特集 2007.6/vol.10-No.3

今こそ、広告で語れ!
 広告にプロモーション効果を求める動きが強まる中、「広告が効かなくなった」「広告ではモノが売れなくなった」という声もよく聞かれる。クロスメディアによる消費者へのアプローチや、あらゆるものをメディアとして使って話題を広げるバイラルマーケティングなど、いくつもの視点が提示されているが、広告クリエイティブに長年貢献してきた3人はどう考えているのだろうか。消費者の目を引くことに注力するあまり、「語る」ことを忘れてしまった広告の作法を見直すことが、実は「モノを売る」ことにも有効なのだという指摘に、耳を傾けてみよう。

 
 梶祐輔氏の近著『広告内視鏡』では、「二十一世紀の商品広告」として、半分をプロモーション広告に割いている。その意図はどこにあるのだろうか。プロモーション広告とブランド広告の関係を念頭に置いて、これから広告が進むべき方向を聞いた。

――梶さんは、セールスプロモーション広告の代表であるダイレクトレスポンス広告に注目されていますね。

 ぼくは商品広告には二つの種類があって、ひとつは商品ブランドを作るための広告であり、もう一つは商品を売るためのプロモーション広告であると、考えています。前の本(『広告の迷走』宣伝会議)では前者のことを中心に書いたので、こんどの本では後者のことを書こうと思いました。
 日本の新聞広告では、後者のセールスプロモーションの広告がとくに不毛でした。長い間不況が続いたせいもあって、商品を売る広告といえば、ほとんどは価格の安さを強調する「お買い得広告」、「バーゲンセール」広告ばかり。商品の特長をきちんと説明し、魅力を伝え、消費者の欲望を刺激して、商品を買ってもらうという、古典的・正統的なプロモーション広告に出合うことは、きわめてまれです。
 広告から商品説明が消えたことは問題ですが、この国ではすでに日常生活から商品説明がほとんど姿を消してしまっているということと重ねあわせたとき、さらに大問題になるのです。
 今まで商品を解説つきで売っていた個人商店が、大型店の攻勢を受けてシャッターを閉めた。スーパーやコンビニには、もともと商品説明はない。大型専門店でも店員さんが十分な商品知識を身につけていない店が多く、店頭でも満足のいく商品説明が受けられない。
 つまりこの国ではいつのまにか、商品のことを詳しく知りたければ、自分でインターネットで調べるより仕方がない、という環境になっていたのですね。消費者はまず目標とする商品をはっきり見定めて、自分から積極的に、かつどん欲に働きかけるのでなければ、商品情報さえ手に入らないというヘンテコな時代になったのです。
 しかもそのインターネットは、ダイレクトに商品を売るという機能も併せ持っているので、その限りでは広告とプロモーションは一体であり、アクティブに使いこなせば、いままでの広告を一挙に陳腐化するという、恐ろしく便利なものでもあります。
 ところで自分のことを考えても、生来なまけもののぼくは、ものを買うことにいつもそんなに積極的に、カッカと情熱を燃やしているわけではない。ときどき街に出たとき店をのぞいて、興味をそそる商品に出合ったり、広告で面白そうな新製品に出合ったりして、受動的にものを買うことが多いわけで、そういうぼくには、いまの時代はすこし息苦しすぎるような気がするのです。受け身で商品説明にありつけた時代が、すごくなつかしいと思えるのですね。
 そういう心の揺れにシンクロするように、最近では、昔なつかしい通信販売広告が、新聞にもどんどん戻ってきたのです。通販広告は商品の実物を見せるわけではなく、商品説明だけで商品を売っています。ここには商品説明があるじゃないか、とまずぼくは感動したわけです。

コピーのチカラを回復する

――『通販生活』の斎藤駿氏(カタログハウス社長)を、梶さんは評価されていますね。
 斎藤さんは説得の技術というか、商品説明の方法を一貫して徹底的に考えている人だと思います。それが『通販生活』を支えるバックボーンになっている。ぼくが寂しいと思うのは、斎藤さんみたいな、文字による商品説明に情熱を燃やしている人が現在、広告のコピーライターにもいないということです。

――斎藤さんは、商品を説明する上で大事なのは「使用価値」だと言っていますが。
 商品の使用価値だけは、商品を買って実際に使ってみなければわからない。もしくは使用体験を持つ人に聞かなきゃわからない。どんなに商品の実物を眺めても、スペックを読んでも、これだけは事前にはわからない。だからそれを商品を手に入れる前の消費者に伝えることは、とても意味があり、重要なことだと、ぼくも思っています。

――ただ、使用価値は、人それぞれ違うのではないですか。
 マス広告では、人それぞれに違うからといって、使用価値をやたらあれこれ列挙してみても仕方がない。どの一点の使用価値に絞りこむかが、おそらく成否を分けます。その判断が大事ですね。
 そういう意味では、プロモーション広告としては、今の中途半端な商品広告よりも、通販広告の方が、はるかに商品のことをよく考え、よく語っていると思います。通販広告は、いっさい販売店やセールス・パーソンの助けを借りず、ただ印刷された言葉だけの力によって商品の魅力を伝え、そして商品を売ることに成功しているのですよ。これはすごいことです。
 もちろんすべての通販広告がリッパだ、というのではありません。誇大で、無責任で、消費者を惑わすようないい加減な通販広告もたくさんあり、これらは厳重にチェックされなければなりません。が、一般的にいって、ここに学ぶべきことは多いのではないかと考えています。
 ぼくはかねてから旭化成のヘーベルハウス、へーベルメゾンの新聞広告に関心があったので、本の中では制作者の石川英嗣氏にインタビューしています。むろんこれらの広告は通販広告ではなく、正確に言うならわが国では数少ない本格的なセールスプロモーション広告といったほうがいいでしょうね。 
 聞いてみると、ハウスメーカーの広告はふつう「広告を見る→住宅展示場で実物を見る→購入を決める」というステップで機能するものだけど、へーベルメゾンには住宅展示場はないそうです。だから新聞広告だけで資料請求のアクションを起こしてもらう必要がある。その決め手になっているのは、この広告の持っている言葉のチカラというか、コピーの説得力です。それは中途半端じゃないですね。
 広告に商品説明がなくなったということは、とりもなおさず広告が言葉を軽視していたということです。プロモーションとしての新聞広告は、徹底的に言葉を重視し、コピーのパワーを回復することが急務です。



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