新聞広告の色彩学 2005.7・8/vol.8-No.4・5

みずから見える広告に
5月28日朝刊 ホンダ 5月14日朝刊 サントリー 5月24日朝刊 サン・クロレラ
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 当年三寒四温の振れ幅がひどい。桜の花がその被害者とは余計なお世話で、自分の体のほうがついていけない。梅雨が今味方と期待されるのは混乱だが、色彩事情も似てきた。

 最近の本紙のようにカラーページが増えると、色彩という点での広告との差別化が難しくなる。色刷りページとは広告ページ、という以前の紙面だったら自然に「これは広告」と納得して、最初から分けて見てきた。見ることの特技は、時間で言えばタッタ2分の1秒、一瞬のうちの判別である。その良き時代の広告の顔が、記事のなかに色の見えのよいものが増えてきて、もちろんそれはすばらしいことなのだが、一目では見分け難くなりそう。それで広告に独自の化粧法が必要とされることになった。つまり、目をとらえる広告から、みずから見える広告の時代へと変わりつつあるらしい。だから、広告の視的特化のためには新しい色彩の腕の振るい方が求められるが、その気配はもう紙面に見え出している。

 ここで教師口調の話になるのは恐縮だが、色彩とは本来多様な顔。それぞれの顔つきをもってまず目を引き、一瞬の間に区別させることができるという働きが本質だ。だから、多色の広告とは、本来バラバラであるはずの色彩の集まりということになろう。現実には、それが一つにまとまって見えるようになる。その矛盾の働きは何とも不思議だ。バラバラの反対側にモノクロの世界があるが、これは多色バラバラという了解があっての上に成り立った2面性の世界。モノクロだけがよいでは無口の人とのお見合いの席になってしまう。

 そこで、ホップステップ、ホンダのワゴンの二連広告は、全部違った11色。いや車体と座席その他を加えたら20色を超える。サントリー・シングルモルトの広告も、これまた軽く10色を超えた。サン・クロレラ広告はもう数えないが、どれにもまとまらナイとまとメルの綱引きがあっておもしろい。この綱引きが目の働きの根底にある本来の性質だ。
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