From Overseas - NewYork 2007.5/vol.10-No.2

「感動体験」の一杯、再び

 米国の一日はコーヒーで始まる。出勤途中の街角にはコーヒーを売る屋台が立ち、みんな紙コップ片手に通勤する。もちろん、シアトルが発祥の地であるスターバックスはNYでも人気で、朝から行列になっている店舗も多い。同社は現在、世界で約1万3,000店を構えており、設置目標は4万店とさらに3倍にする予定だが、急激な店舗数拡大による合理化で、「スターバックスらしさ」を失いつつあると指摘されている。
 店舗数拡大の効果もあってか、2006年の店舗売り上げによる全米での利益は前年比+17%、+9億5,500万ドル(約1,117億3,500万円)と破竹の勢いだ。しかしその反面、粉砕・パック化された豆から大量にコーヒーを抽出する自動エスプレッソマシンの導入で店から「コーヒーの香り」がなくなり、店員の質低下や、コスト削減に伴いソファ席がなくなるなど、これまでファンの心をつかみ高めの料金設定を可能にしてきた要素が姿を消しつつある。また、肝心のコーヒーの味でも消費者情報誌「コンシューマー・リポーツ」3月号の比較で、マクドナルドの「プレミアム・ロースト」に敗北を喫するという結果になった。
 この変化に最も心を痛めたのは、ほかでもないスターバックスのシュルツ会長だった。彼は25年をかけて1軒のコーヒーショップに過ぎなかった同社を世界的なブランドに育て上げた人物である。彼がそのブランドの源と考える「感動体験」が合理化の過程で失われ、「スターバックスがファストフード化してしまう」と嘆く内部メモが今年1月にインターネットを通じて全世界に流れ、社内外で論争を呼び起こすと共に株価を大幅に下落させる要因となった。同社の広報担当者はウォール・ストリート・ジャーナルの取材に対し、このメモは幹部あてに実際にシュルツ会長が電子メールで送ったものであることを認め、「彼の情熱の表れ」であるとコメントしている。
 失われてしまった「感動体験」を再び顧客に味わってもらい、離れかけた人心を取り戻そうとする最近の同社は様々な話題に事欠かない。
 3月14日にはNYタイムズを始め複数の新聞に「RECONNECT」と題した多色全面広告を出稿し、全米およびカナダで、翌15日の午前10時〜正午までトールサイズのコーヒーを無料でサービスすることを告知した。「リコネクト、また繋がろう」と呼びかけたこのコピーは、調査の結果、米国人が最もコーヒーを欲する時間帯に、仕事の手を休めてコーヒーブレークを取り、ゆっくり友人と話をしようという意味が込められていると、同社はリリースの中で述べている。もちろん、無料コーヒーで「感動体験」をさせ、店舗から離れていった顧客と「リコネクト」したい願いも込められているのだろう。この日、店舗には長い行列ができ、2時間で提供されたコーヒーは全国で50万杯を超えた。また多くのメディアもこのイベントを好意的に取り上げた。
 さらに4月2日からは、USAトゥデーで、高級ホテルチェーン・オムニホテルと組み、同ホテルの宿泊客1万人以上を対象に「香りつき広告」キャンペーンを開始した。これは同紙の新広告商品で、フロント面に2枚重ねの広告ステッカーを貼付、1枚目がスターバックスのコーヒー、2枚目がオムニホテルのマフィンの広告となり、1枚目をはがすとブラックベリージャムの香りがするというものだ。残念ながら、同社のコーヒーアロマは香りの要素が複雑なため再現不可能だったようだが、オムニホテル側が「印象的な嗅覚体験でリピーター増加を目指す」と語っているように、この試みは同社にとっても「感動体験」の相乗効果となることは間違いないだろう。
 新聞広告を通じたアピールにとどまらず、同社は自らも媒体となり「感動体験」を広めるべく3月にレコードレーベル「ヒア・ミュージック」を設立し、専属アーティスト第1号として大物ポール・マッカートニーと契約した。彼の新アルバムは6月上旬には同社の店舗に並ぶことになるが、CDを買った客がコーヒーは買わない、などということにならないよう祈りたい。

 

(4月4日)
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