特集 2007.1・2/vol.9-No.10・11

クリエイティブが変える新聞広告

コンテンツとしての新聞広告
Yasumichi Oka
●1956年佐賀県生まれ。80年早稲田大学法学部卒。同年電通入社。85年にクリエーティブ局へ異動。99年7月クリエイティブ・エージェンシー「TUGBOAT」を設立。クリエーター・オブ・ザ・イヤー、アドフェスト金賞・銀賞、ADC賞、TCC最高賞、ACC金賞、ジャーナリスト賞ほか多数受賞。
Seijo Kawaguchi
●1962年東京生まれ。85年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。同年電通入社。クリエーティブ局アートディレクターを経て99年7月クリエイティブ・エージェンシー「TUGBOAT」を設立。カンヌ国際広告祭銀賞、NEWYORK ADC銀賞、アドフェストグランプリ、THE ONE SHOW DESIGN金賞ほか多数受賞。


 電通出身の4人の広告クリエイターが作った日本初のクリエイティブ・エージェンシー「TUGBOAT」は、1999年の設立から7年半を迎える。広告のクリエイティブを元気にすることを目的に活動する彼らの目に、最近の日本の広告はどう映っているのだろうか。

――TUGBOATは、CMプランナー中心で設立されたテレビCMを作る会社というイメージがあるのですが、アートディレクターの川口さんも参加しているのは?
川口 ほかの3人がいい加減だから……。
 いい加減じゃない人が1人必要だった、という理由ではないですよ(笑)。CMプランナーが3人いて、アートディレクターが1人しかいないからCMが目立っているのでしょうが、CMをやるためではなく、広告キャンペーンをやるためにTUGBOATを作ったんです。
 広告は、プランナーがたくさんいた方がいろんなアイデアを出せる。ただ、その3人のグラフィックを引き受けるには、体力があるアートディレクターが1人いれば大丈夫なんじゃないの、ということですね(笑)。
川口 TUGBOATを作ったころは、東京アートディレクターズクラブの先輩たちから「川口、テレビ屋の中に入ってどうするんだ」とよく言われましたが、そうじゃないんですね。テレビのプランナーもグラフィックのアートディレクターも、それぞれテクニカルな部分でプロフェッショナルであるべきなのは当然ですが、この企業や商品をどう広告するかという最初のアイデアは、誰が出してもいっしょだということです。
 だから、TUGBOATでは広告の目的によってはグラフィックのプレゼンしかしないこともありますし、逆に、これはもうテレビだという時には、グラフィックの予算を全部テレビに投入することもあります。
 クライアントのオリエンテーションに、テレビCMの仕事の時はCMプランナー、グラフィックの時はアートディレクターやコピーライターが出席するというのは、今の広告会社が作っているシステムであって、いい広告を作るための仕組みではないと思うんですね。
 ぼくらは、新聞広告を作ろうが、雑誌、ポスター、テレビ、ラジオの広告を作ろうが、フィーという意味においては同じです。だから、1番有効なやり方が提案できる。
 しかし、広告会社の場合は、なるべくテレビスポットが多い方が利益が上がります。キャンペーンの本当に誠実な構築が構造的にむずかしくなっている場合もあるのではないでしょうか。

クリエイティブ・エージェンシー


――TUGBOATとは何かを理解するために、もう少し質問したいのですが、広告プロダクションとの違いはどこにあるのでしょうか。
 簡単に言えば、アイデアを考えるのがクリエイティブ・エージェンシーで、実際に手を動かしてそれを完成させるのがプロダクションということです。
川口 そういうクリエイティブ・エージェンシーは日本ではTUGBOATぐらいだと思いますね。通常は、先生と呼ばれるアートディレクターがいらっしゃって、その下にアシスタントのデザイナーが何人かいて、アイデアというよりは収益の大きい版下のデータ製作や撮影で稼いでいる。でも、TUGBOATはその機能はまるで持っていません。クリエイティブディレクターとしていろいろなアイデアを出し、外のプロダクションに制作をお願いして、クオリティー管理をしている。

――広告会社が100%出資して、クリエイターが独立するケースも最近は増えていますね。
 結局、それは広告会社が新しいクリエイティブチームを社外に作っただけに過ぎないと思うんです。そういう資本関係もなくクリエイターが組織を作れば、一挙に広告を取り巻く状況は変わったと思うのですが、そうはならなかった。

クライアント直が増えない理由

――いろいろ問題はあるにしろ、最近、クリエイターに広告キャンペーンを直接依頼するケースが増えてきていると思うのですが。
 そういうケースが少しずつ出てきたのは確かだと思います。しかし、ぼくらのところでもクライアントからの直接依頼はまだ3分の1ぐらいです。残りの3分の1ずつが出身の電通とその他の広告会社といった割合です。もう少しクライアントと直接の仕事が増えるといいですけどね。

――クライアントからの直接依頼が増えない原因というのは?
 ぼくらに直接依頼するには、クライアントにも力量が求められるからです。明快な方針がなければ頼めない。でも、何を頼んでいいかわからないから、とにかく売ってくれというところがまだ多いんですね。
 広告キャンペーンは、本来そういうものじゃないですよね。いずれブランドにつながっていく志を語るべきもので、そのためにこの商品を作ったという話が言えなければ、キャンペーンはできないわけです。ところが、そういうオリエンテーションができるクライアントが、実はまだそんなに多くない気がします。
川口 宣伝部の裁量権が狭くなっている気もします。もちろん、企業によって違いますが。小予算の広告でもさらに上の承認を得ないと出せなくなっていて、その結果、広告の費用対効果が前面に出るようになっています。商品を1つ売るのにいくらかかるかで全部仕切られているので、広告がどんどん売るためのプロモーションになっている。
 短期的な結果を求めるだけで、長期的なビジョンや戦略を立てる人が誰もいない企業が多いと思いますね。でも、その中で、長期的な戦略を持っているところがいずれ勝つと思います。
 どんなスポーツもそうですが、「この局面、ワンプレーをどうするか」と「このゲームをどうするか」には違う文脈があるわけです。その、「このゲームを」という大きなところで見ている人が、あまりにも少ないと感じる。
川口 だから逆に言えば、その商品の広告をずっと考えている人がいるところとは話ができるということなんです。
 もっと言えば、会社イコールその人というトップがいる場合は非常にやりやすい。自分の会社を1番考えていて、決定できる人と話せるなら、ちゃんとその人のフィロソフィーをわかった上で、表現を考えることができますからね。

売りの広告にシフトした昨年

――そういうTUGBOATが、最近の広告の変化をどう見ているか興味があります。
 全般的なことで言うなら、広告がつまらなくなったとよく言われていますが、ぼく自身はそうは思っていません。それは、「今年のカゼはすごいらしいよ」と毎年言っているのと同じで、さしたる意味はないと思うんですね。
 過去を振り返れば「何年がよかった」と言うことはできますが、広告がおもしろかったと言われている80年代ですら、その時点のライブな感覚としては、そんなにおもしろくはなかったと思うんです。そういう意味で、今、広告が特につまらないともぼくは思っていないんですね。

――昨年は企業広告が目立っていたと思いますが。
川口 でも、結局は全部が売りにシフトした年だったと思います。ウェブも売りに直結だし、新聞もダイレクトレスポンスの広告が多くなった。テレビも生コマーシャルタイプがますます増えています。
 売りの時代は、これからもっと深くなるんじゃないですか。新聞15段を出してどれぐらい売れたか、テレビCMとの対比効果はどうかということが、ますます問われるようになる。しかし、広告の長期的効果を考えた時は、新聞15段を1回出した効果ではなく、いろいろな広告がかぶさっていってブランドは構築されていくわけです。

――TUGBOATで制作したユニクロの広告も売りに直結した広告なのでしょうが、ブランドも意識しているように思えますね。
 ブランドをもちろん意識はしていますが、これは完全に売るための広告です。ただ、違いがあるとしたら、ユニクロの広告の作り方はずっとそうなのですが、世の中への提案を感じさせる表現をとっている。それはぼくらが発見したわけではなくて、ユニクロの広告がもともと持っていたもので、それをうまく生かした広告ということです。
川口 このキャンペーンのアートディレクターは多田(琢)ですが、TUGBOATの仕事の場合は、全員がかかわっています。誰かが1人でやるということは、ほとんどないですね。

2006年9月16日 朝刊


広告を読者に届くコンテンツに


――ブランディングのために新聞広告を使うことをどう思いますか。
2006年6月10日 朝刊
 新聞はダイレクトレスポンス広告のような使い方をする時は即効性のあるメディアとして使われますが、ブランディングには即効性がない、時間がかかるメディアだと思われていると思うんですね。でも、本当はそんなことはなくて、読んでもらえる広告を作れば、1回の掲載でも記憶に深くとどめることができるんです。そういう新聞ならではの使い方があると思います。
 例えば、時の記念日のシチズンの企業広告は、ミヒャエル・エンデの『モモ』の時間の話をテーマにしたものです。この広告を読むにはけっこう時間がかかりますが、それだけ時間をかけて読んでくれた人にはなかなか忘れられない広告になることを意図して作ったものです。
 背景を少し話せば、シチズンが時の記念日にあわせて企業広告を打つというオリエンテーションを頂いた。実は今のシチズンは、小さなものを作る技術を生かして、携帯電話やコンピューターの部品を作る非常に優秀な部品メーカーになっている。しかし、「シチズンは部品メーカーです」と言った瞬間に、時計メーカーとしてのシチズンはみんなの中で消えてしまうというか、整理がついてしまう。シチズンのブランディングが非常に危ういところにいってしまう。だから、時計をやろう、時間をやろうということにしたんです。
 それで、テレビCMは俳優の林隆三さんを起用して、「定年退職の日」というテーマで、「その日」の時間を追っていった。ぼくもそうだったんですけど、退職する日は、あと何時間で自由になれるという気持ちと、あと何時間しかこの共同体にいることはできないという気持ちが交錯して、時間の流れに敏感になるんです。だから、その日を扱ってみようと思った。
 ただ、新聞広告にテレビCMをそのまま持ってきて、スーツを着ている林隆三さんが立っている写真を使ってもテレビCMと同じ強さは出ない。それで、新聞広告は「時は心の中にある」「この日に時のことを考えよう」というまったく同じコンセプトで表現の仕方を変えています。

――この新聞広告の表現で、川口さんがアートディレクターとして考えたことは?
川口 新聞はポスターと同じで一瞬のメディアなんですが、いいモノの前では目が留まるんです。また、広告の基本は「意表を突く」ということだと思うんですが、シチズンが時の記念日に時の話をするというのも、ある意味、意表を突いていますよね。時の記念日ですから、普通だったら、この時こそ売りだと思うじゃないですか。そのタイミングで時計の広告ではなく時間の話をしようというのが、この広告の考え方です、そこまでディレクションできていれば、後のデザインはそんなにむずかしくないですね。それを読者に届くコンテンツに仕上げればいいわけで。

―――コンテンツに仕上げるというのは?
川口 新聞広告も新聞というメディアに入る以上は、やはりコンテンツなんです。記事と広告は別ものに見えますけど、読者はそんなふうに見ていない。新聞広告を広告と思って見ているのは、広告業界の人だけだと思うんです。だから、通常の新聞広告は写真でも文字でも、記事とは違うトーンで作られている。でも、そういう広告は、「広告だ」ということで、実は読み飛ばされやすいんです。それが今の新聞広告が抱えている大きな問題です。
 新聞広告にとって大事なのは、記事に対抗できるどれぐらい優良なコンテンツになっているかどうかだと思うんです。以前、スターバックスの上場広告をキャッチもボディーコピーも記事と同じ大きさの文字でやったことがあるのですが、閲読率が非常に高かったんです。シチズンの広告も、実は記事と同じ大きさの文字を使っています。コンテンツがおもしろければ、その方が読者に広告だという意識を持たせずに読んでもらえる。
 もちろん、写真をパッと大きく使って読者の目を引くこともできますが、そのためには、その写真が読者の興味を引くコンテンツになっていなければいけないということなんです。

ブランドと広告のトーン


――ブランドを広告にどう落とし込んでいくかということについてですが。
川口 そのブランドが世の中とどう関係し、つながっているかを見る深度、センスが重要なんです。うちの麻生(哲朗)がプランナーをやっているライフカードのテレビCMも、若者向けのライフカードだからああいう作法でいいんです。
 ただ、シチズンが同じことをやっていいかというと、ちょっと違いますよね。ぼくがシチズンの新聞広告を静かなトーンでやるのも、シチズンのブランドに合わせて、最大限シチズンが「いい人」に見える表現だと考えたからです。この人が何をどう言ったら1番人々に届くだろうか、を考えるのがぼくらの仕事なんです。
 パブリックなマスの場所に出ていって、何かを発信するとは、そういうことです。その深度がある広告ほどインパクトがある。そのインパクトにも、ライフカードのような強さもあれば、シチズン的な静かさもある。ただ、それはクライアントにはなかなか考えられないんですね。自分では、自分のことはなかなかわからない。それを考えるのが、われわれの作業になる訳です。

新聞広告のクオリティー


――昨年の広告で読者モニターの評価が高かったものに、吉野家が牛丼の販売を再開した「本日」の広告がありますが、これもコンテンツのおもしろさと考えていい?
2006年9月18日 朝刊
 これはニュースですね。だから、強いニュースがあれば、それを大きく出せばいいんです。
川口 今まで言ってきたことと同じですね。この広告にはクリエイティブの前に、大きなニュースがあるんです。ニュースというのは、最も新聞らしいコンテンツです。広告表現がいいか悪いかの問題ではない。もっと単純に言えば、記事と広告のどっちがおもしろいかということなんです。一度、その日の記事と広告を並列に置いて、人気投票したらおもしろいと思います。
 記事も広告もコンテンツだとしたら、おもしろいニュースの広告は、新聞の一面に持ってきてもいいわけです。でも、新聞は記事の中だけで優先順位が決められている。
 一方、広告主からすれば、いつも15段を同じ値段で買っているにもかかわらず、広告としてニュースがない時は、そんなに目立たない。そういう時でも効果・効率を上げるにはどうしたらいいかを、メディアの立場から考えてみることも必要だと思います。

――新聞の使い方が固定した考え方にとらわれている?
川口 でも、広告会社にとっては、その方が効率いいわけです。どんな家を建てようが、土地をたくさん売った方がもうかる仕組みになっているということです。
 厳しいことを言えば、そういうもうかる仕組みがあるために、これまでメディアも広告会社も新聞広告のクオリティーを上げる努力をさぼっていたのではないか。
川口 でも、さっきも言ったように、新聞広告も新聞のコンテンツだとしたら、新聞広告のクオリティーは新聞の価値に直結しているはずなんです。だから、クオリティーの高い新聞広告を載せる努力をすることが、新聞というメディアの価値を高めることにもなると思うのです。
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