立ち読み広告 2007.5/vol.10-No.2

現代史の証言に、投票してください!

 『文藝春秋』はまるで磁石のような雑誌だ、と同誌の元編集者から聞いたことがある。黙っていても、いろんな記事が集まってくるというのだ。もちろん「黙っていても」というのは謙遜で、編集者の苦労は並大抵ではない。
 ただ、自分の文章を『文藝春秋』に載せたい、この話題は同誌編集者に教えたい、と思っている作家や学者が大勢いるのは確かなことだ。読者にも書き手にもファンの多い雑誌
なのである。

● いま読めるとしたら、どの記事?

 4月10日の朝刊に同誌の全面広告が載った。異色のデザインだ。文字ばかりなのである。最上部には「投票してください!」とある。折しも統一地方選挙のさなかだから、投票率向上キャンペーンかなにかかと思ったら違う。創刊85周年を迎えた『文藝春秋』が、過去の記事85本の中から「いま読めるとしたら、どの記事を選びますか?」と呼びかけているのである。そしてずらりと記事のタイトルと執筆者、掲載号、内容説明の一覧が。
 一覧表をつい熟読してしまった。辰野隆、徳川夢声、サトウ・ハチローによる「天皇陛下大いに笑ふ」(昭和24年6月号)から、先日載ったばかりの「『小倉庫次 侍従日記』昭和天皇 戦時下の肉声」(平成19年4月号)まで。現代史の証言ともいうべき記事がたくさん並んでいる。この一覧表を読みながら、いろんなことを思い出し、考えた人が多いのではないだろうか。

● 私が選ぶベスト5

 私が5本選ぶとしたらどれだろう。まず中野好夫の「もはや『戦後』ではない」(昭和31年2月号)。経済白書にも引かれて流行語になった言葉だが、オリジナルはまだ読んだことがない。リベラルな評論家で英文学者、翻訳家というイメージのある彼が、どんなふうに「戦後ではない」と語ったのだろう。
 和田寿郎「心臓移植に挑戦して」(昭和43年10月号)も気になる。和田移植は大きなニュースとなったが、その後、倫理問題に発展した。
 渡辺淳一「心臓移植・和田外科の内幕」(昭和45年10月号)は、同僚だった渡辺が和田を厳しく批判した記事。結局、これをきっかけに渡辺は医大を去り、作家に専念することになった。
 田宮高麿「我々は『明日のジョー』である」(昭和45年6月号)は、よど号ハイジャック犯の手記。表題は犯行声明からのものだが、これも流行語になった。
 最近の記事では田中耕一「私のノーベル賞くたくた日記」(平成15年2月号)が読みたい。サラリーマンでノーベル賞を受賞した田中さん(どうしても「さん」づけで呼びたくなる)は、いわゆる文化人にもならず、こつこつと研究を続けている。
 社史を読むと、『文藝春秋』は菊池寛が唐突に構想し、慌ただしく創刊したものらしい。なにしろ誌名も決まっていなかった。あったのは「頼まれて物を云ふことに飽いた」という、時代への反発とも、闘志ともいえる気分だ。このとき菊池は36歳だったという。今なら若手ベンチャー起業家というところか。
 なお、「あなたが選ぶ文藝春秋びっくり記事85」への投票者のうち500名にオリジナル図書カード「作家の顔シリーズ」が当たるそうだ。これは欲しい!

4月10日 朝刊
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