特集 2007.5/vol.10-No.2

最強の「マイメディア」モバイルの今日と明日
モバイルは生活と消費行動をどう変えたか ネクスト・ネットワーク マーケティング・プロデューサー 辻中俊樹氏
●Toshiki Tsujinaka
1953年生まれ。青山学院大学文学部卒。日本能率協会などを経て、82年ネクスト・ネットワーク設立。『生活カレンダー』方式によるリサーチワークを確立。団塊ジュニア世代のみならず、団塊世代、新人類世代から高齢者に至るまで他世代の世代分析・研究についても造けいが深い。著書に、「団塊が電車を降りる日」(東急エージェンシー出版部)、「団塊ジュニア−15世代白書」(誠文堂新光社)、「母系消費」(同友館)、「21世紀の生活価値展望」(みき書房)などがある。


 モバイルは、人々の情報接触行動や消費行動にどのような影響を及ぼしているのだろうか。
 生活を24時間スケールで捕捉する「生活カレンダー」方式によるリサーチワークを確立し、団塊ジュニアに関する基礎研究をまとめ、「15(いちご)世代」というキーワードを世に送り出すなど、生活シーン分析の評価が高いネクスト・ネットワークの辻中俊樹氏に、その実態と分析を聞いた。


──世代や職業によって変わると思いますが、まず最近のメディア接触の変化という点からお聞かせください。
 「生活カレンダー」という日記式調査は、特にモバイルのためというわけではなく、生活動線という考え方で、ビジネスマン、OL、主婦、学生といったセグメントごとのメディアとそのタッチポイントを探るための調査です。それを見ていて最近気づくことがあります。
 人は、普通、複数の生活拠点を持っています。ビジネスマンには会社というコミュニティーと家がある。学生にとっては学校があり、家がある。ところが、最近は「家にいる理由」が、程度の差こそあれ、ビジネスマンにもOLにも学生にもなくなっているということです。世代差はもちろんありますが、「家にいる理由」、もっと言えば「家に帰る理由」が、ほとんどなくなっているというのが最近の正直なぼくの感想なんです。
 特に顕著なのが情報接触です。「食う」「寝る」「風呂に入る」という基本生活行動はまだ家を拠点にしていることは間違いないけれども、情報接触、つまり、メディアとのタッチポイントで考えると家に帰る理由はほぼなくなっている時代に入っていると思うんですね。

「生活カレンダー」から見たOLのメディア接触 (平日)


家にいる理由がなくなった時代
 
──情報接触のために家に帰る理由がなくなったということを、もう少し説明してもらえますか。
 90年代初めまで時計の針を戻せば、情報接触行動という意味では家に帰る理由が明確にあったわけです。そのころはまだ固定電話でしたから、家に帰らないと友だちとさえ連絡が取れない。テレビを見る。ゲームをやる。音楽を聴く。つまり、家は情報拠点だったわけです。
 それが今は、音楽一つをとっても、完全に持ち歩くものになりました。音楽を聴くために家でやっていることと言ったら、携帯音楽プレーヤーにデータを吸い上げることぐらいになってしまった。それから携帯電話で、どこにいても、だれとでも話せるようになった。次にiモードが出て、インターネットに外で接触ができるようになった。
 つまり、情報接触のために固定位置にいる必要がなくなったわけです。情報のインプット、アウトプット、つまりコミュニケーションの場としての家は機能を喪失したというのが、世の中の流れだと思います。そういう傾向が出てきたのがこの10年、ほぼ固まったのがこの5年でしょうね。

──情報接触行動は、世代差があると思うのですが。
 家にいる理由がある人の方が、人口が多いのは事実です。今の日本は50代以上が相当多いから当然です。けれども、その人たちの情報のインプット、アウトプットは、社会全体の情報の総量から見たら小さいですよね。人数的には少数派になるかも知れないけれども、家に帰る理由のない人間の方が、情報の入出力の総量は多い。情報接触行動という意味では、ほぼ「マイホームレス社会」と認識した方がいいと思います。

――主婦もマイホームレス化している?
 主婦も義務的に家にいなくてはいけない時以外は、家の外に出て行っていますね。主婦は、生活行動が子どもの生活時間で規制されます。朝と夜以外の時間帯は、子どもを幼稚園・保育園に送って行く、スイミングスクールに行く、病気になったら病院に連れて行くと、子ども中心に外と家を行ったり来たりしている。小刻みな在宅を繰り返しているのが、今の主婦です。

携帯電話という接触ポイント

──家にいる理由を失わせた一番の要因は、やはりモバイルの普及ですか。
 携帯電話というモバイルインフラができて、ネット環境が外へ出たことでしょうね。ワンセグについては、まだ、ぼくらの生活に本当に意味があるかどうか疑問符は付きますが。
 ただ、携帯電話の画面で育ってきた今の若い人たちにとっては、家の大きい画面でテレビを見る理由もあまりないかもしれません。彼らにとって、携帯電話の画面はテレビと比較するものではないし、PCの画面と比較するものでもない。彼らにとっては、最も基本的な情報の接触ポイントそのものだからです。だから、PCやテレビ並みの性能をモバイルに求める必要は何もないと思うんですね。

──モバイルが基本的な情報接触ポイントになっている世代というのは?
 今の団塊ジュニアあたりから下ですね。30代の前半からリテラシーが変わると思います。
 「生活カレンダー」のような日記式調査を見るとわかりますが、基本的にPCはビジネスツールなんです。だから、ビジネスをしていなければいらないものです。学生も就職活動や論文を書く時にはPCを使いますが、それ以外は全部モバイルです。PCで文字を打ち込むのは、今の30歳から下の世代にとっては負荷が大きいんですね。

──キーボードが使えないわけではない?
 できるけれど、電源を入れてPCを立ち上げること自体が面倒くさいんです。
 ただ、PCとモバイルが併存しているのは事実です。年配のビジネスマンも、若いビジネスマンも、デスクのPCで仕事をしながら、自分のメールはデスクの下で打ってますよね(笑)。主婦もPCの環境を家で整えるのと同時にモバイルを手に入れています。しかし、子どものいるママさん同士のネットワークは基本的にモバイルです。
 オフタイムの情報接触行動では若い世代ほどモバイル中心で、上の世代は両方使っている比率が高いと思いますね。

ウェアラブルなメディア  

──生活の中での実際のモバイルの使われ方ですが。
 モバイルの特性は、どこにでもついてくることです。オフィスの中でも、トイレに行ったり、給湯室に行ったり、休憩で下のコンビニに行ったり、たばこを吸う人はスモーキングルームに行ったりと動線があるわけです。でも、PCはデスクという固定地にしかないわけです。モバイルはどこにでもついてくる。逆に、シーンを切り替えたいから、モバイルを持ってトイレに行ったり、コンビニに行ったりすることが多いと思います。
 家に帰っても、リビングでテレビを見ながら食事したり、風呂に入ったり、トイレに行ったり、ベッドでごろごろしたりと、狭い空間の中にも動線はあります。
 テレビもオーディオも固定地に置かれていて、そこから少し離れただけで接触できなくなります。リビングでテレビとネットの両方を立ち上げるというシーンも確かにありますが、それも固定地なんです。しかし、モバイルは家のどこにいようが100%ついてきます。

──さすがに風呂の中までモバイルは持ち込んでいない?
 脱衣所に置いていますから、今着信しているとか、着信音でだれから来たとか、わかっていますね。

──タッチポイント、コンタクトポイントというのは、固定地のメディアを対象に考えていたと思うのですが。
 少なくとも今の30歳以下の人たちには、明らかにモバイルという特殊な情報接触ポイントが24時間365日、どこにいても自分にくっついていますね。できれば携帯電話から離れたいと思っているぼくらの世代には理解不能なことかもしれませんが、それが実態です。
 少し前、携帯電話会社が言っていた「ウェアラブル(注)」というのはなるほどそういうことか、と思いますね。家の中でも外でも、常にタッチポイントを形成できるメディアがモバイルだと思います。
(注)ウェアラブルは「身につけることができる(wear+able)」という意味で、マサチューセッツ工科大学のメディアラボで最初に提唱された概念。本来は、眼鏡形のディスプレーや腕時計形の通話装置など、移動できるコンピューターであるモバイルコンピューターの発展した携帯を指す。

経験価値の連鎖

──消費行動からモバイルを見ると、どうなりますか。
 今のネットの大きな流れに、消費者が参加してつくっていくCGMがありますね。「ミクシィ」に代表されるCGMを支えているのは、モバイル世代です。そのアクセスも、今はモバイルの方が多くなっています。そういうサイトを見るのも、書き込むのも、モバイルです。
 例えば、ブログには昨日の夜、食べに行ったレストランの話がアップされているわけです。出てきた料理を携帯電話で撮って、それに文章を書き加えてアップしている。それを見た誰かが今度は「私も食べたよ。おいしいよね」とコメントを書いたり、近くに行った時に食べに行ってみるなど、その情報を再利用している。
 CGMというのは、経験したものをユーザー同士で相互交換するプロセス、「経験価値の連鎖」なんですね。だから、未経験なものは基本的にCGMには出てこない。また、経験価値が一番共有化しやすいのは、グルメ情報と旅行です。だから、この二つがCGMを見ても最も多くなっています。
 そのアクセスツールが、今はモバイルになっている。経験が発生している時点ですぐに情報化できる。それがモバイルの強みだと思います。  

──それは、商品の購入プロセスにも影響を与える?
 CGMを通した経験価値情報がこれだけ増えてくると、AIDMAのような購入プロセスは成り立たなくなると思います。もちろん世の中全体がそうなったわけではなく、少なくとも半分は成り立たなくなっている。
 最近は、それと気づかずに商品を買ってしまって、なかなかいいというので、後で調べる。そしてブログに書くというプロセスもそれほど珍しいことではなくなっていますね。これは、「アクション→サーチ→シェア」という購入プロセスです。そういうように購入プロセスの変化や短縮化があちこちで起こっていると思います。

お一人様消費と新聞

――購入プロセスの変化、短縮化にどう対応したらいいのでしょう。
 例えば、風邪をひいて熱があるのに会社に出勤せざるを得ない。その時に「朝飲めば夜までもつ風邪薬です」と車内の広告にあれば一番心を打つわけです。いわゆるリーセンシーという考え方です。
 これは、未知を認知に、認知を理解にということではなく、その瞬間に買いたい気持ちを起こさせているわけです。AIDMAをAISASに変えたぐらいでは「ネット広告が増えます」と言っているに過ぎなくて、実際の消費行動の方は、もっと先に行ってしまっている。
 別の角度から言えば、今は駅の中にさえ販売チャネルができている。携帯電話というモバイルをだれもが持っている。販売チャネルも情報チャネルも整ってきたから、軌を一にしてターゲットに対してマーケティングが動いている、ということです。  

──あまりにもタイミングよくモバイルに広告が送られてきて、はたしてうれしいかということはありませんか。
 消費者心理を考えたモバイルの広告作法の問題は、また別にあると思いますが、これからのマーケティングは不特定多数ではなくて一人一人をジャストインタイムで追いかけていく方向に動いていく。「お一人様消費」の時代に向かっていることは間違いありません。今、新幹線のチケットを持っている人に、「このお弁当がおいしいですよ」とリコメンドするような形になっていくということです。

──ただその考え方は、お弁当10個を売って大企業の経営が成り立つか、という問題に行き着くと思うのですが。
 メーカーの視点に立てば、情報のロングテールは成り立っても、物流のロングテールは成り立たないのは確かです。だから、ジャストインタイムのマーケティングをサポートする新しいマーケティングニーズが起こってくると思うんですね。
 一人一人を追いかけるマーケティングの弱点は、情報に串が刺さらないことです。中年の男性には、ファッションブランドの情報は入って来ない。ターゲットではないから当たり前なんですが、そうすると奥さんの欲しがっているもの、娘の欲しがっているものがわからないということが起こってくる。新聞広告を持ち上げるつもりはありませんが、そういう時に新聞広告を見て、娘が買ったバッグはこれかと思うわけです。そこで初めてバラバラだった情報に串が通るわけです。企業のビジョンを新聞広告で伝えるのも、それまでバラバラに入ってきた企業情報に串を通すという意味で今後は重要になってくるはずです。時間差で誰もが接触できるメディアは、実は新聞くらいしかないんですね。
 ターゲットに広告を当てていけばいくほど、社会やステークホルダー、家族間のコミュニケーションを媒介するメディア、情報を共有するメディアが、その一方で大事になってくると思います。  



モバイルとマーケティングの進化
ディーツー コミュニケーションズ 代表取締役社長 藤田 明久 氏→


モバイルサイトの現状と広告配信サービス
シリウステクノロジーズ 代表取締役社長 宮澤 弦 氏→
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