特集 2005.5/vol.8-No.2

本は変わろうとしているか
 マイナス成長が続いてきた日本の出版業界も、昨年は好転した。事あるごとに言われてきた若者の活字離れだが、メガヒットとなった「世界の中心で、愛をさけぶ」、ネットの掲示板から生まれた「電車男」など、若者を中心に読まれる本も出てきている。書店員が選ぶ「本屋大賞」からもベストセラーが生まれた。本に今、どのような変化が起こっているのだろうか。

「本」に今起こっていること

 「読書離れ」が言われる中で、若者を中心に読まれたメガヒットが生まれ、2004年の書籍販売額は前年比4.1%の増加となった。この変化の意味するところは何だろうか。本を売る側、読む側、両者の視点から今本に起きている変化とは何かを本の流通・出版に詳しい永江朗氏に聞いた。

――昨年は出版物の販売額がプラスに転じました。
 雑誌はマイナスでしたが、全体としては0.7%増になりました。書籍が売れたためですが、それは偶然の要因がいくつか重なった結果だと思います。出版物の総販売額が下がり始めたのは97年からですが、書籍の販売部数は89年から下がり続けています。バブルのころから本は確実に売れなくなってきていました。書籍がどれぐらい売れなくなったかというと、2003年の実績で1970年代半ばの部数に落ちています。それが若干昨年は戻したということで、これで底を打ったかは疑問です。やはり昨年は特異な年だったと思いますね。

――具体的には、どのような点がですか。
 「蹴りたい背中」「蛇とピアス」の芥川賞ダブル受賞から始まり、「世界の中心で、愛をさけぶ」のメガヒットがあった。「セカチュー」は初版が出てから2年近くたってから火がついています。それから、「ハリー・ポッター」。期待ほど売れなかったとは言え、210万部以上は売れた。こうしたメガヒットがあったから書籍販売は若干持ち直した。しかし、メガヒット集中とは、逆にいうと、人々が本に使う金額はほとんど変わっていないわけですから、それ以外のものが売れなくなるということでもあるのです。

売れないのか、読まれないのか

――販売額や販売部数は減少傾向にあるのに、出版点数は増えていますね。
 出版科学研究所のデータでは2004年の書籍の出版点数は7万5000点弱と2、3%増えています。販売額は2003年と91年が大体同じぐらいなのですが、その間、出版点数は倍になっています。つまり、この10年余りで一点あたりの本が稼ぐ金は半分になったということです。出版社から見れば、今まで5000部売れていたものが2500部しか売れない。本が売れなくなったという実感を持つのは、当然だと思います。

――そうすると、読者一人が購入している本の数は、あまり変わっていないことになる?
 そうなります。販売額は激減していませんから、読書離れとは必ずしも言えない。ただ中身を見ていくと、雑誌は売れなくなりましたし、90年代半ばぐらいから若い層でコミックが売れなくなっています。
 しかし、新刊本が売れなくなったことと、本が読まれなくなったことが同じかどうかは、検証する必要があると思いますね。今、新古書店のブックオフが700店舗以上できています。それが成立しているということは、それだけのマーケットがあるわけです。また、最近は新刊本が図書館にいけばすぐ読める。電車に乗っていると、図書館で借りてきた本を読んでいる人をよく見かけるようになりました。書籍の販売額だけで読書離れとは結論づけられない状況も出てきています。

出版推定販売金額と書籍新刊の出版点数の推移


高齢者ほど本を読まない

――若者の読書離れについてはどう見ていますか。
 まず、メディアの中での出版の相対的地位の低下は仕方ないことです。競合メディアが増える中で人が使える時間は限られているわけですから、読書が何らかの影響を受けて当然です。学生の本を読む比率が下がっているのは実感どおりだと思いますが、それは何を本とするかにもよります。文字と接しているということなら、今ほどさまざまな階層の人々が文字に接して、しかも発信するという時代はなかったわけですから。ただ、言われているほど若者の読書離れが起きているかというと、少し違うと思っています。
 毎日新聞社が戦後一貫して行っている「読書世論調査」を追っていくと、本を読む若い人たちが減り続けているわけではないことがわかります。むしろ、本を読まない人たちには高齢者が多い。年を取れば取るほど本を読まなくなって、70代半ば以上の人になると、ほとんど本を読まなくなります。「昔の若者は本を読んだ、本は老人メディア化している」と出版界では言われますが、実際は違います。
 理由はいくつか考えられます。一つは老化に伴う身体的な変化です。やはり老眼鏡を使うようになると、文庫をいつでも取り出して読もうという気にはならない。また、それより大きいのは教育の問題だと思います。いまの75歳ぐらい、1930年前後に生まれた人たちの大学進学率は10パーセント未満です。読書は習慣ですから、やはり高等教育を受ける期間が長いほど身につく。読書習慣が身につかないまま社会人になると、よほどの動機がないかぎりは人は本を読まない。

若い人たちに売れた本

――世界の中心で、愛をさけぶ」「電車男」など、若い人が注目して売れた本が出てきました。若い人たちが、以前よりは本に関心を持ち始めた気もします。
 「ディープ・ラブ」は完全にそうでしたね。はじめに携帯で配信され女子高生の間で話題になって、それから単行本化された。本の売り方や話題づくりの手法だと言ってしまえばそれまでですが、特に郊外の大きい書店では、女子高生を書店に向かわせた功績は非常に大きかったと言います。
 もう一つは、全国の学校で「朝の読書運動」が広がっていることもあります。個人的には、同じ時刻に全国の同じ世代の子が黙って本を読んでいるという状況はあまり好きではないのですが、やはり確実に成果を上げている感じはします。書店で取材していると、「朝読で読む本が今日で終わっちゃったから、次の本を探すんだ」というような高校生の会話が聞かれるようになっています。読書が習慣であるとすれば、それを定着させた功績は大きいと思います。
 芥川賞でいうと、自分たちと年齢が違わない子がプロとしてサクセスしたことが売れた要因の一つになっています。

――今の方がベストセラーは作りやすくなっているという人もいますが。
 メガヒットの連発というのはそういうことです。読者が何を読んでいいかわからないから、話題になったものに一極集中してしまう。確かに、若い人ほどそういう傾向はありますね。

――最近の若い人たちに読まれている本としては、ほかに何かありますか。
 ライトノベルはきちんと考えなければいけない問題だと思っています。80年代の半ばから角川のスニーカー文庫をはじめ、各社が少年少女向けの文庫を一斉に出しました。それとゲーム文化が融合して、ライトノベルが90年代から徐々に大きくなってきました。
 中村うさぎは一般には「お買い物エッセー」の作家としてしか知られていませんが、子どもたちにとっては「極道くん漫遊記」の中村うさぎです。「極道くん」は20刷りは当たり前のシリーズです。上遠野浩平の「ブギーポップは笑わない」も一タイトル何十刷りもしています。ところが、そういうライトノベルをきちんと置いてある書店とまるで置いてない書店があるし、旧世代の出版業界人からすると、それは見えないマーケットになっています。子どもたちがそれを読んでも、読書としてカウントされないところがあります。

――文芸書や人文関係の本でなければ、読書と言わないというような固定観念がある?
 それは、いまに始まったことではなくて、晶文社がスタートしたころは植草甚一のエッセーやジャズの本は、当時の教養人からすると本ではなかった。それがいつの間にか、晶文社は良心的な本を作る出版社というイメージに変わっていったわけです。何を本とし、何を本ではないと考えるかは時代によってかなり変わります。
 だから、いまのライトノベルが将来は文芸の主流になることだって十分あり得る。実際、若い作家の多くはライトノベルの影響下で生まれてきています。そういうことからも、子どもたちが本を読んでいないと実態以上に言われ過ぎている感じがします。




「セカチュー」メガヒットの背景にあるもの
小学館 出版局文芸副編集長 菅原朝也 氏、出版局文芸デスク 石川和男 氏、マーケティング局書籍宣伝課、庄野 樹 氏→


21世紀活字文化プロジェクト
活字文化推進会議事務局 事務局長 新山 豊 氏→


時代状況を映す若者たちの読書
岩波書店 ジュニア新書編集部・課長 森光 実 氏→
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