こちら宣伝倶楽部 2007.11/vol.10-No.8

広告と広告主による時代貢献
イラスト 新聞休刊日、新聞好きは寂しいと思うし、そういう日にかぎって大きな事件がおこり、待ちかねた夕刊ではすでに決着がついていて「新聞」が「旧聞」になっているとぼやく。機械のメンテナンスや新聞販売店の休日、雇用対策と関係あるらしいと想像すると、それはそれで仕方がないが、毎日きちんと出ることも信頼のひとつだと思うからだ。同じ活字メディアの雑誌も合併号という変形の休刊を時期をみてとるが、テレビやラジオは休日をとったりはしない。

ひと息いれることの生産性

 しかしものは考えようで、新聞休刊は今の時代、地球にやさしい社会貢献をしていることになる。(社)日本新聞協会の新聞社会員は139社、これだけで1日に朝夕刊を別に数えると6900万部強の新聞を発行(06年10月)している。5100万世帯と考えあわせるとすごい営業努力だと思い、日本は「新聞先進大国」であることに気づく。ついでながら日本の新聞に使う紙は、製紙会社からの年間納入量でみると約380万トンになる。あの大きな巻き取りのロール紙(950キロ)にして、読売新聞だけで1日に約2400本を使っている。ほかにインキや水や電気の消費もあるだろうし、輸送や配達にも多くの消費がついてまわる。
 新聞休刊のうしろにこのような「資源節約」がある。新聞社にとっては1日分の広告収入が減ることになり、販売収入と広告収入で頭を痛めているだけに、節約と収入の関係を読んで複雑だろうし、その日に国民的関心事件(今年の新潟県中越沖地震がそうだった)が発生すると読者の期待を裏切る蓄積になり、信頼と公共性に影響せぬかとの心配も予測できる。
 しかし時代は「ひと息いれることの生産性」について考える時にきている。ひとまわり大きな別の視点をもつことの大事さを考える時だと思うのだ。地球や環境やCO2などスケールの大きなテーマも大切だが、大きすぎてリアリティーに欠け、広告という仕事でこれに取り組むにはどこかシラケを感じることがあり、できもせぬことを大げさにいうなという気分になることが多い。名刺に再生紙を使ったくらいでいちいちそれを明示するな、そんなこと黙ってやりなさいと、そのこざかしさがかえってマイナスになることもある。広告主にできること、もうひとまわりレベルを落として地球のこと、自然や環境のこと、好ましいと思える生活のこと、資源のこと、CO2のことなどを考えてみたい。

広告主による省エネ活動

 例えばネオンサイン、多すぎるのはいいとして、省エネのことを考えると電力を食いすぎないデザインや設計の研究がおくれていないだろうか。地震で水も電気も食料もない地区があるのに、ひとつかふたつ山を越せば水はたれ流しネオンはひと晩つきっぱなし、食品は食べ残して捨てるような生活に不自然を感じないのが今の日本だ。ネオンは広告主の意思でいくらでも調整できる。冬と夏では昼夜の様子が違う。点灯する時間と消灯する時間をこまめに調節することや、政府があれだけ省エネへの協力を申し出るのなら、広告主は意図して点灯と消灯を前後30分でも調節、日本中の広告主がネオンの時間管理を調整すれば、一体どれだけの省エネができ、地球環境や資源問題に貢献することになるのだろうか。専門家が試算すればわかることだ。昼間が長いといわれる夏至(今年の場合は6月22日)にJAA(日本アドバタイザーズ協会)などが音頭とりになって社会派の、時を読んだキャンペーンをやるべきだった。これはまだ間にあう。広告主の誠意や良識を訴えるチャンスだ。広告と社会、広告と生活のことを大衆アピールすることも今はとても大事だ。
 新幹線は航空機とくらべてCO2の排出量は10分の1だとPRしている。早さ便利さを訴えるだけでない時代がきている。広告と輸送配送とのかかわり、処分再生する場合に起きていることなども、広告主は目を配ってもおかしくない。無駄やロスの出ない広告についてのもうひとつの視点でもある。
 ポスティングなどといって、ポストに勝手にチラシをいれてまわる仕事が増えている。ほとんど全部といっていいくらいこちらに用なしのゴミだ。不必要や過剰な包装、店頭を汚くするだけのPOPなども、作りすぎる書類や資料と同様に「資料ゴミ」「広告ゴミ」を少なくすることも、広告仕事を取りまく新課題だ。

静かな夜を取り戻すために

 さて問題はテレビだ。この電力消費の集大成メディアは課題が多い。ほとんどの局がほぼ24時間体制になってしまった。手もとにある朝刊のプログラムを見ても、NHKですら午前4時30分の「おはよう日本」に始まり、同じく午前4時20分からの「視点・論点(再)」までつながっている。テレビのコンビニ化だ。
 そのコンビニと一部のスーパーは24時間営業をする。そういう時間帯に買い物をする客がいて、そういう時間帯にテレビを見る人がいるのはわかるし、仕事の関係で昼夜が逆転している人も都会に増えていてもおかしくはない。
 問題はこれを自然ととるか不自然ととるかだ。ニーズがあるからそれに応えるのでなく、そのニーズを客観的にとらえて理性ある対応をする良識というのがあっていいし、大いに研究してほしいテーマだ。夜は暗いからこそ夜だし、夜は静かにやすむのが本来だ。自然や環境のことをいうのだったらこちらの視点も考慮にいれるべきだろう。人間の暮らしのリズムをテレビがゆっくり壊していくことに気づいてほしい。
 方法がひとつある。広告主の理性でこれに対応していくことだ。「生活時間外の番組」への提供を自粛して「静かな夜を取り戻すこと」へのスポンサードをするという発想の切り替えだ。ひょっとしてこれは「駄目番組」の提供をやめるということより先行すべきことかも知れない。
 このことで低迷といわれるラジオへの支援ができるかも知れない。かつてのラジオの深夜番組は多くのラジオ文化を作ってきたが、テレビにそれができるかどうかは怪しい。
 広告はわけあってするものだが、もうひとまわり大きな視点をもって、わけあって広告をさしひかえることも企業は研究したっていい。広告というものの役割やちからは、時と場合によっては世の中を変えるパワーを持っているのかも知れない。「ひと息いれることの生産性」について周囲で議論してみてほしい。
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