特集 2005.12/vol.8-No.9

メディアの融合がもたらすもの
 2005年も残すところあと1か月足らず。今回は少し先走って、コピーライターの眞木準氏と、東京経済大学教授(博報堂生活総合研究所顧問)の関沢英彦氏に、今年の新聞広告の動きと世の中の変化とは何だったのか、また、今後の新聞広告に期待するものは何かを語ってもらった。

対談/見えてきた新聞広告の新潮流

眞木  今日は関沢さんと今年1年の新聞広告を振り返ろうということですが、関沢さんはコピーライターとしてもぼくの博報堂時代の先輩です。それで、敬意を表して関沢生活総研風に今年の広告の特徴を「バルブ広告」と名付けてみました。バブルじゃなくてバルブ、もう少し具体的に言うと、エコに流れを絞ったバルブ型の広告という特徴が、今年の新聞広告にはあったと思います。バブル経済後の長期にわたる広告投資の落ち込みで、新聞広告が減少気味だった中、目的を絞ることで逆に広告の流れを作る新聞広告が増えてきた。そういう意味のバルブです。新聞広告に、蛇口を絞って流れをきちんとつくるような動きが出てきたのではないかと思います。

関沢 ある焦点に向かって集中的に広告を出稿するようになった?

眞木 そうです。そういう「バルブ型広告」というのが、今年の新聞広告に共通の特徴のような気がします。その背景には、締まり屋の広告費というのがある。ここ数年、企業が広告予算をメディアに使おうとすると、まずテレビ、以下残り、ということになる傾向が強い。新しいウェブというメディアも増えてきていますし。今年は20世紀最後の10年間でやっていたような新聞広告は減って、新聞広告の性格が少し変わってきている。マスメディアとしての新聞広告が新しい手法を取り入れることによって、もう一度大切なメディアになりつつあることが今年は感じられたと思うんですね。そういう1つの流れを作るという意味で「バルブ型広告」ということですが、関沢生活総研風のキーワードとしてはなかなかいいんじゃないかと思うのですが(笑)。

関沢 論点というか、争点が明確で、そこに向かって「私はこうする」ということをきちっと言っている広告が多いという意味では、同感ですね。

Jun Maki
1948年愛知県生まれ。コピーライター。71年慶應義塾大学経済学部卒。博報堂入社。ソニー、全日空、キヤノン、サントリーなどの広告制作を担当。83年フリーランスとして独立。眞木準企画室主宰。作品に、全日空「でっかいどお。北海道」、三陽商会「踊れるバーバリー。」、森ビル「六本人、生まれる。」など。
Jun Maki


家の中に街がある

――生活という視点で振り返ると、2005年はどんな年だったのでしょう。
2月16日 朝刊
関沢 ここ数年来の流れですが、家庭の中と外、アウトドアとの境目がどんどんなくなっている。その動きが明確になった1年だったと思います。言ってみれば家の中が街のようになって、家庭内をブロードバンドという大通りが通って、そこにさまざまなお店がある。それから、テレビはハードディスク付きDVDレコーダーや大型の薄型テレビの普及で映画館の役割を果たしている。
 そこで新聞はどんな役割を果たしているかというと、何かを議論する駅前広場や公園としてこれまで考えられていたのだけれど、私がここ何年か見ていて思うのは、その中で街で言えば駅張りポスター的なものが家庭に宅配されているのが最近の新聞広告のような気がします。もちろん全部が全部そうではないのだけれど、新聞1ページを使って、効果的にポスター的な力を家庭内で発揮している新聞広告が増えている。私は、そこに新しい新聞広告の力を感じますね。
 先ほど提案いただいた「バルブ広告」という文脈で言えば、今年はとくに新聞という駅前広場の論点が明確だった。環境ということに絞られていた。京都議定書が発効し、日本は国際公約を本気で実行する気があるのか記事でも盛んに取り上げられていたし、環境をテーマにした博覧会(愛・地球博)も開かれた。クールビズもそうですね。

眞木 家の中に街があるというのはおもしろいですね。その中で新聞、あるいは新聞広告のポジションというのは、駅前広場でよく辻(つじ)説法する人とか、演説をする人とか、難民を救おうというボランティアの人とかいるけど、それと似ている。

関沢 家辻説法というのは、まさに、そのとおりですね。

眞木 おもしろいのは、そういうスピーカーの特徴は、基本的には大変ジャーナリスティックな社会的な発言をする人が多いことです。これも新聞広告の特徴だと思います。去年あたりから、ぼくはそれを「ジャーナリズムアド」と呼んでいる。テレビにはスポーツ番組も歌番組もお笑い番組もあって、ニュースもあるけれども、新聞は基本的には一面から終面まで全部ニュースです。ジャーナリズムが新聞の基調ですから、広告にもそのDNAが反映されている。今年、出稿量としても多かった環境広告というのは、今年のジャーナリズムアドの典型だと思うんですね。

関沢 環境問題が駅前広場で議論になったのは、それこそ大雨が降ったり、水浸しになったりという本当にリアルな状況が頻繁に起きて、その因果関係は別として、地球環境問題が自分自身の問題になってきたからです。京都議定書にそっぽを向いているアメリカにも観測史上最大といわれるようなハリケーンが上陸するなど、少なくとも異常気象は事実だと認めざるを得なくなった。京都議定書の方向に向かわないといけないと誰もが思い始めている反映だと思います。

Hidehiko Sekizawa Hidehiko Sekizawa
1946年東京都生まれ。69年慶應義塾大学法学部卒。博報堂入社。コピーライターとして活躍後、博報堂生活総合研究所へ。96年所長就任。2003年から同研究所顧問、東京経済大学教授。研究所編の『巨大市場エルダーの誕生』『平成モザイク消費』『シチュエーションマーケティング』などに著者としてかかわる。


最も成功した“企業広告”

――具体的な環境広告として注目されたものはありますか。
眞木 企業広告として成功した最大の例は、実は「クールビズ」だったと思います。読売新聞にも、チーム・マイナス6%の一連の広告が掲載されていますね。この広告がおもしろいのは、タレント以上にタレントになった小泉首相が大きく出ていて、しかも、ロンドン同時多発テロの起こった日にトニー・ブレア首相とイギリスで撮った写真をすぐに活用するという大変ジャーナリスティックな手法で成功をしている点です。しかも、実は自民党大勝の大きなアドバンテージになっているという気がするんですね。与党自民党の企業広告という意味でも大成功でした。

関沢 ブレア・小泉両氏が並んで、「産業革命のつぎは、環境革命です」というのは非常にまっとうで、正しい。生活総研で調査したのですが、この夏は約5割の人がクールビズのファッションをしていた。ノーネクタイという身近にできることだったことが広まった理由だと思います。問題は、次にどう広げていくかということですが。

7月13日 朝刊 6月21日 朝刊


眞木 もう一つ、広告手法としておもしろかったのは、キリンのペコロジーですね。

関沢 具体的に商品のパッケージを工夫しているわけで、これは強い。広告としても昇華されていたと思います。パッケージをどうしていくかは、ペットボトルでは最大の問題で、それを消費者が使いやすい形にするのはすごく意味のあることです。つまり、環境の問題で一番重要なことは、修身の教科書のように「環境にやさしく生きよう」と言うことではなくて、商品自体がもう環境にやさしい設計になっていて、捨てるときもそうせざるを得ないように情報が組み込まれていることです。言い換えれば、社会システム自体を環境対応型に持っていかないとだめなわけで、そういう意味でも、これは意味のある広告だし、わかりやすい。それから、それとはまるで違う視点で、いま一番競争が厳しい「お茶戦争」で、こういう差別化の道もあったかと思います。

眞木 最近のはやりの言葉で言えばロハス的な商品であり、中身の品質も感じる。

関沢 ペコロジー」という言葉、よくぞ思いついたと思いますね。ほんとうにおもしろい。たとえば、トヨタのハイブリッドカーも、やはり現物としてあるのが強みだった。リユースやリサイクルもそうですが、最近の商品には循環型の発想が組み込まれていて、10年前の抽象的なスローガンとはずいぶん変わった。

眞木 昔は、新聞の広告賞にも環境広告賞という部門がありましたが、最近の傾向としては、企業広告、商品広告に、その要素が少しずつ入るようになってきています。

関沢 それが、一つの商機にもなっていって、発展していけば一番いいでしょうね。

眞木 これは、だから環境型企業、あるいはサステイン型の企業に対する流れを作るバルブ広告と言えるでしょうね。

関沢 愛・地球博も環境をテーマにお祭りとしてやったということでしょう。ただ、大阪万博の70年から35年たって、博覧会というもののポジションが変わった。テクノロジー万々歳で、未来のテクノロジーの夢を描くのが以前の万博だったとすると、そういうテクノロジーを環境や人間に近いところで使うものに変わってきた。大阪万博を企画した堺屋太一さんは「団塊の世代」の名付け親でもありますが、団塊の世代は大阪万博の時は若者として行き、今回の愛・地球博では退職間際でまた見に行った。どこか時代の変化を象徴していますね。

3月25日 朝刊


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新聞社とつくる企画広告の意義と役割
― 2005年の企画広告を振り返る ― 三田村和彦企画事務所 三田村和彦 氏→
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