GLOBAL Interview 2005.5/vol.8-No.3

ベネトン ジャパン
魚瀬 美智子氏

ベネトンジャパン
 1982年から日本市場に参入。87年には、日本ならではの多様なニーズに応えるべく、ライセンス事業に着手。94年にはベネトン グループの100%出資会社となり、97年のグループによるベネトンスポーツシステム社吸収合併以後、「アパレル部門」・「ライセンス部門」・「スポーツ部門」をコア・ビジネスとしている。
 2001年1月よりベネトン ジャパン100%出資のベネトンリーテイリング ジャパン株式会社が直営店「ベネトンメガストア」の運営をスタートし、現在に至っている。

 イタリアに本社を置く「ベネトン」は、1965年、現会長のルチアーノ・ベネトン氏により設立された。カジュアルな「ユナイテッド・カラーズ・オブ・ベネトン」やトレンド性の高い「シスレー」ブランドを擁し、創業から40年で世界120か国に5000店舗、日本でも131店舗を構える世界有数のアパレルメーカーに成長している。
 また、ベネトンはアパレルだけでなく、「ユナイテッド・カラーズ・オブ・ベネトン」の商標を使用したライセンス事業も積極的に展開している。新たに「サークルKサンクス」とライセンス契約を結び、4月7日から全国の「サークルK」、「サンクス」でベネトンブランドの雑貨商品が販売された。
 そこで、「ベネトン」ブランドの魅力と今後のライセンス戦略について、ベネトン ジャパン 取締役ライセンス部部長 魚瀬 美智子氏に話を聞いた。

――ベネトンがライセンス事業に取り組む理由は

 お客様の幅を広げることができるということが大きな理由だ。アパレルビジネスにもプラスになるし、また、そうなるように気を配っている。

――ベネトン製品の特徴は

 ベネトンのイメージはカラフルで元気、きれいな色と言われることが多い。ロゴ『UNITED COLORS OF BENETTON』に“カラーズ”という単語が使われているように、色というのはベネトンの大事なポイントだと思う。
 アパレルは、その時々のトレンドによって変わっていく。世の中がモノトーンやエレガンスの時に、カラフルでカジュアルであるだけではいられない。しかし、ライセンスではアイテムによっては、ベネトンのイメージを十分に表現できるものがある。特に子供向けのものなどは、いつもかわいく、きれいな色遣いが好まれるので、ベネトンを表現しやすい。
 
――今回、サークルKサンクスと契約した理由は

 お客様のターゲットがベネトンと合致し、また、安売りが目的ではなく、オリジナリティーや付加価値を追求した商品開発に力を入れているからだ。
 コンビニは、客層が広がってきているとはいえ、やはり若い男性が多い。ベネトンのお客様は若い女性が多いが、かつてフォーミュラ1に参戦していたこともあり、男性への知名度も高い。
 90年からオカモト(株)とベネトンブランドコンドームのライセンス契約を結んでいるが、コンビニでの販売比率がかなり高い。通常は、薬局での売り上げが多い製品だが、ベネトンの場合は、販売スタート時からコンビニで受け入れられた。昔はコンドーム=オカモトだったのが、今はコンドーム=ベネトンと若い人たちに認知されている。そういったことからも、コンビニには注目していた。
 
――ベネトンのライセンスポリシーは

 ライセンス商品を見たときに、これをイタリアのオーナーに見せて恥ずかしくないか、また、イタリア本社のベネトン商品と違和感がないかを考える。私自身はデザイナーではないので、この色にして欲しいとか、ここをもう1センチ長くして欲しいなどと具体的に指示をすることはない。しかし、ベネトンビジネスに携わって20数年、ベネトン独特の色の使い方は感じることができる。日本のライセンシーのデザイナーで表現できないときは、イタリアのデザイナーを紹介することもある。

――今後のライセンス事業の展開は

 現在、24社とライセンス契約を結んでいるが、これからも増えるだろう。今後は、ライセンシー同士のコラボレーションも積極的に進めていきたい。既に学校制服の分野では実現している。横のつながりが広がれば、ビジネスも広がっていくはずだ。
 さらに、将来は日本だけにとどまらず、アジアなどにも日本発のライセンス商品を紹介していきたい。アジアは、イタリアからオペレーションするよりも、日本からの方が近いし、嗜好も似ている。自転車などは、アジアだけでなく、インターナショナルで展開できるかもしれない。まだまだ、やりたいことはたくさんある。

紙面
4月7日より全国の「サークルK」「サンクス」において、全49アイテムのベネトンブランドのオリジナル商品が販売されている




 1982年、ベネトンが日本駐在事務所を開くと同時に入社した。
 「採用されたのはタイミング。『ちょっと手伝って下さい』と頼まれて入社したら、そのまま来てしまいました」と笑う。イタリア留学経験を見込まれてのことだが、当時のスタッフはイタリア人所長とデザイナー2人を合わせてもたった4人。しかも、一年後には所長も帰国し、ベネトン ジャパンが設立される95年までは実質一人で切り盛りしていた。
 そして、2000年に取締役就任。70名のスタッフを束ねる立場に。「取締役になったからといって、特に気負いはないですよ。働きやすいし」
(佐藤)
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