特集 2007.7・8/vol.10-No.4・5

仮想世界「セカンドライフ」入門
 「セカンドライフ」と言っても“老後”のことではない。インターネット上に存在する3次元の仮想世界のことだ。米国のリンデン・ラボ社が提供するこのサービスが、今、企業の注目を集めている。セカンドライフの居住者も、6月現在、全世界で700万人を超えたと言われているが、特に日本ではユーザーより企業の関心が先行し過ぎているという見方もある。セカンドライフとは何か。仮想世界が注目される理由はどこにあるのか。企業はどう活用すべきなのか。今回は、ビジネスの視点から見た「セカンドライフ」入門です。


 日本円に換算すると、1日に2億円ほどのお金が動いていると言われる仮想世界に、日本では一般ユーザーよりも、企業の関心の方が高いように思える。しかし、セカンドライフの可能性は、経済価値だけにとどまらない。日本でのセカンドライフの普及に精力的に活動しているデジタルハリウッド大学大学院教授の三淵啓自氏に、今後の仮想世界の可能性を聞いた。

──セカンドライフとは何か、初心者にもわかりやすく説明してもらいたいのですが
セカンドライフの歩き方
バーチャルワールド ガイドブック
三淵 啓自 著(アスキー刊)
 セカンドライフ自体は、難しいものではありません。むしろウェブよりも簡単なものだと私は思っています。なぜかと言うと、セカンドライフはリアルなこの空間と同じように感覚的に理解できるんですね。例えば、イスに座るのに説明はいりません。現実の世界と同じ仮想世界、それがセカンドライフです。
 ただ、ストレスなく操作するにはハイスペックなPCが必要です。また、今はPCの画面を介してその世界に入らなければいけないために、歩くにも右を向くにもボタンを押さなくてはいけない。そういう操作性の不備はまだあります。しかし、それはあくまでも現在のPCを介してセカンドライフの世界をのぞいているからなのです。

──今後、ブレークスルーが起こるということですか。
 起こります。今のセカンドライフはコンピューターがわかっている人だけしか参加できないところがありますが、いずれ参入障壁も低くなり、普通の人が感覚的に扱えるインターフェースが普及すると思います。

ゲームではない

──セカンドライフの特徴は何ですか
 四つあると思います。まず一つ目は「ゲームではない」ということです。
 ゲームは、オンラインにしても、オフラインにしても、それを提供する会社がストーリーからキャラクターまで完全に作り上げて、ユーザーに提供する。ひと昔前のウェブと同じで一方通行なんですね。
 ところがセカンドライフはそうではなくて、中にいる住民たちが世界を作っているんです。セカンドライフを運営するリンデン・ラボ社が作ったものは、セカンドライフの世界の数千分の一もないぐらいの微々たるものです。企業の参入が最近注目を浴びていますが、企業が作っているコンテンツにしても全体から見ればほんの一部です。
 要するに、Web2.0的な参加型のコミュニティーになっているところが、セカンドライフの大きな特徴だと思います。

ユーザーに帰属する著作権

──二つ目の特徴は?
 「著作権がユーザー側にある」ことです。ゲームに限らず著作権は普通、運営会社が持っています。例えば、オンラインゲームに勝手に広告を張ったり、中の映像を使って勝手に映画を作ることはできませんが、セカンドライフでは、作った人にすべての著作権があるので、そこで作ったものを著作物として売ろうが、無料で配ろうが勝手です。リンデン・ラボ社は、あくまでもインフラのプラットフォームを提供しているだけなんです。

──セカンドライフはユーザー主体にできている?
 セカンドライフがなぜ大きくなったかというと、リンデン・ラボ社の戦略に最初からユーザー中心にやっていこうという考え方があったからです。究極のコミュニティーマーケティングだと思うのですが、ユーザーの要望を聞き入れながらセカンドライフを開発してきた。サービスの開始は2003年6月からですが、初期のユーザーたちが現在の仕組みのほとんどを作ってくれたんです。その後に入ってきた人たちによって、それがセカンドライフの文化になり、今のような「世界」ができあがってきたと思っています。

──日本では企業の関心が先行して、ユーザー主体のセカンドライフという部分が見えにくくなっていませんか。
 そうなんです。セカンドライフがおもしろいのは、ユーザーがお金に関係なく遊んでいるからなんですね。だから、企業がセカンドライフの「住民」を無視したかたちで参入すれば、まず失敗します。逆に、「住民」とうまく付き合って、コミュニティーがしっかりできた企業は強いと思いますね。
 
コミュニケーションツール

──三つ目の特徴は?
 「コミュニケーションツールである」ということです。それも、三次元で行われる今までにないコミュニケーションツールです。
 クリエイターが、三次元のムービーをコンピューターで作っても、それをお客さんに見せるときはプリントアウトして二次元に落として見せることがほとんどです。
 ところが、セカンドライフの中では、みんなで好きな角度から見て検討ができる。これから、3Dの制作も共同作業に変わってくるだろうと思いますね。
 それから、実際の環境を共有できる、体験できるということの意味は、非常に大きいと思います。例えば、車に轢かれそうになった時の恐怖体験も共有できる。
 また、企業であれば、企業イメージを具象化するような環境を作ってお客さんに体験してもらうことで、自社への理解を深めてもらえる。つまり、「環境広告」が可能なんですね。
 要するに、今まで人間が持っていたコミュニケーション手段では伝わらないものを、感覚的、感性的、環境的に共有できる。経験も共有できる。そういう意味でも、人間が言葉を持った時と同じような変化をもたらす、今までなかったコミュニケーションツールだと思っています。

──環境や体験を共有することによって、どのような変化が起こるとお考えですか。
 大げさに聞こえるかもしれませんが、これまでの科学や文明は、誰がやっても同じ答えが出るものしか真ではなかったんです。実はそうではないのではないか。みんなそれぞれ違ってもいいのではないか。その現場、その空間で、初めて真になることはあると思うんですね。それが今までは無視されてきた。なぜかというと、環境や体験を共有できなかったからです。
 ところがセカンドライフというメディアができたことによって、それが共有できる。みんなにその体験を納得させることも、また体験を共有した上で意見をもらうこともできます。
 セカンドライフによって、人間は新しいコミュニケーションツールを得たと、私は思っているんです。ただ、今のセカンドライフをPCの画面で見て、そこまで考える人はあまりいないと思います。それが実感できる新しいインターフェースができて、初めて「ああ、なるほど」と実感として伝わっていくことだと思っています。

──それを実感できるインターフェースというのは、具体的にどういうものなんですか。
 例えば、部屋全体が仮想空間になれば、今までとは違ったかたちのエンターテインメントやコンテンツが作れると思うんですね。
 「世界遺産」を見にいこうとボタンを押せば、世界遺産が部屋全体にパッと広がるわけです。旅行の疑似体験がリビングルームでできる。NHKで実験している三次元テレビにも、実はこのセカンドライフのインフラを使うことは可能です。例えば、シャラポワが打ったテニスボールをお茶の間のテーブルの上で見ることができるわけです。あるいは、野球中継をミニチュアにして見ることもできる。実際にIBMもそういう実験をセカンドライフ内でやっています。そういうところがセカンドライフの大きな可能性だろうと思っています。

──今のセカンドライフは、その初期段階だと。
 インフラができたという段階ですね。インターネットで言えば、やっとブラウザーができてPCの画面に表示できたというレベルだと思っています。
 ですから、今はセカンドライフに広告を出すというようなことに関心が持たれていますが、もっと大きなビジネスチャンスがセカンドライフの先にはあると思っています。現状のセカンドライフを見て判断するのではなく、1年、2年先を見て楽しい世界を作りましょう、ということなんです。

セカンドライフの経済規模

──セカンドライフでは、物の売り買いができる。それを現実のドルに換金できると言われていますが。
 「RMT」(注1)が、セカンドライフの四つ目の特徴ですね。セカンドライフの中では、リンデンドルという架空の通貨を用いてさまざまな物が売買されていますが、このリンデンドルはリンデン・ラボ社の仲介によって、現実のドルとの換金が可能です(注2)。現在、1日に日本円で2億円ぐらいのリンデンドルが売り買いに使われていて、小さな国ぐらいの経済規模を持っています。
 ここまで経済規模が大きくなってくると、課税の話も出てきます。アメリカでは、今のところ、セカンドライフ内の経済活動は非課税でドルに換金した時点で課税する方向だと聞いています。 
 ただ、セカンドライフの経済圏が堅固かというとそんなことはなくて、まだ実験レベルだと私は認識しています。確かに大きくなっているのですが、それをリンデン・ラボ社一社で支えられるかというと、疑問もありますね。

──日本でも、そういうことは議論されている?
 本格的な議論はこれからです。例えば、日本円からリンデンドルに換金することやリンデンドルから日本円に換えることはいいのか悪いのか、という議論もされていない。リンデンドルは貨幣なのか、パチンコ玉のようなものなのかということです。パチンコ玉として見るのであれば、日本円で買うことはできますが、それを日本円に換えることはできません。まだまだ曖昧なことだらけなんですね。

──三淵さん自身は、どうお考えですか。
 日本独自の経済圏を作ってもいいのではないかと思っています。円と連動したリンデン円という仮想通貨を作ればいいということです。日本人の管理する仮想空間においてはリンデン円で取引することは技術的には可能です。
 なぜそんなことを言っているかというと、実は日本の才能のあるクリエイターの生活がセカンドライフ内で本当に成り立つようにしたいと考えているからです。今のようなグレーゾーンのままではなく、きちんとした収入が得られる基盤を作りたいんですね。そうすれば、いろいろなクリエイターが世界に対して自分のコンテンツを売れるようになる。
 日本は、セカンドライフにマッチしたさまざまなコンテンツを持っています。それをベースに大きな輸出産業にも成長させられる。もし、そういうことを本気で考えるなら、セカンドライフのようなインフラが必要なのです。

(注1)Real-Money Trading、リアルマネートレード。一般には、オンラインゲームでゲーム内のお金や所有アイテム、キャラクターを現実のお金などと交換する行為のこと。


(注2)セカンドライフでは、6月現在1ドル=約270リンデンドルで換金できる。リンデン・ラボ社はユーザーがリンデンドルを売買するための場として「LindeX」という市場を提供しているが、リンデン・ラボ社自身はこの市場でリンデンドルの買い取りは行っていない。ユーザーがリンデンドルをLindeXで売る場合、買い手となるのは他のユーザーになる。

日本語版からグローバル版へ

──この7月には、セカンドライフの日本語版が出るという話もありましたが。
 昨年末からそういう話がありましたが、リンデン・ラボ社の方針が大きく変わって、今は日本語も使えるグローバル版を作ろうということになっています。日本語で独自の世界を作ってしまうと、他の国と情報のずれが出るという理由からです。

──グローバル版は、どういう形になるのでしょう。
 セカンドライフの世界は一つで、セカンドライフの説明や登録などの入り口として各国版を用意するというかたちですね。日本語用の入り口、フランス語用の入り口、中国語用の入り口など、いろいろな言語に対応した入り口ができるということです。
 ただ、翻訳のいい悪いをわきに置けば、すでに日本語が使える状況になっていますし、日本人のコミュニティーもかなり生まれてきていますね。セカンドライフ内のデベロッパーであるMagSlが山手線の各駅の名前や東京都23区の名前をつけたプライベート・ランドや区画整理された土地の販売を開始してから、日本人のコミュニティーは急速に発展しました。最近は、日本全体を作ろうというプロジェクトも進行しています。

コミュニティーと住民

──セカンドライフにはどういうコミュニティーがあるのでしょうか。
 それこそいろいろなコミュニティーがあります。特徴的なのは、同じようなアバター(ネット上の自分専用のキャラクター)が集まるコミュニティーです。例えば動物の格好をしている人たちとか、小さな格好をしている人たちとか、非常に派手な格好をしている女性アバターのコミュニティーもある。見た目にこだわるアバターが集まってできているコミュニティーですね。
 それから、場所のコミュニティーというのもあるんです。おもしろいものでは、足湯のコミュニティーがありますね。

──お湯に足をつける足湯ですか?
 そうです。「Ikebukuro」という場所にあってかなり有名ですが、一種の集会所みたいになっているんですね。お湯が張ってあるだけでほかに何もない。そこに足を入れてみんなで話すだけなんです。でも、環境を共有することで人とのつながりが生まれ、コミュニティーが形成されるんですね。

──セカンドライフの中には、グーグルのような検索エンジンはあるのでしょうか。
 セカンドライフ全体は、誰も把握してないですね。検索エンジンを作ろうとしているところも何社かありますが、三次元のものは基本的にテキストで作られているウェブとは異なり感性的なものなので、難しいと思っています。だから、セカンドライフにとっては、住民みんなで集めてきたユーザーの情報が最大の検索エンジンになると思います。

──セカンドライフの利用者は、実際、どういう人たちなのでしょう。
 日本人だけで見ると三段階ぐらいのフェーズに分けられると思います。最初に入ってきた、1年以上前からずっとやっている人たちというのは、どちらかというとMMO(注)系の人が多いですね。そういう人たちのアバターは、大体ゲーム系のデザインで、けっこう派手なんです。
 昨年の後半から今年のはじめまでに、ビジネス誌などを見て入ってきた人たちというのは、ビジネス系が多いので、スーツを着ている。スーツではない場合でも、割とおとなしい服を着ている人が多いですね。
 さらに、今年になってからは、新聞やテレビ、雑誌などでセカンドライフが紹介されて、なんだかわからないけど入ってみようという人がだんだん増えてきた。つまり、マス、大衆が入ってきたという状況ですね。

(注)Massively Multiplayer Online。数百〜数千のユーザーが参加する大規模多人数オンラインゲームの略称。


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