メディアの進行形 2005.7・8/vol.8-No.4・5

ネット時代の〈知〉の流通
教育と教材印刷と出版

 冒頭から勤務先のことを書いて恐縮だが、東京電機大学出版局は1907(明治40)年、前身である電機学園創立とともに活動を開始している(当時は電機学園印刷部)。
 日本で電灯線による一般配電が始まるのはその10年前だが、家庭に普及するのは大正時代になってからである。産業発展に伴い電気の需要は急増中であり、電気技術者の育成は社会的急務だった。
 当時の電気工学は最先端の輸入学問であり、技術者向けの和書は2冊しかなかったという。教員は毎日、洋書で学んでは教材を執筆し印刷したのである。この教材が学外からも注目され、印刷部はほどなく対外的な出版活動を開始する。
 ここで最古の出版社、オックスフォード大学出版局をたとえに持ち出すのは恐れ多いが、教育と印刷と出版がメディアとして未分化な時代が確かに日本にもあったのである。

MITのOCW

 教育は知の拡大再生産であり、出版は知の循環システムでもある。従来、知識を教科書としてパッケージ化するためには装置産業としての印刷が必要であり、広く流通させるためには取次書店の流通システムや運輸業が必要であった。明治期に知的流通インフラが整ったのである。
 しかし複製と流通に多大なコストを必要とするのは、アナログ情報の特徴でもある。現在はそのコストが限りなくゼロに近いデジタル情報への移行期である。そこでは知の流通コストは無料となり、情報の入手コストも激減する。
 そこで教育情報そのものを人類の共有財産としてとらえ、ネット公開して世界中で使ってもらおうというプロジェクトがある。マサチューセッツ工科大学(MIT)のオープンコースウェア(OCW)である。
 OCWが発表されたのは2001年春である。内容はMITで行われる2000を超えるほぼすべての講義内容を無料で公開するというものだった。翌日、ニューヨーク・タイムズが1面で報道したこともあって、世界中の教育関係者に衝撃が走った。
 現在、33分野1250講座の教材がウェブサイトにある。講義のシラバスやノート、試験問題、授業ビデオなどが統一されたインターフェースにより公開されている。

〈知〉のオープンソース化
 
 OCWは非営利の目的ならば一切の制約なく利用が可能である。学内外の人々が学習や研究に役立てたり講義に利用したりしている。中国がアクセスのトップで、2位がインド。そのほかアジアを中心に世界中から1日当たり2万人のユニークユーザーが訪れている。コンピューターを利用するのも困難なアフリカの国からも熱心な反応がある。
 学内への効果も大きい。教員が講義内容を公開することで質の向上につながっている。また受験生にもよい影響がでている。今年の入学生の六割が高校生時代にOCWをみて、そのうち16パーセントの学生がMIT進学の動機になったという。
 OCWはそのままスペイン、ポルトガル語に翻訳されている。また趣旨に賛同したフランスや中国のトップ級の大学が、自らのコンテンツで自国版のOCWを準備中である。日本でも東京、東京工業、京都、大阪、早稲田、慶應義塾の六大学が日本OCW連絡会を設立し、この春から講義の公開を始めた。
 情報流通コストの低下が〈知〉のオープンソース化を可能とした。今後、教科書ビジネスにどこまで影響を与えるだろうか。出版界は複写と流通を業界内部に抱えたまま変化を模索している。さらに印刷装置と流通販売を1社で抱え、ニュースを売っているのが新聞社である。
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