メディアの進行形 2005.4/vol.8-No.1

メディア変容における新聞とニュース
 「新聞」という言葉は「新しく聞く」とあるように、本来、ニュースの意味で使われていた。だからニュースを紙に刷ったのがニュースペーパー、つまり新聞紙のことになる。
 でも今、新聞といったら紙である。新聞社は語源的にはニュース機関だが、新聞紙を作って売っている会社でもあるのだ。中国語で新聞と書けば今でもニュースのことだが、日本でも昭和初期まではニュースの意味として通用していた。当時はラジオの登場時期である。ラジオが新聞を紙に閉じこめたのだろうか。

技術と社会のメディア変容

 ちょっと白状すると、新聞の本来の意味を知ったのは最近である。ちょうど技術と社会の間にあるメディア変容について考えていたこともあって、ヘェェとなった。
 たとえば今日「プレス」と書かれた腕章をしていれば、報道機関の者だとわかる。もともとはぶどう圧搾機(プレス)に原理的ヒントを得た印刷の意味である。
 グーテンベルグの印刷技術の発明からわずか三十年もしない間に、ビジネスとしてオックスフォード大学内に印刷部(ユニバーシティプレス)が設けられている。のちに世界最古の出版社として認知されたことから出版の意味を持ち、ほどなく報道へと意味が付与されている。ここにプレスの社会的な概念拡張がある。
 確かに輪転機の発明が、〈マス〉メディアを誕生させたことでもわかるように、メディアは技術の進歩に立脚しつつ社会的にも成立している。だからメディアは〈現在〉にすぎず、過去から未来に向けて不変な存在のわけがない。
 一方で新聞はニュースメディアとして社会的な要求の中で誕生してきた。それが次第に成熟する中でペーパーメディアという技術的な形態に意味が閉じ込められ固着化したのである。なぜプレスのように概念拡張がおこらなかったのか。ラジオやその後に続くテレビといったニュースメディアを飲み込んで「新聞」と呼称され続けなかった理由は何か。

文字メディアとしての〈新聞〉

 仮にラジオなんて安易に外来語を使わず、「新聞紙」に対して「新聞音」とか「新聞波」とか訳語を作っておけばどうなったか。で、テレビは「新聞画」と名付ける。その結果、新聞はニュースという意味を保持し続け、新聞社はニュースの総本山のままであったのではないか。
 これはラジオもテレビも新聞と同様にニュースメディアであることを前提にしている。ところがラジオの初期を振り返ってみると、新聞の延長でもニュースメディアでもなく、社会認識としては電話のようなコミュニケーションツールとして登場している。この結果、ラジオはラジオと呼ばれ、けっして新聞音とか新聞波と呼ばれるメディアにはならなかったのではないか。
 一方、新聞をニュースメディアとペーパーメディアという二つのメディアでとらえてみたが、もう一つ重要な要素として文字メディアであることを忘れてはならない。新聞の将来的な危機をペーパーメディアの行く末にみる議論が多い。でも表示メディアとしての紙にとらわれるよりも表現メディアとしての文字メディアであることの可能性と重要性にもっと注目すべきである。
 メディアビジネスの可能性とメディア変容はコインの裏表の関係である。新聞社ビジネスの将来はおくとしても新聞自体は文字ニュースのデリバリーシステムとして生き残っていくだろう。それくらい文字メディアは人間の理解システムに直結している強固な存在だと思っている。
 第1回は進行形と言うよりはメディアの過去形のような話になってしまった。今後、誌面を借りてメディアの進行形を探ってみたい。
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