GLOBAL Interview 2006.1・2/vol.8-No.10・11

オーストリア政府観光局・ウィーン代表部 局長 兼 代表
フォルカー A. ヤインドル 氏

オーストリア共和国・ウィーン
 オーストリアは中央ヨーロッパ南部に位置し、面積はほぼ北海道に匹敵する約8.4万平方キロメートル。国土の約2/3は東アルプスが占め、ドナウ川流域に平野が広がっている。総人口は約810万人で、約98%の人々がドイツ語を母国語としている。
 ウィーンはオーストリアの首都であり、9つある州の1つ。古くよりヨーロッパの東西と南部を結ぶ十字路として、ウィーンの森を背景に2000年の歴史にはぐくまれてきた。音楽と芸術の都、典雅な宮廷文化に彩られた古都、学芸の誉れ高い街、流麗な世紀末芸術が花咲いた街、多彩な料理とワインの街など、多彩な面を持つ。

 世界で一番有名なオーストリア人といえば、ヴォルフガング=アマデウス・モーツァルトをあげる人が多いだろう。35年の短い生涯に626もの作品を生み出したモーツァルトは、まさに「天才作曲家」の代名詞的存在だ。彼が残した美しい旋律は、全世界共通の財産と言っても過言ではない。
 モーツァルトがオーストリア・ザルツブルクで生を受けたのは1756年1月27日のこと。つまり、今年で生誕250周年を迎えることになる。オーストリア、特にザルツブルクと晩年を過ごしたウィーンではそれを祝し、様々なイベントやコンサートが開かれるという。
 モーツァルトでますます観光客の注目を集めるオーストリアとウィーンについて、オーストリア政府観光局 局長 兼 ウィーン代表部 代表 フォルカー A. ヤインドル氏に話を聞いた。

――年間2000万人もの観光客が訪れる理由は

 第一の理由としては、文化と歴史のある国、場所ということ。ハプスブルグ家の歴史が皆様にとって非常に魅力ある、訪問する価値を生み出している。
 次に文化面でもたくさんの顔があるが、特に音楽や建築は芸術の流れ、影響を受けている分野になる。
 それからライフスタイル。良く知られているウィンナー・コーヒーやザッハトルテのケーキなど、こういったものが非常に魅力的な要素になっている。
 また、オーストリアやウィーンは、訪問していただいた観光客の方が、現地に住んでいる人と同じようなことが体験できる場所だ。初めて訪れた人々も、まるで自分がそこにずっと住んでいたかのようにすんなりととけ込むことができる、不思議な魅力がある国であり街だ。

――オーストリア、ウィーンにとって観光産業は

 非常に重要な位置を占めている。例えば、外貨収入の約18%を観光産業で稼いでいる。輸出によるインカムが7%なので、それを見てもどんなに観光産業がオーストリアにとって重要なフィールドを占めているかが分かるだろう。
 しかし、この結果だけでオーストリアが観光立国と判断されるのは早計だ。産業国としても確固たる地位を築いている。国民1人当たりの生産額では欧州でも4番目に位置しているのだから。  

――政府観光局、ウィーン代表部の業務内容は

 目的は二つ。簡単に挙げると、マーケティングとしてプロモーションをする部分。それから日本人観光客の訪問者数を毎年上げていくということだ。
 プロモーションとしては、日本人は音楽=ウィーン、自然=アルプスと思い込みがちなところがあるので、それ以外にもオーストリアの歴史をバックグラウンドにして、上手な組み合わせがあることを紹介していきたい。
 日本人観光客数はおかげさまで約30年間で年間5万人から30万人に増えており、これは国別に見ると5番目だ。日本人はとてもフレンドリーだし、大騒ぎしないし、インテリジェントな部分もあるので、地元の人々も日本人に対しては非常に好意的だ。
 また、ウィーン代表部としては、陶磁器などウィーンが誇る「ウィーン・プロダクツ」ブランドを広く紹介することも重要な業務となっている。

――今年はモーツァルト・イヤーですが

 観光客に向けて今年はモーツァルト・イヤーとして積極的に訴えていくが、旅行会社に対しては2007年以降を見据え、ハプスブルグ家をテーマにした新しいプロモートに取り組んでいるところだ。  オーストリアはもちろん、ブダペストもハンガリーもハプスブルグ家とゆかりの無いところはない。ハプスブルグ家という屋根の中で色々な方向性、様々な顔を見せていきたいと思っている。
 ウィーンもオーストリアも、現在も息づいているライブな街であり国だ。静かで落ち着いたということだけではなく、今後は今も躍動しているという部分において、35歳から50歳ぐらいの層にもたくさん来ていただけるように私たちもマーケティングを考えなければいけないと思っている。


 1942年、オーストリア・グラーツ市生まれ。大学卒業後、地元の広告会社や化学メーカーに勤務した後、71年にスキー用具メーカーに転職。輸出業務で初めて来日したのもそのころのこと。その後、87年に政府観光局局長のオファーを受け、以来日本滞在も今年で19年目を迎える。2002年からはウィーン代表部 代表も兼任している。
 「最初は3年の契約だったのですが、それがいつの間にか18年が過ぎてしまいました」と苦笑する。  好きな音楽はクラシックですかと尋ねると、「ハードロックも聴きますよ。実はディスコやクラブも好きなんです。誰にも言ってないけどね」。

(佐藤)

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