特集 2005.10/vol.8-No.7

メディアの融合がもたらすもの
 メディアニュートラルとは、あらゆるメディアを一度フラットな立場に置いて、広告目的に合わせて最も有効なメディアや組み合わせを考えていこうというアプローチだ。今という時代に、「新聞広告の力」を最大限に発揮させるのは、どのような場面、使い方なのだろうか。メディアニュートラルの発想で数々の広告を手掛けてきた一線のクリエイターの実感や、反響を呼んだ新聞広告の事例、そして読者の声から探った。

対談「新聞広告の力」とは何か

 メディアの役割と力量をもう一度フラットに見つめ直したとき、そこに見えてくる新聞広告の力とは何だろうか。インタラクティブメディアで活躍する杉山恒太郎氏と、「パブリックビューイング」や「宇宙CM」などの新しいメディア、広告手法に常に取り組んでいる高松聡氏に対談してもらった。

――メディアニュートラルとは何か。その具体例として、2002年日韓ワールドカップの時のパブリックビューイングがわかりやすいと思うのですが。
 高松 メディアニュートラルは最近はやりの言葉ですけど、ぼくは営業が長かったため、クリエイティブの専門的な教育を受けたことがない人間なんです。それで、発想が自然とメディアニュートラルになっていた、ということはありますね。クライアントの達成しなければならないミッションがあったときに、それを達成するのに何をしたら最も有効か。もともと営業時代から新聞もテレビもイベントもインターネットも全部同じ道具の1つとして、一番有効な方法を選んだり、その組み合わせを考えていました。
 パブリックビューイングのときは、クライアントはスカイパーフェクTV!(スカパー!)でした。全64試合の放映権を買ったにもかかわらず、民放とNHKのコンソーシアムが主要な40試合を買って、主な試合は地上波でタダで見られることになってしまった。ましてや、日本代表戦はみんな地上波で見るに決まっている。そのときスカパー!の存在感は非常に希薄になってしまいます。それで、スカパー!の、特に日本戦におけるプレゼンスを上げるために何かやってくれないかという依頼が電通に来たわけです。
 スカパー!の放映権を電通が仲介したということで来た依頼でしたが、予算は1円もない。新聞広告も、テレビCMも当然できない。それで、クライアントに予算がないなら、サポーターからもらおうと視点を変えた。いまは当たり前になった感もある「パブリックビューイング」を思いついたんです。
 国立競技場というサポーターにとってはサッカーの聖地がたまたま空いていたので、そこを押さえて、スカパー!の日本戦の中継を見てもらうイベントを有料でやった。ただ、実施にたどり着くまでは恐ろしく大変で、パブリックビューイングを実施する権利をFIFAと交渉して買い取ったり、警察と交渉して警備のお願いをしたり、チケットの手配や集客、資金の問題、会場演出まで、実行委員長としてやらなくてはいけなかった。

 杉山 当初は周りの人から不可能と言われていたそうだけど、それをやり遂げたエネルギーの源泉は何だったの。自分も一人のサポーターだったから?

 高松 それが基本ですね。あとぼくは営業時代が長すぎたので、何か新しいことを仕掛けていかなければいけないなと。

 杉山 その渇望感って、新鮮ですね。清々しくすら思います(笑)。

 高松 そういう気持ちもありましたし、「できない」と言われると燃えるタチなんです(笑)。

Kotaro Sugiyama
1948年東京生まれ。立教大学経済学部卒業後、電通入社。01年インタラクティブ・コミュニケーション局長、04年から現職。小学館「ピッカピカの一年生」、サントリー「ランボオ」などヒットCMのほか、国際広告賞の受賞も多い。99年、家庭教師のトライのWEBサイトがカンヌに入賞。インタラクティブと従来の広告両方を熟知した数少ないクリエイティブディレクター。
Kotaro Sugiyama


何でもメディアになり得る

――パブリックビューイングは、イベントをメディアにしたということですか?
 高松 これがメディアかどうか、広告かどうかということですけど、実は、ものすごく広告として考えていました。車を買うときには試乗できるじゃないですか。で、乗って良かったら買う。スカパー!というのは、試乗させないで買ってくれと言っているのと同じような、けっこうむずかしい商品なんです。おもしろい番組があるよといくら言っても、加入しなければ実際は見られない。チューナーを何万円か出して買ってきて、パラボラアンテナを立てて、それでやっと見られる商品なんです。ほんとうは事前に見てもらえればいいけど、なかなかその機会がない。
 パブリックビューイングでは、ワールドカップ日本戦という誰もが楽しめる番組を2時間以上見てもらって、番組以外にもスカパー!のプロモーションビデオを見てもらい、ハーフタイムのCMも、会場ではスカパー!のCMに差し替えて流しているんです。スカパー!の番組を見るという実体験、スカパー!のCMを見せるという、新聞広告で言えばまさに純広を見せるという体験。それに、なんといってもいま日本が勝利するという瞬間をスカパー!と共に味わうという感動体験。そういうものを、結局4試合でしたが、毎回5万人、計20万人の人に与えることができた。自分でも、いい広告だったと思うし、いいコミュニケーションだったと思うんです。

 杉山 具体的に言うと、どういうコミュニケーションになるんだろう。

 高松 スカパー!はどういうものかを理解してもらうコミュニケーション、あるいはスカパー!を好きになってもらうコミュニケーションとして成立したと思うんですね。実際、加入者もそこでグッと増えました。
 パブリックビューイングでカンヌのメディアライオンをもらえたのは、外国の人にも新しいコミュニケーションの形、広告の形として理解してもらえたからだと思っています。何でもメディアになり得る、考えてもいなかったようなことがコミュニケーションの手法になり得るということです。広告予算一つを考えても、クライアントの持っている予算以上のことはできないと最初から考えないで、実はそのコンテンツを欲している人さえいれば、広告を買って見てもらうことすら実はアリなんじゃないかということをいつも考えています。

Satoshi Takamatsu Satoshi Takamatsu
1963年生まれ。筑波大学を卒業後、電通入社。営業を担当した後、コミュニケーション・デザイン・センターへ。大塚製薬・ポカリスエット「宇宙CM」、スカイパーフェクTV!、NTTレゾナント「goo」、日清カップヌードル「NO BORDER」など。「パブリック・ビューイング・イン東京」で、カンヌ広告祭・メディアライオン、「goo」でクリオ賞銀賞など、従来の枠を超えた企画で国際的にも注目されている。


スーツを着た新聞

――昨年8月に新聞に掲載された井上雄彦氏の「スラムダンク一億冊感謝広告」も、ネットオークションで取引されるくらい話題になりましたが。
紙面
 杉山 実は、井上さんは知人で、ぼくもその仕事にかかわったんだけど、新聞広告を使ってファンに感謝したいというのは彼の発想です。自分で広告を出したいと。2年前に阪神が優勝した時にスポーツ5紙に出た星野仙一さんの「ああ、しんどかった」などの一連の広告も同じ。ファンに感謝したいから広告を出したいと、星野さんがぼくのところに相談に来た。優勝前の試合で泊まっているホテルにこっそり行って打ち合わせをしたり、優勝した翌日に掲載するのをだれにもわからないようにずっとねらっていたわけだから、それはそれで大変だった。だから、星野さんのファンに感謝する広告という前哨戦があって、スラムダンクの広告がある。
 ぼくは、個人広告というのは、新聞が一番面白いと思っている。たとえばオノヨーコがジョン・レノンの命日にニューヨーク・タイムズの全ページを使ってメッセージを送る。そういうのが一等似合うのが新聞広告なんだよね。

―――ただ、スラムダンクは10年前に連載が終わっています。そのころ読んでいたファンの年齢はいま20代後半くらいですから、新聞の読者層からは外れている気もするのですが。
 高松 ぼくはいま40代ですが、スラムダンクは連載されている時に読んでいました。相当長く連載していたマンガだから、実際にはいまの30代、40代も読んでいるし、読者層の広いマンガだったと思うんですね。それに、若い人にとっての新聞広告は、また違う意味があると思うんです。普段はカジュアルな服を着て話をしている人が、改まってスーツを着て、台の上に立って、「お話しさせて頂きたいことがあるのですが」みたいな。新聞広告というのは、そういう場のような感じがするんですよ。

 杉山 普段はジーンズをはいている子が、たまにネクタイして友だちの結婚式に行くみたいな感じだね。その落差がすごくいい。逆に、古くさい言葉で言うと、新聞が「社会の公器」というポジションを保っていてくれるのは、非常にありがたい。ほかのメディアはみんなカジュアルだから、そうじゃない場所が、広告を作る側のテクニックとしても必要なんだよね。
 「スラムダンク」の広告がたとえばある若者雑誌に載っても、そこに合い過ぎちゃって、浮いてこない。ターゲットと違うじゃないと言っても、新聞の影響力はすごく大きいから、ほんの少し若い人にかすったとしても、そのかすりが強力な口コミになっていく。だから、コミックを取り巻くファンを含めて、コミックというカルチャーが、いわば大人の視線の評価をしている場所のど真ん中に堂々と立つというのは、かなり刺激的な伝わり方になるということぐらいは予測できました。

 高松 そうですね。新聞広告はパブリックアナウンスメント的な場所なので、スーツを着て、台の上に立って話をすることにドンピシャに来ているか、ないしは、そこで話をしている内容に落差があるか、どちらかだと、けっこういい広告になりますね。
 一方、テレビはカジュアルだから、何を着ていてもいい。ジーンと泣けるCMもあれば、面白ければいいCMもある。どの方向でも勝ち目はあるけど、月間3000本もCMがあるのに、あのCMいいねと言われるものは数本しかないわけですから、ものすごく厳しい勝負ですよね。

 杉山 たとえば、メゾン系のブランドだって、新聞か、きれいなグラビア誌にしか基本的には広告を出さないでしょう。そういうブランドに群がる女の子たちが新聞を読んでいるとは思えないのに広告を出すというのは、やはりある種の権威付けやクオリティー感が新聞広告にはあるからです。新聞以外に、こういう使い方ができる場所はなかなかない。非常に貴重な場所なんです。だから、新聞はもっと自信を持っていいと思うんだよね。




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