CURRENT REPORT 2007.6/vol.10-No.3

ゼロハリバートンを傘下に収め「世界のエース」を目指す
 1969年に、アポロ11号の「月面採取標本格納器」として、約22.5キログラムの月の石を地球に持ち帰ったことで一躍有名になった「ゼロハリバートン」だが、以来、アルミ合金がもたらす堅牢性と飽きのこないシンプルなアタッシェケースは、世界中のビジネスマンのあこがれの対象となっている。
 この、たぐいまれなるゼロハリバートンブランドを有する米ゼロ ハリバートン社を2006年12月に傘下に収めたのが、バッグとラゲッジの大手総合メーカーである「エース」だ。
 自社ブランドのスーツケース「プロテカ」や、ビジネスバッグ「エースジーン」の販売が好調な同社が、新たにゼロハリバートンを手に入れ、世界に向けて今後どのような戦略を取っていくのか。同社執行役員 事業戦略本部 マーケティング部 部長の島本高志氏に話を聞いた。


エース 執行役員 事業戦略本部 マーケティング部 部長 島本 高志氏 ――日本を代表するバッグメーカーとして長い歴史を誇りますよね
 そうですね。創業が1940年、昭和15年ですから今年で67年目を迎えます。メディアにもよく「老舗のバッグメーカー」などと紹介されたりするのですが、江戸後期や明治時代から作られているメーカーさんもたくさんありますので、弊社はまだ新参者と言えるのではないでしょうか。
 エースはたしかに70年近い歴史がありますけど、そこに安住するのではなく、常に革新的でありたいなと思っています。いつも先を読み、新しいものに取り組んでいく。マーケティング・オリエンテッドな会社であるといっても過言ではありません。

――業界で初めてナイロン製バッグを発売したのもエースでしたね
 1953年、昭和28年のことです。当時、バッグの素材はほとんど革と帆布でした。ですから、色もどうしても黒やベージュなど地味なものが多い。そこに色鮮やかで軽量なナイロン製バッグが登場したわけですから、大変な評判になりました。このときがエースの本当の原点といえるでしょう。

――1967年にはABS樹脂製スーツケースの国産化第1号も発売しています
 海外旅行ブームの走りのころですね。1964年に海外旅行が自由化され、テレビのクイズ番組でも、よくハワイ旅行とスーツケースが優勝賞品になっていました。うちもずいぶん提供したものです(笑)。
 70年代には英文字を初めてデザインとして取り入れた「マジソンスクエアーガーデンバッグ」が流行しました。懐かしく感じる方も多いのではないでしょうか。
 このように、エースは常に新しいライフスタイルや、半歩先のスタンダードというものを提案し、成長につなげてきました。最近では、ビジネスバッグブランド「エースジーン」がそれに当てはまります。

――ゼロ ハリバートン社買収というニュースを聞いたときは驚きました
 そうですね、日本でも頑丈なアタッシェケースとして認知度がかなり高いブランドなので、インパクトがあったと思います。
 日本のバッグ市場は、高齢化や人口減少、少子化が進行し、今後ゆるやかにシュリンクしていくと予想されます。そうすると、バッグメーカーは活路を海外に求めないといけないわけです。エースも、以前から中国を始めとして十数か国で展開していますが、かねてから欧米にも本格的に進出したいと考えていました。
 ゼロ ハリバートン社買収の決め手になったのも、アメリカとヨーロッパに強力な販売網を構えていたことです。さらに、圧倒的なブランドパワーもあります。それらを利用すれば、エースの既存ブランドとも強いシナジー効果を発揮することができるでしょう。そう考えれば、決して高い買い物ではないはずです。
 今後は、国内の自社工場の技術力を生かした、まったく新しいゼロハリバートンも出そうと考えています。今のバッグには丈夫さと軽さが求められていますので、例えばプロテカで使用しているポリカーボネート樹脂とエースの技術力をゼロのアイデンティティーと融合させれば、丈夫で美しく、かつ軽量なゼロが登場するわけです。そうすれば、ゼロブランドのプレステージ性にさらに磨きをかけることができるでしょう。

――今後の目標を教えてください
 エースが世界一のバッグブランドとして誰からも認められる存在になることです。そのために、自社ブランドのグローバル化も積極的に推進します。
 ビジネスバッグの主力ブランドであるエースジーンは、日比谷と上海の一等地に旗艦店を作りました。日比谷店は今秋オープンする高級ホテル「ザ・ペニンシュラ東京」の真向かいにありますので、海外のバイヤーにもアピールできます。
 さらに、来年3月にアメリカ・サンディエゴで開催される旅行関連グッズの見本市「トラベル・グッズ・ショー2008」にゼロハリバートンとエースジーンそれぞれブース出展します。エースジーンはアメリカで初めてお披露目する機会となります。
 その次がヨーロッパということになります。それが何年後のことになるか、まだ明言することはできませんが、それがかなったとき、「世界のエース」という社員全員の夢が実現するのです。

(佐藤)

取材メモ
ACE GENE EVL-1
 商業の街、大阪の船場で1940年に開業したかばん製造卸業「新川柳商店」を前身とするエースだが、成長のきっかけとなったのは1953年に発売した業界初のナイロン製バッグだ。革やキャンバス製しかなかった当時、東レが開発した軽くて丈夫なナイロン製生地を使用した製品は、「バッグの一大革命」と言われるほど画期的なものだった。
ZERO HALLIBURTON
 この革新性を受け継ぐ形で1998年に発表されたのが、ビジネスバッグブランド「エースジーン」だ。“エースの遺伝子”という名のとおり、創業以来培ってきた経験とノウハウがバッグに込められているという。
 2007年春には、より高い品質や機能、デザイン性を追求したビジネスバッグとしてさらに進化すべく、ロゴとIDをグラフィックデザイナー・佐藤卓氏によるデザインに一新。また、エースジーンブランドを確立する情報発信拠点として、東京・日比谷(2月)と中国・上海(4月)に直営の旗艦店をオープンさせている。
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