立ち読み広告 2005.11/vol.8-No.8

いろんな出版社のいろんな「王子さま」
 9月27日の夕刊は、すべての広告面を出版広告にあてた、いわゆる夕刊マルチだった。最終面、テレビ欄の下全部を使って、『星の王子さま』(集英社)の広告が載っている。
 誰でも知っている古典的名作が、こんなに大きな広告を出すのは珍しいことだ。
 今年、『星の王子さま』がいろんな出版社から、いろんな翻訳者の手で出された。中央公論新社は小島俊明訳、論創社は三野博司訳、宝島社は倉橋由美子訳、など。先ほどの集英社は池澤夏樹訳で、しかも単行本と文庫の両方を出した。みすず書房は『小さな王子さま』という書名で、山崎庸一郎の訳で出した。なお、残念なことに、倉橋由美子は本が出る直前に亡くなった。
 なぜ同時に何種類もの『星の王子さま』が出ることになったのかというと、2004年末で著作権が切れたから。同時に、これまで同書の日本語訳を唯一出していた岩波書店の出版権も消滅した。もちろん出版権はなくなっても、岩波版が書店から消えるわけではないが。
 著者、サンテグジュペリが操縦していた飛行機ごと行方不明になったのは1944年のこと。著作権の保護期間は作者の没後50年間。本来なら1994年末に切れるはずだが、戦争中の戦時加算10年があって、2004年12月31日まで延びていた。そして、明けて今年の元旦からは、誰でも自由に出版できるようになったわけである。
 岩波版『星の王子さま』(内藤濯訳)は、1953年の出版以来、600万部を売った大ロングセラーだ。岩波書店では少年文庫版のほかに、サンテグジュペリ生誕百年記念復刻版や愛蔵版、ジグソーパズルブック、ポストカードブックなども出している。  

新訳競合は文化的豊かさの証し

 著作権切れで各社から『星の王子さま』が出るにあたって、岩波書店は要望書を出している。原題の『Le Peteit Prince(小さな王子)』を『星の王子さま』と訳したのは内藤濯のアイデアであり、そのことに留意してほしいというものだった。たしかにこれが『小さな王子』だったら、これほどまで広く愛される本になっていたかどうかはわからない。今回の新訳のなかでは、みすず版が『小さな王子さま』としているが、これも「さま」を付けたところは内藤訳の影響かもしれない。なお、内藤は1977年に亡くなっているので、内藤訳の著作権は2027年末まで保護される。ただし、書名については著作権は及ばないというのが、法律家の多数意見だそうだ。
 ところで、文化庁は著作権法の見直しを進めていて、早ければ来年度の国会に提出される見込みだ。JASRAC(日本音楽著作権協会)などは、保護期間を現行の死後50年から70年へと延長するよう求めている。国際的にも70年が標準というのだ。
 もっとも、延長には反対する意見もある。もともと著作権保護は、作者の生活を守るためのものだった。それが死後70年というのでは、作者の配偶者や子供だけでなく、孫や曽孫にまで収入をもたらす利権と化してしまう。
 実際、今回の新訳競合によって、読者はさまざまな『星の王子さま』を読めるようになった。訳者の感覚や考え方で、文章はそれぞれ違う。これこそが文化的豊かさ。サンテグジュペリだって、草葉の陰で喜んでいるだろう。

9月27日 夕刊 集英社
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