メディアの進行形 2005.11/vol.8-No.8

巨人の肩の上に立つ―学術情報の無料化
公共財としての学術情報

 ネットの普及とともに学術情報の流通に大きな変化が生じている。なかでも欧米では、学術団体や大学図書館と大手商業学術出版社の間で、激しい競争が繰り広げられている。
 出版社は発行する学術雑誌を電子化し、図書館に向けて割増料金で印刷物より早く提供している。これが学術文献価格の高騰を招いた。図書購入費削減もあって、ジャーナルクライシスと呼ばれる学術雑誌の相次ぐ購読中止を引き起こしている。
 これに対し国家予算による研究成果は広く国民に返すべきであり、知識は公共財だ、という主張もある。この思想を背景に研究者自らが研究成果をネットで無料公開するのがオープンアクセスの運動である。
 さらに米国の図書館は学術団体の論文の電子化をサポートする電子図書館化事業を推し進めてきた。図書館資料は無料公開が原則である。この考え方の延長には、大学内の図書資料や学術情報をネット公開する機関リポジトリがある。
 最先端の科学情報を高く売ろうとするビジネスと、研究の主導権を握ろうとする学術団体、さらに印刷物の倉庫から脱皮を図る図書館の三つどもえの競争となっている。

グーグルスカラー

 そこにグーグルが、ネットで入手できる学術文献を検索するグーグルスカラーを開始した。これによって、論文、書籍、ピア・レビュー、前刷り、抄録、技術リポートなど学術文献の検索閲覧が容易になった。
 この無料サービスは広告も掲載されていない。ただし発表当時からキーワード連動広告の可能性は指摘されてきた。例えばクローン技術の論文ならば、読者ターゲットが明確であり、極めて高い広告収入が期待される。しかし、公開後1年たった現時点でも広告は掲載されていない。そこには開発担当者の強い意向が反映されているのだと思う。
 グーグルでは、エンジニアに対して勤務時間のうち2割を自由なプロジェクトに費やすことを認めている。グーグルの首席エンジニアは、この時間を利用して、自らの信念に基づいてスカラーを開発した。

私が遠くを見られるのは
 
 グーグル公式ブログに、首席エンジニアによる開発意図が書かれている。グーグルが先人たちの業績や研究資産の上に立って成果を受けてきたように、スカラーが多くの研究者の役に立つことを望んでいる、という。そしてニュートンの有名な言葉である「巨人の肩の上に立つ」を引用している。
 ニュートンは万有引力の発見という自身の偉業について意見を求められたときに、すぐに謙遜(けんそん)と先人へ心からの感謝の意を込めて答えたという。「もし私が他の人よりも遠くを見ているとしたら、それは巨人の肩の上に立っているからだ」。この言葉は、現在、スカラーの検索ボックスの下にも掲げられている。
 この言葉は、オープンソースの活動家の間でも好んで使われる。ソフトウエア開発において、ゼロから組み上げるなんてことはあり得ない。多くのシステムは、完成度の高い既存のプログラムソースを利用している。だから安定的に動くのだ。
 例外的に一部の科学者は、他人の成果を一切利用しない「互いの足の上に立つ」研究を追い求めている。しかし純粋数学の分野はいざ知らず、100パーセントオリジナルな創作物など存在しないのだ。
 現行の米国著作権法は、フェアユース(公正利用)による、他人の著作物利用を認めている。その結果出来上がった著作物の収入を、社会に還元することなく独り占めしてよいのか。グーグルスカラーは、すべての知財ビジネスに問いかけている。
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