ojo interview 2007.6/vol.10-No.3

宮田 識氏
宮田 識氏

 2007年度「日本宣伝賞山名賞」の受賞理由の一つに、「多くの有能なデザイナーを育成してきた」とある。
 「人が成長するっておもしろいじゃないですか。得意なことをやらせているうちに苦手なことでもできるようになるし、そうすると会社としてもいろんな仕事を起こせるようになるんですよ」
 29歳で設立した個人事務所を、約30年かけて社員30人からなる個性的な総合デザインカンパニーに育ててきた。自身、駆け出しのころには「実は何もできない自分」に気付いて悩み抜いた経験を持つだけに、若手の気負いも熟知する。深く濃い目尻のシワには、名伯楽の厳しさと、限りない優しさが刻まれている。
 「デザイナーには自分が納得できる仕事を通じて、もっと自由に個人としての能力を発揮してもらいたい」という思いと、「人には誰にでも良いところがある」との信念に揺るぎはない。
 「僕らの仕事には時代や空気を感じる力が必要です。人によって見ているモノは違うし、それが個性だとも思うけれど、うちの連中にはいつも『目の前を通るものを絶対に見逃すな』と言っています」
 PRGR、ブライトリングなど長年にわたる信頼関係で、開発からかかわる仕事も多い。仕事を請ける決め手の一つは、真剣に生きようとしている企業かどうか。
 「どうかな?と疑問に思う相手とは、うまくいきませんね。今はその企業が何を作っているかよりも、何を考えているかが重要で、それが見えない会社からはモノを買う気にならない時代です」
 5年、10年先ではなく、50年、100年先の企業の姿を見据えた時に、今、何をやるべきかをクライアントと真剣に議論する。結果、今は何もしないほうがいいとの結論に達することもあるが、「お金のために仕事をすると、不思議なことに何も残らない。今は苦しくてもやりたい仕事をやるほうが、次の自分たちのために得るものがあるということは、体で覚えたかな」と、週末のゴルフで日焼けした顔に人懐っこい笑みを浮かべた。

文/横尾一弘  写真/清水徹

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