ojo interview 2005.7・8/vol.8-No.4・5

高松 聡氏
高松 聡氏

 2001年、ポカリスエットで世界初の本格的な宇宙CMを制作した。しかし、「宇宙飛行士になりたかった自分にとっては達成感も大きかったけれど、色々な交渉があまりにも大変で。正直言うと二度とやりたくないとも思いました」。それが「次第にいい思い出だけになってきて(笑)」、今年、国際宇宙ステーションに高精度カメラを常設してCM撮影やテレビ局などに貸し出す会社を設立。「もう一度だけ」大変な苦労をする覚悟を決めた。
 宇宙CMを制作した時に「地球上に国境線はない」ことを実感。それが現在手掛けるカップヌードル『NO BORDER』にもつながっている。「例えば、どこかで戦争や災害が起きた時に、宇宙から撮影した映像をリアルタイムでたくさんお茶の間に届けることができれば、一つの星に住む地球市民という意識を皆で共有できるんじゃないかと思います」
 検索語を身につけた700人の人間の体をメディアにして渋谷の街を歩かせたり、CMをやめて駅張りスペースを埋め尽くした「goo」、2002年サッカーW杯で国立競技場に4回で20万人を動員したパブリック・ビューイング・イン東京など、手掛けるキャンペーンには「枠にとらわれない初めてのもの」が多い。
 確実に届く広告には「大傑作」か、「まだ誰も見たことがないもの」の2種類しかないという。後者には「そんなことムリ」との声がつきものだが、「説得力を持って否定されなければ実行可能」と思える性分だ。電通入社以来、16年間は営業を担当し、「予算規模から実現の可能性を瞬時にイメージできる」ことも強み。「どんなに大変で手間暇がかかったとしても、広告主の予算に対する効果が最大になるなら、僕は躊躇(ちゅうちょ)なくやりますね」
 映画「ガタカ」では宇宙飛行士に憧れる主人公に共感し、本人の努力次第で未来は変えられるというテーマにジーンときて泣いた。宇宙CMの夢は実現したが、「まだまだやりたいことがあり過ぎます。直感的には10年以内に自分も宇宙に行けるんじゃないかって気がしています」。

文/佐藤勝弘  写真/はやしたつお

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