IT弁護士の法律ノート 2007.9/vol.10-No.6

著作権の保護期間延長論は正しいか
 最近、今は亡き巨匠フルトヴェングラーが指揮したクラシック音楽をよく聴いています。著作権はもとより著作隣接権も保護期間が切れ、ネットで彼の演奏データを適法に入手できる時代になっているからです。古い録音なので音質は悪くても、戦時中にベルリンフィルを振ったエロイカや、終戦直後に振った運命、合唱、ブラームス第1交響曲などは、他と比較できないほど重厚かつ壮絶です。こうして残された過去の名演を聴くことにより、現代のわれわれは素晴らしい芸術に触れることができます。最近の有名な指揮者にも、彼の影響を強く受けている人が少なくないようです。
 しかし、熱心なファンを除き、わざわざ彼のCDを買い求める人は少数であり、保護期間切れでなければ耳にする機会は少ないはずです。
 歴史に埋もれた名演をもっと多くの人に聴いてもらい、若い人にも高く再評価されることが期待されます。
 こうしたなか、著作権の保護期間を現行よりも延長すべきか、議論が対立しています。
 かつて延長問題は米国でも争われました。米連邦最高裁は、延長が良いことだとも、悪いことだとも断定することなく、ただ立法府が自由に判断すべき事柄にすぎないと判示しました。
 では、現行の50年間を70年間へと延長するべく、将来の立法化に向けて文化庁が検討を進める日本では、延長に賛成すべきでしょうか。
 賛成派は、延長は新たな創作意欲を高めること、国際的な調和などを主要な理由としています。なかには、「遺族の生存中に保護期間が切れるのは寂しい」と主張する意見もあります。
 しかし、この問題は感情論で判断すべきではなく、王道に立ち戻って考えるべき事柄です。つまり、なぜ知的財産権を法制度で保護しているのか、という観点から考えれば、自然と答えが出るはずです。
 知的財産権保護は、産業や文化の発展の奨励という目的を達成するための手段です。放置すれば無断で模倣されるため、一定期間の独占権という報奨を与えることによって創作意欲、そして成果物の公表を促進しようとする制度です。これをインセンティブ論といいます。
 こうした観点に立つと、すでに創作済みの作品について期間を延長しても、創作意欲を高める効果は生まれず無意味であることが分かります。時計の針を過去の創作時点に戻せないからです。 これから創作される作品について、延長には文化の発展を促進する効果があるのでしょうか。
 われわれの社会は先人の偉業をベースにしています。長すぎる保護期間は先人の偉業を用いた“知の共有”を困難にするので、かえって産業や文化の発展を妨げます。例えば今後将来も電気を使うたびに、エジソンの子孫に許諾料を支払わなければならないとすればナンセンスです。また、現状ですら、供給される膨大な作品の大多数は死蔵され、歴史の中に埋もれています。むしろ人類共有の遺産として、広く利用される機会を設ける方が有意義です。
 それに加え、「フルトヴェングラーの時代に、もっと保護期間が延長されておれば、さらに彼は素晴らしい音楽を残せたはずだ」と本気で考えている人がいるなら、きっと芸術家に対する冒涜だとして強く批判されるのではないでしょうか。
 こう考えると、延長賛成論は理由に乏しいものといえそうです。
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