Creativeが生まれる場所 2005.9/vol.8-No.6

清水建設 “家族”をテーマに「読まれる」企業広告
副田高行氏
一倉 宏 氏
 6月29日朝刊に「読売新聞企業広告シリーズ」のクレジットが入った清水建設の全ページ広告が掲載された。家族をテーマにした新聞社企画の企業広告について、制作にあたった副田、一倉両氏に聞いた。

――企画広告を作ろうというのは副田さんの提案だということですが。

 副田 昨年末、読売新聞社広告局に自社制作の企画広告について広告専門家との意見交換の場が設けられました。初めは広告局制作の紙面を批評してほしいということだったのですが、僕は評論家ではないですし、人が作ったものをうんぬんするのはあまり気持ちよくないんです。それで、最初の会議が終わったあとに、一倉君と僕に実際に作らせてくれないかと担当者の方に提案したのです。こういう話は大抵、「そうですねえ」と言いながら梨(なし)のつぶてが多いのですが、今回はすぐ電話がかかってきた(笑)。

 一倉 副田さんとは昔からコンビを組んで仕事をすることが多いのですが、2人とも新聞広告が好きなんです。でも、好きなだけに今の新聞広告の現状に憂うるところがあります。
 一つは、新聞広告は効くのかという議論です。新聞広告の効果を知るために広告目的とは関係なく反響を取る仕掛けや問い合わせを入れることがありますが、それは新聞広告にとって本当にいいことなのか。企業広告はそういうものではないでしょうという思いがあった。
 もう一つは、新聞広告は読まれないと言われていることです。読んで面白くないとしたら僕たちコピーライターの責任ですが、新聞広告もヘッドラインだけでいい、パッと見てわかればいいという人が多くなった。読む必要がないというのは、実は新聞にとっては自己否定になるわけです。必要な情報だけ入っていればいいというのでは、新聞広告はますますカタログ化、情報化していく。そうではないと思うんですね。新聞15段を使えば、企業はメッセージをきちんと伝えられる。読んでもらう紙面をぜひ作りたいという思いがあった。

企業にも新聞社にも寄らず

――清水建設の広告の意図というのは?
 
 副田 新聞広告には企業が直接出稿する「純広」と新聞社広告局が制作する「企画広告」がありますが、従来の企画広告のフィールドではなく、しかし純広とは一線を画した企業広告を作りたかったんですね。

――企業広告を新聞社の立場で作るのはスタンスの取り方がむずかしいのでは?
 
 副田 企業にも寄らない、新聞社にも寄らない、ある種独自のスペースを作りたかった。それは読まれるページということです。ニュースメディアの中に、そういうスペースがあってもいいじゃないかと思ったんですね。

――テーマを家族にしたのは?
 
 副田 読売新聞社が、今年は1年間「家族」をテーマに記事づくりをする。企業広告も同じ「家族」という切り口なら、展開しやすい。

 一倉 企業の人たちが特に悩んでいるのは、自分たちの会社をどうコミュニケーションすべきかということです。企業イメージは擬人化される、と僕は思うのです。その企業は、どんな人間なのかということです。そのために、今回の広告でも清水建設の方と直接お会いして話をお聞きしました。

 副田 一番印象に残ったのは、「ベンチ一つでもつくる」という話です。普通ゼネコンと聞くと、立派な橋や建造物を連想しがちですが……。

 一倉 こんな立派なものを造りましたということよりも、たぶんそういうところに企業の人柄は出ると思うし、「清水建設らしさ」が伝わるということなのです。

 副田 いろいろな家族があるように、いろいろな企業がある。父と娘でも違うジェネレーションの父と娘がいる。だから、この企画広告でも登場する企業によって全く違う家族になります。

言葉でしか伝わらないもの

――新聞社制作の広告で企業広告にこだわったのは、なぜですか。

 副田 企業姿勢やアイデンティティーを消費者に伝えるメディアが、新聞広告以外にないからです。セールスプロモーション寄りの新聞広告が多い現状は、すごくもったいない気がします。読者は読もうと思って新聞を取っている。基本的に新聞は読み物だから、そこに琴線に触れる言葉が並んでいれば、文字の量に関係なく読むはずです。
 僕らは新聞広告が唯一メッセージをきちんと伝えられる広告媒体だと思っているんです。記事はこの広告の何百倍の文字量ですが、必要なものは読まれます。それはテレビCMやポスターではできないことです。だから、新聞広告を愛する人間として、僕らはまず本当に読まれる新聞広告を作りたかった。今は新聞広告の価値が不当に下がり過ぎている。ここしばらく広告表現ではビジュアルランゲージ、映像の言葉が主流になっていて、語る言葉が奪われていたと思うんですよ。

 一倉 音で組み立てた世界やイメージで組み立てた世界には、記号としての言葉しかない。確かにそれは言葉を読まなくてもわかるから、伝わるスピードは速いけれど、でも「そこまで」だと思う。言葉の膨らみ、もっと言えば叙情性がない。

 副田 若者ターゲットの広告ならともかく、世の中にはきちんと伝えなければいけないことの方が実は多い。広告の一番大事なところが、ここ数年おろそかになり過ぎていたということです。デザイナーの僕が言うのも変ですが、確かに伝わるのは言葉です。だから、広告表現に責任を持つためにも言葉のある広告を作りたいのです。
 広告界には、コピーは骨格で、デザインは肉体という言葉があります。骨格がしっかりしていて美しい肉体が作られる。ビジュアルランゲージでも強靭(きょうじん)な肉体は作れるけど、それをただ表層で追いかけているだけの表現が多いから、広告に何も訴える力が生まれない。広告の骨格と肉体が一番求められるのが、実は新聞広告です。僕らはこの広告に「もう一度新聞広告よ、復活せよ!」という思いを込めている。それに協賛してくれる企業があれば、僕らは苦労をいとわないつもりです。

6月29日 朝刊
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