特集 2007.9/vol.10-No.6

マーケティングリサーチの今
 企業の意思決定に不可欠になっているマーケティングリサーチが、今、大きく変わってきている。訪問調査、郵送調査といったこれまでの調査方法は、プライバシー意識の高まりなどで回収率が年々下がり、さらに調査対象者を選ぶ際の基本になっていた住民基本台帳の閲覧も原則不可能になった。一方、インターネット調査(ネット調査)が急速に使われるようになってきたが、同じ設問でも既存調査とはスコアに差の生じるケースが少なくない。最近は、その差を補正する統計手法も登場している。マーケティングリサーチはどう変わったか、その現状を探ってみた。


 カルロス・ゴーン氏に請われ、日産自動車のリサーチ部隊のヘッドとして市場情報室長を務めてきた星野朝子氏は、マーケティング戦略立案のためのリサーチでは日本の第一人者でもある。日産をプロダクト・オリエンテッドからコンシューマー・オリエンテッドに変える原動力となった星野氏に、企業にとって調査とは何かを聞いた。

――星野さんが市場情報室長に着任されたのは2002年ですね。

 5年前になりますね。しかし、当時はだれも調査を信じていませんでした。そこで、私が最初に取り組んだのは、当たり前の結果が出るような調査をやめることでした。商品が売れないときの要因調査や、広告の出稿前の評価調査などがいい例です。調査をする側にとって都合のいい結果になるような調査設計に、どうしてもしてしまいがちなんですね。
 本当に非常識な質問ではない限り、調査で期待する数字を出すことは、実はそれほど難しいことではありません。たとえ意図的ではないにしても、そういう先入観を持たれるような調査では信頼を損ないますし、出てきた結果にも意味がないんですね。
 ですから、調査を信頼してもらうことが、最初の1歩でした。だれでも、不信感を持っている人から「こんなことをやった方がいい」「あんなことをやった方がいい」と言われても、むしろ、逆をやりたくなりますよね(笑)。着任したときは、そういう状況に近かったですね。

カスタマーの声に耳を傾ける

――星野さんは、「調査はカスタマーオリエンテッドのためにある」ということをよく言われていますね。
 日産には、これまでカスタマーの声を聞かないで自分たちの作りたいものを作ってきた、という強い反省があります。この会社が偉いと思うのは、市場情報室の声を聞く耳を役員の方々が持っていることだと思いますね。調査の信用が高まるとともに、カスタマーの声をものすごくどん欲に市場情報室に聞いてくるし、刺激を受けたがるようになりました。
 ただ、日産の場合、カスタマーの声を聞いて1度刺激をうけたら突っ走るという性癖もあります(笑)。でも、それは悪いことではないと思っています。カスタマーオリエンテッドは、カスタマーの言う通りに車を作りましょう、ということではありませんから。

――どういうことですか。
 カスタマーオリエンテッドで注意しなければならないのは、カスタマーがイエスと言わないと先に進まない状況に陥ることです。それを「定量調査が悪さをする」と言っていますが、あらかじめ選択肢を提示して答えさせる定量調査では、右か左か、どっちが多いか、どっちが好まれるかがスコアとして明確に出てしまう。しかし、カスタマーがAを好んでいるからと言って、Aを商品化すべきだという意思決定をするべきではないのです。

――もう少し、具体的に説明してもらえますか。
 定量調査を基に車を作りはじめると、データを「カスタマーの言うとおりに作りました」という言い訳として使ってしまうということです。そうすると多数決でできた面白くない車になるんですね。それで、日産では「AかBかを判断するのにカスタマーに直接聞いてはいけない」ということを社内ルールにしています。

――カスタマーオリエンテッドは、カスタマーサティスファクション(顧客満足度)の追求とは違う?
 顧客満足度は買った人に聞いていますから、買わなかった人の意見は反映されないんですね。車の顧客満足度は、往々にして、あまり売れていない特殊で高額な車のほうが高くなります。「これだけ高い車なんだから、いい車に違いない」という消費者心理も働きます。それを狙いに行くと、何か一部の人が満足する特殊な車を作ればいい、ということになってしまいがちです。マスコミでも、特殊な車が記事に取り上げられやすい傾向がありますね。

ネットは定量調査に限定

――ネット調査も積極的に利用していると聞いていますが。
 時系列データを得るために行っている従来の調査をネット調査に移行したのですが、1年くらいは従来の調査方法も並行させました。実は、調査をダブらせて行うこと自体に統計的な意味はないのですが、リサーチデータに対して不信感を持たれるのが一番よくないことだからです。今は、ネット調査で行えるものは、ほぼすべて移行した状況ですね。

――従来の調査方法とネット調査では、結果に差は出ませんか。
 確かに差は出ますが、従来の調査手法と並行して行うのは、どちらが正しいかを確かめようということではありません。また、ネット調査のスコアを補正するためでもありません。  スコアを補正するということは、過去の調査手法の方が正しいと思っているということですね。そうすると、ずっと補正していかなくてはいけなくなります。そうではなくて、社内的にネット調査に信頼を持ってもらうためのステップだと考えています。
            
――例えば、郵送調査とネット調査で出てくるスコアの違いは無視するということですか。
 同じ設問に対して出てくるスコアは、調査手法によって確かに異なります。例えば、同じようなグループに調査をかけた場合でも、「Aを好きだ」と言う人が郵送調査だと30%だったものがネット調査だと50%になることもあります。しかし、そのスコアの傾向を相対的に見ていくと、そんなに変わらないんですね。つまり、「どの車が好きですか」と聞いたときの順番などは、どちらの調査方法でも変わらないのです。郵送調査で昨年と比べてAが伸びてBが下がったら、ネット調査でもやはり同じ傾向が出ます。

――インターネットが普及したため、ネット調査でも従来の調査方法と同じ結果が出るようになったということではない?
 そういうことではありません。やはり、ネット調査特有のバイアスはあります。上のほうの年齢層のデータはとれないですし、パソコンをやっていない人の意見はとれない。パソコンをやっている人とやっていない人に違いはないかと言えば、それは当然あります。
 だから、どちらが正しいかではなくて、どちらの意見をより聞きたいかという話なんだと思います。パソコンをいまだにお持ちではない方の意見を聞きたいのか、それ以外の人たちの意見を聞きたいのか。
 日本人のリアルな全体像を知ることは、郵送調査でも、ネット調査でも不可能だと思います。全数調査である国勢調査でさえ、回収率の低下が問題になっている時代です。絶対的な数字、それは神のみぞ知ることですよね。
           
――先ほど、ネット調査で可能なものは、ほぼ移行したとおっしゃいましたが、ネット調査で可能な調査にはどういうものがあるのでしょうか
 ネットで行うのは、車の発売後の定量調査がほとんどです。しかも、競合車との比較や、昨年と比べてどうなのかなど時系列で見るものが多いですね。従来の調査方法よりも低コストでできますし、スピードも速いから便利です。
 ただ、他社の調査と相乗りするようなネット調査会社が行うクイック調査はほとんどやっていません。あくまで、データベースとして使うための定量調査として行っています。

――定量調査というのは、その車に関心を持っている人や好感度を持っている人が何%いるかというようなことですか。
 そうですね。それから、その理由は何かということですね。車のシェアなどの販売データは業界のデータがあるので、わざわざ自社で調査する必要はありませんから。

――ネット調査は定量調査に限定して使うということですか。
 自由回答を集めるような定性調査はネットではやっていません。ネット調査でやっているのは数字でスコアを見るための定量調査だけです。

――なぜですか?
 ネット調査の自由回答は深くないんですね。例えば、同じサンプル数で行った調査の場合、全サンプルの回答を合わせると、郵送調査とネット調査の自由回答の文字量はほとんど同じです。ところが、自由回答への回答者数はネットのほうが圧倒的に多い。つまり、ネット調査では皆さん何かしらコメントを書いてくれるんですね。一方、郵送調査では、ほとんどの自由回答欄は空白で返ってきますが、回答する人はすごくたくさん書いてくれる。だから、トータルでは、ネット調査も郵送調査も文字数は同じくらいになるんです。電話調査とネット調査でも同じ傾向があると思います。

開発後に活用する定量調査

――定性調査と定量調査の使い分けですが。
 自動車会社で行う調査は、大きく分けると車の開発のための調査と、それ以外ということになります。車の開発は長いものでは7年ぐらい、短くても4年ぐらいかかります。しかし、4年先に出す商品について定量的にお客様に聞いても、役に立つことはほとんど出てきません。
 もちろん、定量調査で行った既存のトレンド情報は見ますが、当然知っているようなことばかりで、今年のトレンド情報から4年後にぴったりにやってくるトレンドのヒントが見つかることもまずないですね。
 しかし、車ができあがってきて、生産台数をどのくらいにするか、価格をどうするか、どのぐらいマーケティングコストを下げられるかという話になると、定量調査をきちんと実施する必要が出てきます。ただそれは、実際に作った車をターゲットカスタマーに見ていただかないといけないので、新車と競合車を並べて調査することになる。でも、そういう調査はネットではできないわけです。


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 ネット調査を補正する「傾向スコア」の可能性
東京大学 大学院総合文化研究科 専任講師 星野崇宏 氏
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(社)日本マーケティング・リサーチ協会 倫理綱領委員会→
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