特集 2004.10/vol.7-No.7

CSRが企業に問うもの−これからの企業に求められる「社会的責任」とは−
「スーパー正直」という行動基準

 グローバルに事業を展開する企業は、CSRをどのようにとらえ、取り組みを始めているのだろうか。松下電器産業のCSR担当役員であり、コーポレートコミュニケーション本部本部長の森孝博氏に聞いた。
 
――CSRに取り組むむずかしさは、どの辺にあるのでしょうか。
 国内で活動する場合は、どの企業も法律や規制といった競争条件は同じです。ところが、グローバルで考えていくと、地域ごとに異なる伝統や文化、法律があります。
 どの国で活動しようと、その国の法律を守るのは当たり前のことですが、伝統や文化に根ざした倫理性に対してどこまで企業として対応していくかという問題が、まずあります。
 類似の行動をしていても、その企業の存在感の大きさによって許される企業と許されない企業とがあります。NPOやNGOが攻撃の的とするかどうかも同じような判断が働くのではないでしょうか。その企業の行動が社会に与えるインパクトが大きいところほど、越えるべきハードルを自ら高くする必要があります。

――国際的な企業であるほど、行動により高い社会性や倫理性が求められるようになってきたということでしょうか。
 当社にも「行動基準」というものがあります。92年につくられ、98年に改定されていますが、今まではどちらかというと経営方針の下に社内の事業活動、社会とのかかわり、従業員とのかかわりを規定したものでした。それを今、社会性や環境面を入れ込んだかたちで世界共通の行動基準につくりかえる作業を進めていて、2004年度中には完成する予定です。
 その根本にあるのは何かというと、当社の創業者である松下幸之助の「企業は社会の公器」という経営理念です。つまり、事業活動を通じて社会に貢献をしていくということです。社会から人材や資金、土地、技術、原材料といったものをお預かりしてわれわれの事業があるわけです。事業活動自体が、社会から支えられている。社会と呼吸をしながらわれわれの事業活動はやっていかないといけないものです。CSRという言葉が出てくる前からこれは当社の経営理念の根幹をなすものでした。
 今年で当社は86周年ですが、86年間社会から存続を許されたということは、やはり創業者の「企業は社会の公器」という理念の下に事業活動を行ってきたからだと、われわれは理解してます。その根本は今も変わりません。

グローバルという視点

松下電器産業コーポレートコミュニケーション部門職制表
――「企業は社会の公器」という経営理念は、まさにCSRの考え方そのものだと思うのですが、改めてCSRに取り組む必要はどこにあったのでしょうか。
 経営理念は普遍的なものですが、その実現の仕方は時代の変化に適応したものでなくてはならないからです。大きな変化の1つにグローバル化があります。先ほど申し上げましたように、国や地域によって競争条件が違う。そういうところで、どうわれわれとして果たすべき役割があるか。それがCSRに取り組み始めた発端です。
 コンプライアンス、環境対応、社会貢献活動、あるいは企業市民という考え方まで含めて、もう1回ひとくくりにして、グローバルに見るとどうなるか見直そうということです。その背景には、1国のGDPよりも経営規模の大きい企業が増えてきて、経済面はもちろん、環境面をはじめ社会的責任を自覚した行動が求められてきたことがあります。

――しかし、CSR活動と利潤を追求する企業活動は両立するのでしょうか。
 CSRというのは事業活動そのものです。高度経済成長時代は、常に企業は成長し、売り上げが右肩上がりで伸びる時代でした。それが必需品の普及が一巡して成熟社会になった今、お客様が商品を選ぶ視点や基準がより厳しいものになっています。お客様が、どういう価値判断で商品を選んでいるのかを考えていくことが一層重要になっています。もちろん、今でも価格や品質は重要な購入要因ですが、それらに加え、これからは環境に配慮した商品が選ばれるし、不祥事を起こすような企業の商品は買われないというように消費行動がより社会的価値を意識したものに変わってきています。これまで以上に、お客様、そして社会に受け入れられる商品を生み出さなければなりません。
 当社の場合は、CSRという言葉がはやり出したからCSRに取り組み始めたわけではありません。新たなことを始めるのではなくて、われわれが「社会の公器」として実践してきた取り組みをはじめ、すべての活動をもう1回棚卸しをして見直してみる。創業者がつくった理念に基づいてやってきたことを、当社は今こう考えていますと世の中に問いかけて、それが世界に通用するかどうか聴いてみるということです。そして、正さなければならないことがあるとしたら、それを謙虚に受け止め取り入れていくことが、われわれのCSR活動だと思います。

CSRの2つの側面

――CSRには、コンプライアンスや危機管理といった受け身のイメージが、どうしてもつきまとってしまうのですが。
 CSRには2つの側面があると思います。1つは、今言われたリスク回避です。事前にリスクをどう察知していくのか。そして、万一不祥事が起こったときにどう対処するかです。不祥事を起こした時には、透明性を持って説明責任をきちんと果たさなければなりません。
 もう1つは、企業価値を高めることです。これまでも取り組んできたことですが、当社が事業活動を通じてどう社会に貢献しているかをきちんとアナウンスすることは、ヒト、モノ、カネの経営資源の3要素を確保することに影響します。
 まず、今働いている人、新しく入ってくる社員がそういうマインドを持って働いてくれる。それから、先ほど申し上げたように、お客様も最近は環境への配慮やユニバーサルデザインを考慮した商品(モノ)を選ぶ方が増えてきています。また、環境や人権に配慮した企業に投資する社会的責任投資(SRI)というファンドが欧米を中心に盛んになってきていますから、資金も集まりやすくなります。CSRにきちんと取り組むことによって世の中から支持されて活発に事業活動ができる。それが企業価値を高めるというCSRの積極的な面だと思います。

あらゆるステークホルダーに

――具体的にはどのような体制でCSRに取り組んでいるのでしょうか。
 CSR担当室は専任が2人、兼任が室長を含めて4人という非常に小さな組織です。「CSRは担当者がやるものではなく、全社員、全部署でやるものだ。それを取りまとめるのが担当室だ」という社長の中村の考え方が、その基本になっています。つまり、様々な部署の活動に横ぐしを通していくのがCSR担当室の仕事です。
 全社的な組織としては社長が議長を務めるCSR会議を年に2回開催しています。各担当役員がCSR会議のメンバーですから、そこで話し合われるのは主にグローバルな共通課題になります。また、その下部組織として人事、法務、環境、海外の地域本部などがつくる推進委員会があり、CSR会議で出てきた課題を検討して、また会議に上げていく。すでに各分野での取り組むべき課題やマネジメントの方法についての洗い出しは済んでいます。
 こうしたマネジメントサイクルを2006年ぐらいまでには完成して、全社的な取り組みにしていくという方向で今動いています。この推進委員会にいろいろな問題を諮っていくのがCSR担当室の役割です。

――森さんはコーポレートコミュニケーション本部長も兼任されていますが。
 コーポレートコミュニケーション本部というのは当社の考え方を外に伝え、お客様をはじめとするステークホルダーの声を聞く最前線の仕事です。CSR担当室はそうした声を集約して経営層にフィードバックしていくことも大きな役割になります。また、ステークホルダーに対して企業としての説明責任を果たす必要があり、私がふたつの部署を兼務している理由もそこにあります。

――企業のコミュニケーションが経営層も含めた双方向になってきている。
 一方通行のコミュニケーションは高度経済成長時代のものだと思います。また、コミュニケーションの対象も今は、お客様はもちろん、従業員、投資家、あるいはNPOやNGOと幅広いステークホルダーとのコミュニケーションが必要になっています。


次のページへ→



CSRというムーブメントの本質
一橋大学大学院商学研究科教授 谷本寛治氏→


CSRをめぐる7つの疑問
創コンサルティング 代表取締役 海野みづえ氏→
もどる