買いなら、お客さんは大きな書店に行ってしまいますが、何か面白そうなことをやっている本屋だから、「時間が空いたから」と、ふらっと立ち寄ってもらえる。それが一番のねらいですよね。

本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」も好評

『書店員のオススメ読書日記』画面
 「書店員発のベストセラー」が注目される中、昨年9月、読売新聞は全国の書店員の日々の読書体験をつづったブログ形式のウェブサイト「書店員のオススメ読書日記」を、ヨミウリ・オンライン(YOL)の「本よみうり堂」内にオープンした。
 読者と本の両方をリアルに知り尽くしている書店員約50人が、交代で売れ筋本から専門書まで、自信をもってオススメしたい本を紹介。書店員の実感がこめられた書評が、ほぼ毎日のペースで更新されている。
 これまでの読書日記は300本以上。「文学・恋愛」「ミステリー・ホラー・怪奇・SF」「時代(歴史)小説」などのカテゴリーに分類してアーカイブし、カテゴリー別の検索の機能も充実させるなど、様々なジャンルの読書好きのニーズに応えている。
 今年の3月には泉麻人さん、中村うさぎさんなど、本が好きな著名人のスペシャルブログがスタートした。サイト開設から1年目となる9月には、「ブログの女王」で知られる眞鍋かをりさんも加わるなど、さらにコンテンツの充実を図っている。
 9月26日の読売新聞夕刊(東京本社版)には、「本屋さんへ行こう!」と題して、すべての広告スペースを出版広告で埋め尽くすマルチ広告企画を掲載。このブログサイトと本紙とのクロスメディア企画を実施した。
 「書店員のオススメ読書日記」は、本の目利きとしての存在感を増している書店員の声を広く伝え、読書推進につなげる試みとして期待されている。




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