特集 2004.9/vol.7-No.6

企業にとっての安全と安心

 日本では久しく、「水と安全はタダ」と言われてきた。それが、最近の内閣府世論調査では、「日本は安全で安心して暮らせる国だと思わない」が56%に上っている。安全・安心を求める消費者に企業はどう応えるべきか。リスクコミュニケーションの視点から探った。

コミュニケーションから生まれる相互理解と信頼

 人は科学的に安全なら安心するのだろうか。食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会座長の関澤純氏は、情報公開の限界と対話を通した関係者全員の相互理解の重要性を指摘する。
 
紙面科学的安全と心理的安心

――BSE、狂牛病をめぐる日米交渉は、科学的な「安全」と心理的な「安心」の違いに私たちの目を向けさせました。
 BSE問題は皆さん非常に関心が高いと思いますが、科学的にいいますと、感染のリスクは今の日本では非常に低い。行政対応の失敗から今までと違った対応を迫られ全頭検査に踏み切ったわけですが、このことにより、少なくともわが国でのBSE汚染の実態を把握し、感染牛を食物連鎖から排除するという貢献をしました。しかし今後継続的に全頭を検査するということに限れば、科学的には必ずしもそこまで必要はないかもしれない。しかし、全頭検査で国民の信頼の回復を勝ち取ったところが大きく、なかなか変えられないのではないかと思います。
 日本の食品輸入のかなりの部分を占めるアメリカには、日本に圧力をかけて全頭検査なしで乗り切ろうという考えもあると思いますし、国民としてはそれに負けるなという心情的な反発もある。だから、単に科学的な理解で全頭検査はいらないと言ってしまうと、アメリカの圧力に屈したと受け取られてしまう。科学だけで結論を出せる問題ではないところがあります。
 専門家の間で揺り戻しがあって、全頭検査をしても必ずしも100パーセント安全ではないと今はなっています。エイズには潜伏期があるので、感染していても潜伏期の間は検査ではわからない。それと同じことがBSEについても言えます。BSEに感染したかは、牛が生後20か月になるまで抗体が十分できないのでわからない。

――検査結果が出ないということですか?
 抗体が十分でない時には結果は白に出ます。ただ、もう1つ大事なことがあって、日本も3年前から全頭検査と同時に、危険部位の除去を始めました。異常プリオンが蓄積する牛の脳や脊髄などの危険部位を除いてしまえば、肉に混入する割合は、あったとしても0.1パーセント以下に抑えられる。イギリスではBSEが約100万頭発症したといわれ、147人が変異型クロイツフェルトヤコブ病に感染したと報告されています。唐木英明東大名誉教授の推算によると、感染牛の半数を5000万人のイギリス人が食べたと推定すると、日本では2001年9月に感染牛の1頭目が検出され、今年2月末までに10頭が発症していますから、比例計算すると0.005人という数字が出てきます。イギリスは当時、危険部位を除いていませんでしたから、危険部位を除けば、日本で新型ヤコブ病の推定発症患者数はさらにその1000分の1程度となり、ほとんど無視できるレベルになります。ですから、全頭検査で安全を担保していること以上に、むしろ危険部位を除くことでほとんど担保しているといってもいい。あと10年くらい検査を続けて、今後BSEを発症する牛が増えなければ、もう日本には入ってきていないといわれています。

――お話を聞いていると、科学的な安全と心理的な安心はますます別物だと思いますね。
 消費者にはそうした事情がわかりにくいので、国や専門家のお墨付きがほしい。それがすべての牛を検査するということになり、検査の結果が白ということだったと思うのです。しかし、その結果は科学的に見れば必ずしも白ではない。日米交渉が非常に微妙な瀬戸際に来ているところなのでむずかしい面もあるのですが、私たち食品安全委員会のリスクコミュニケーション専門調査会(注)でも、これは格好のテーマだから取り上げるべきだという意見が出ています。

(注)昨年の5月に食品安全基本法が成立して、7月に食品安全委員会がその法律に基づいて発足した。その中に企画、緊急時対応、リスクコミュニケーションの3つの大きな専門調査会が設けられている。

情報公開で問題は解決するか

――最近、リスクコミュニケーションという言葉を聞くようになりましたが。
 原子力や環境分野ではかなり前から使われていますが、食品分野でリスクコミュニケーションという言葉が使われるようになったのは、約10年前からです。世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)が合同して国際食品規格という仕組みを作っていて、50年以上国際的に食品安全と円滑な食糧供給を支援してきたのですが、この国際的な食品の安全と流通を支援する大きな機関がリスクアナリシスということを言い出した。従来から言ってきたリスク評価とリスク管理だけではだめで、関係者全員が情報を共有するリスクコミュニケーションを取り入れ、From Farm to Fork、すなわち生産現場から食卓まで一貫した取り組みが必要である。そのプロセス全体をリスクアナリシスと呼んだ。
 その背景には、当時、BSE問題やダイオキシンが食品に混入するなどの問題がヨーロッパで起きたことがあります。今までは専門家や行政、生産者にまかせきりにしていた食品の安全性が、それではうまくない。情報の透明化を進め表示をきちんとするなどして、消費者が自分たちで選べるようにすべきだという声が欧米の市民の間で高まってきたという背景があります。
 市民、行政、産業界、専門家など関係者の間で情報や意見交換をし、関係者の情報共有を図り、役割を持った参加を保証しようというのがリスクコミュニケーションの考え方です。

――情報公開だけでは人々が納得しなくなった?
 例えば、原子力の安全性の問題も、日本ではこれまでは、「ほとんど100パーセント安全です。100年に一回しか事故は確率的には起こりません」というような一方的な情報提供を行っていました。実は人が間違いを犯したり、手抜きをしたりということがあるので、実際にはそうではない。そこを言いつくろって相手を言いくるめようとして、かえって不信を作ってきたという構図になっていたと思います。
 また、原子力に限らず安全性の問題は、いままではどちらかというと、科学的に安全だから信じなさいという姿勢だったと思うのです。そのためメッセージの工夫など、これまでは説得技術に努力が注がれてきた。以前に資源エネルギー庁原子力広報部門のセミナーに呼ばれたことがあるのですが、その時の質問や関心も「どうすれば社会は納得するか」というものでした。
 言い方を変えれば、従来は専門家から非専門家への一方的な情報伝達で、情報発信者の意図が受け入れられれば成功とされていました。それが、リスクコミュニケーションでは集団、個人、組織間の情報・意見交換プロセスであり、関係者間の理解と信頼レベルの向上をもって成功と考えるようになってきたということです。

リスクアナリシス ●食品の安全性に関するリスクアナリシスとは
有害物質や事柄にさらされる可能性がある時、その状況を見極め、制御するプロセス全体をいう。科学的な安全性評価(リスク評価)と安全管理(リスク管理)、その保証とチェックに欠かせないリスクコミュニケーションが生産現場から食卓まで、一体となって働く枠組みを目指す。
出典:内閣府食品安全委員会、厚生労働省、農林水産省近畿農政局、独立行政法人 農林水産消費技術センター神戸センター主催の「食品に関するリスクコミュニケーション〜農薬のリスクアナリシス (リスク分析)に関する意見交換会〜」(2004年7月27日開催)で使用した関澤氏のスライドから


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「正しい情報」を伝えるだけでは人は納得しない
―― 一筋縄ではいかない消費者との向き合い方 ――
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