メディアの進行形 2005.9/vol.8-No.6

プライベートなメディア空間
 ハードディスクや半導体メモリーによるデジタル携帯音楽プレーヤーが急速に普及している。2003年の国内販売台数は60万台で、携帯型MDプレーヤーの5分の1程度にとどまっていた。ところが今年の国内販売台数は約190万台と予測され、来年にはMDを抜く見込みという(読売新聞7月4日)。
 ブームの火付け役は、よく知られているようにアップル社のiPodである。そしてiPodの成功は、市場を作り上げただけではなく、ソニーのウォークマンに匹敵する音楽メディアの革命といわれている。
 では、そもそもウォークマンの革命とは何だったのか。このことを考えるヒントとして、メディアと距離空間について考えてみたい。

視聴距離とコンテンツ

 文化人類学者エドワード・ホールは『かくれた次元』(日高敏隆他訳、みすず書房)の中で、人間が他の生物と区別されるのは、「延長物」(道具)を作り出した点であるとしている。そして人間は道具によって環境を作り出すとともに、その環境によって作られてもいるという。
 そこで人間の社会的環境に対する認識のあり方について、密接距離、個体距離、社会距離、公衆距離の4つの距離帯を定義している。
 メディアが扱うコンテンツはこの距離と関連し、近くなるほどプライベートな内容となる。表示メディアでいえば、テレビは多くの家庭で居間に置かれており、最低でも1.5メートルの距離が必要な社会距離にある。このためテレビ番組は、家族の中で共有の話題を提供し、ほどよい距離を持った公共空間となる。
 一方、街頭や球場の大型ディスプレーは公衆距離にあり、ときに数万人の視線を集めることがある。パソコンのディスプレーは個体距離で使われることが多い。
 これに対して携帯電話やノートパソコンは密接距離にある。本は手に持つメディアであり、読書中は極めてプライベートな空間の中にいる。同様に携帯電話が極めて小さいにもかかわらず、個人的なメール交換に最適だったのは、密接距離メディアだったからではないだろうか。
 電車などでケータイメールを多用する人は、周りからのぞき込まれないようにシールをはっている人が多い。メールという私的なコンテンツを満員電車という公共の場に持ち込んだ結果として、他人の視線が個人の密接距離に飛び込んできてしまうのである。

音楽の個人空間

 音楽と人間の距離関係を歴史的な登場順で考えると、まず、お祭りにおける囃子がある。盆踊りでは広場の中心にやぐらが組まれ、笛や太鼓の囃子にあわせて民衆が踊り歌う公衆距離であった。
 音楽が社会距離に持ち込まれるのは、レコード装置が発明され、さらにステレオ装置が普及して各家庭の居間に入り込むことによっている。そして、ラジカセが子供の勉強部屋に持ち込まれることで、音楽は個体距離となっていった。このように考えると、密接距離の中に音楽をもたらしたという点で、ウォークマンが画期的だったのである。
 音楽を持ち歩いてヘッドホンで聴くスタイルが登場して、すでに4半世紀を超えている。そこに数千から1万曲を取り込むことができるiPodが登場した。音楽ファイルの転送と再生リストの自動生成機能を持つソフトウエアの存在も忘れてはならない。これによって膨大な曲を自由に扱えるようになった。
 すべての音楽コレクションを持ち歩くということが、新たな音楽スタイルとなったのである。それはいつでもどこでも、といわれるユビキタス時代にふさわしいメディアスタイルでもある。
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