特集 2005.11/vol.8-No.8

団塊の世代がリタイアする日
 団塊の世代が2007年から2009年にかけて会社をリタイアする。その退職金総額は80兆円とも言われ、お金と時間がある“消費者”としてさまざまな企業から注目されている。しかし、お金や時間だけでは、彼らのリタイア後の生活は見えてこない。マーケティング活動やコミュニケーション活動に結びつく団塊の世代のインサイトという視点から、彼らがリタイアする意味を探った。

団塊リタイアのマーケティングテーマは何か

 団塊世代の大量定年退職は、マーケティング的にはどのような意味を持つのだろうか。マーケターの辻中俊樹氏は、トランジット(乗り換え)に過ぎず、新しい生活の始発点であり、そこでまず問われるのは、「男のライフスタイル」だと言う。

 1947年から49年生まれの団塊世代が、2007年以降引退し始めます。「2007年問題」は、IT業界から言われ出した言葉です。古いコンピューター言語で動いているソフトウエアの保守をやれる人材がいなくなるというのが、その理由です。最近では、生産現場の技の伝承が危うくなるなど、さまざまな社会的影響が指摘されています。しかし、団塊の世代のリタイアが産業社会に及ぼす影響は、ほとんどないと考えています。生産現場での技の伝承は、ほぼ完了していますし、ソフトウエアの問題も3年、長くて7、8年で解決する問題です。また、このことについて正面切って発言をする人はほとんどいませんが、高賃金のホワイトカラー、大卒の団塊の世代が大量にリタイアすることは、企業にとって福音ですらあるわけです。
 むしろ、団塊の世代がリタイアする主たるテーマは、「男のライフスタイルの問題」というのが私の見方です。それが同世代の女性のライフスタイルや、これからの世の中にさまざまな問題を投げかけていくと思っています。

亭主元気で留守がいい

 何十年も働いてきた男のリタイアでポイントになるのは、男女問題です。男が仕事をしない人生を始めたときに、妻側の女性たちはどうしているか。実は、彼女たちは基本的には10年前にリタイアしています。働いている女性ももちろんいますが、少なくとも子育てからは卒業している。10年前から、「私たちは何をしようか」「どういう人生を歩んでいけばいいのか」彼女たちは模索を始めていました。昔風の言い方で言えば、「自分探し」のテーマを見つけて、地域にかかわり、ボランティアに参加し、それ以上に消費に活発に動いていました。それが、彼女たちのこの10年です。
 友だちと旅行に行くのも、昼間のレストランで食事を楽しんでいるのも、彼女たちです。そこに10年遅れて“亭主”が帰ってくる。亭主の退職に戦々恐々としているのが、彼女たちの本音だと思うのです。「私たちがこの10年間でつくりあげた新しいライフスタイルや消費のスタイルを、亭主が帰ってくることによってつぶさないでほしい」
 今までの彼女たちのライフスタイルは、「亭主元気で留守がいい」を前提にして成り立っていました。それが常に留守でなくなると、彼女たちのライフスタイルに大きなインパクトを与えます。この男女問題が、団塊の世代のリタイアで一番大きい問題だと思うのです。一歩間違うと、この10年間の個人消費を唯一支えてきた彼女たちの足を引っ張る可能性すらあります。

女房元気で留守がいい
 
 団塊の世代の夫婦の意識の違いでよく引き合いに出される調査に、「リタイアしたら、あなたはだれと旅行に行きたいですか?」があります。男性のほとんどは「妻と行きたい」ですが、妻は「5回に1回ぐらいだったら一緒に行く」。だから、亭主がリタイアしても、妻たちのライフスタイルは変わらないというのが私の考えです。むしろ、生活行動はさらに活発になる。その選択肢の中に、ワン・オブ・ゼムとして夫婦で何かをすることも入るだけです。
 妻たちが「夫婦で時間を過ごすことに価値がある」と認めるためには、男は5年や10年は練習しないと無理でしょう。彼女たちは常に「亭主元気で留守がいい」と思ってきたわけですから、彼女たちを納得させるためには、リタイア後も男たちが「元気で留守がいい」生活をするしかありません。
 そのためには、男たちが自分の時間を一人で悠々と過ごせるスキルとノウハウを持たないといけない。年金がどうとか、資格を取らなければとか、趣味を持つというような表層的な話ではなくて、一人で飯を食うことを含めて、男が自分のことをさも楽しく冒険をするようにやっていけるようなライフスタイルを、5年、10年かけて身に付けられるかです。というより、身に付けざるを得ない、と私は思っています。なぜなら、団塊の世代の妻たちは、自分たちが今までやってきたことを捨ててまで亭主の面倒を見ようとはしないからです。それが今の70歳以上の夫婦とは違う点です。「亭主元気で留守がいい」に対し、「女房元気で留守がいい」と言える状況を男がつくれるかどうかです。
 また、リタイアと言っても、新たに仕事を始める人はかなりの数いると思いますが、自分のライフスタイルを持つことによって仕事に対する意識も変わってくると思います。再就職しようが、嘱託として同じ会社で仕事を続けようが、「会社に帰属する」という意識はなくなる。会社のためではなく、社会のためというふうに価値を変える。その意識の極端な形がボランティアやNPOに参加するという形で出てくると思います。たとえ、平々凡々たる仕事を続けていくとしても、企業収益ではなく社会に対して貢献できているかという物差しで、すべてを見るようになります。

男が消費者になるとき
 
 リタイア後の男たちは、一人で過ごさざるをえないことが増えてきます。そこから、団塊の世代の男たちの本当の消費が始まります。
 なぜかと言えば、リタイア前の男は、家庭内の消費を妻に代行してもらっていて、自ら消費の意思決定をすることはほとんどなかったからです。長い間、団塊の男たちが慣れ親しんできた消費パターンは、家族全員の意思決定に加わるか、社用でした。「上司と部下で行く居酒屋」なら、ものすごい数が頭の中にある。しかし、個人消費は自己選択です。
 60歳になった男が初めてコンビニエンスストアで一人で自分の食べものを買う、というのは大変なことです。しかし、「このおにぎりより、こっちのおにぎりのほうがうまい」ということを繰り返していけば、それがカッコいい消費かどうかは別にして、そこからベーシックな消費感覚が出来てきます。
 そういうところから始まって、デパートの地下も守備範囲になり、自分のファッションも、数回に1回は一人で選んで買うということが起こってくる。それが繰り返されることで、団塊の世代の男たちは一人前の消費者になっていくと思います。
 消費者になった団塊の世代の男たちに、今後は百貨店も大手流通業もコンビニも、フォーカスを当てていくでしょう。「男一人」というマーケットが生まれます。それは、今後の成長領域に確実になると思います。
 「男一人」というマーケットは、今までのシニア向けのマーケットとはまるで違います。はっきりしているのは、団塊の世代の60歳は超一流の若者だということです。肩こりがひどいとか、腰が痛いとか、そんなのは当たり前のことであって、それが消費者として汚点になるようなプロフィルかというと、決してそんなことはありません。これからの消費者は、肩こりぐらい持っていて一人前、と言われるはずです。

「青春復活型」マーケット
 
 5年先、10年先に、多分ベーシックな消費としては、そうした男一人マーケットが具現化するでしょう。しかし、その手前の、今から3年から5年の間に一番マーケットとして膨れ上がるのは、「青春復活型」マーケットです。
 青春と言っても、小学生時代まで含まれます。あのとき面白かったこと、あのとき買いたかったけど買えなかったもの、あのとき買ったけれども就職してから離れていたもの、そういうものに対して、ものすごい勢いで彼らは動いていきます。
 10代のときは安物のギターだったけれど、今は少し金のゆとりがあるから「マーチン買うぞ」とか。一つひとつは数は知れているかもしれませんが、そういうものがたくさん出てきます。彼らが聞く音楽も、長い間音楽から離れていたわけですから、「青春復活型」のもの、昔のものを聞きます。ただ、面白いのはそれを聞くオーディオで、オーセンティックなものを選ぶかというとそうでもなくて、iPodを選んだりする。団塊の世代の特色は、極端な革新性と保守性が同居していることです。
 彼らがみなフォークソング好きかといったら、そんなことはありません。フォークソングは団塊の世代の2、3割です。1割はジャズ、2割がクラシック、残りの4、5割が「サブちゃん」、演歌です。場末の飲み屋に行くほど彼らが歌っているのは「サブちゃん」です。
 団塊の世代が「サブちゃん」というのは意外かもしれません。学生運動の中心になった世代であり、団塊の世代、イコール大学生のイメージがありますが、彼らの中で大卒者はわずか2割です。中卒が「金の卵」と言われた集団就職の世代です。確かに、その上の世代と比べれば「サブちゃん」の支持率は下がっていますが、この世代は人数が多いですから、彼らが支持すれば世の中に対する影響は大きいのです。
 「青春復活型」の消費は次の世代のリタイアの時も起こるかもしれませんが、団塊の世代の3割が支持すれば、次の世代が5割支持しても数は一緒です。次の世代が同じことを考えたり、同じことをやる人が確率的に増えたとしても、「なんだ、団塊の時のほうがすごかった」と言われる。これはもう頭数のトリックです

辻中俊樹編著「団塊が電車を降りる日」(東急エージェンシー刊)から


Toshiki Tsujinaka
1953年3月生まれ。青山学院大学文学部卒。1982年、株式会社ネクスト・ネットワーク設立。『生活カレンダー』方式によるリサーチワークを確立。団塊ジュニアに関する基礎研究をまとめ、「15(イチゴ)世代」というキーワードを世に送り出すなど、その「生活シーン分析」は評価が高い。近著に「団塊が電車を降りる日」(東急エージェンシー刊)。





若者文化をつくった世代の新たな模索
博報堂 エルダービジネス推進室 室長 阪本節郎 氏→


団塊の世代とつくる旅行商品――JR東日本「大人の休日倶楽部ミドル」の取り組み
JR東日本 鉄道事業本部
営業部課長 竹澤康行 氏、営業部副課長 森崎鉄郎 氏、営業部副課長 辻本健二 氏→
もどる