特集 2004.6/vol.7-No.3

ブランドをめぐる課題 ―広告とマーケティングの今―
垂直発想から水平発想へ
 
鮮度を重視する日本

――最近のマーケティングは、ブランドを中心に語られ過ぎたということでしょうか。
 この10年、日本に限らずマーケティングはブランドが引っ張ってきたと思います。日本のビジネス研究は、以前はアメリカより10年ぐらい遅れていました。アメリカで研究が行われ、その中で成果が出てきたものを輸入して、日本の研究者たちが一斉に取り組むということをずっと繰り返していたからです。
 ところが、いまは同時進行になっている。特に日本人は新しいことが好きで、いつも何か新しいことを見つけていた。ベストプラクティスとか、ワン・トゥ・ワンとか、その時々のキャッチフレーズがあった。

――日本人の新しいことが好きだという性格は、日本のマーケティングにも影響している?
 ぼくはよく「鮮度効果」と「てこ入れ効果」という言葉で説明するのですが、元気のなくなったブランドをどうするかという局面で、アメリカの場合は再活性化しましょうということになる。これは当然で、過去何千万ドルとつぎ込んだブランドを捨て去ることは、とてもできないという発想です。ところが日本の場合は、元気がなくなったブランドはやめて、新しいブランドで行くことが成立するのです。つまり、アメリカのように「てこ入れ効果」をねらうのではなく、「鮮度効果」をねらったほうが日本の場合は効率がいい。

――その理由というのは?
 1つは、アメリカと比べて国土が狭いことです。すぐ全国に商品を配荷できる。さらに民族が単一ですから、言語的な問題もない。マークを覚えてもらって、それを目印に買ってもらうという必要がない。さらに、全国津々浦々まで新聞とテレビとラジオが届くように、媒体の情報インフラが日本の方がはるかに勝っている。条件が完全にそろっていて、元気のないブランドに再投資をして、てこ入れをするよりは、新しいブランドに刷新して鮮度で勝負した方が効果が大きいのです。缶コーヒーやビールの例を思い浮かべれば、すぐ納得してもらえると思います。

――ブランドは資産だという考え方が、日本にはなじまない?
 アメリカ流のブランド論というのは資産ですから守るものです。よほどのことがない限りブランドを廃盤にはしません。だから、リバイタライゼーション(再活性化)というテーマがアメリカではクローズアップされるのですが、日本はそうではない。商品だけでなく、社名さえも例外ではないかもしれません。だからこそ、日本では広告のコントリビューション(貢献)が大きいのです。

コンタクトポイントの重要性

――日米で研究の進度に差がなくなってきたということですが、ブランド以外のマーケティングの注目すべき動きというのはあるのでしょうか。
 あえて言うなら、マーケティングは部門の話ではなくなってきているというのが一番大きなトピックだと思います。いくらすぐれた戦略をマーケティング部門が練り上げても、あるいは、いくらすばらしいブランドマネジメントの案をブランド推進室が展開しても、顧客との接点である一人ひとりの従業員の所で崩れると、ブランドは崩壊します。だから、ブランドマネジメント、あるいはもっと広くマーケティングマネジメントは特定部門のファンクションではないというのがいまの流れです。
 逆に言うと、それを社員にどう浸透させるかという仕組みを作るのが、いまのマーケティングの1番の課題だと思います。
 イオングループが2002年から「お客様副店長制度」を始めています。ジャスコの本部が中心になって展開しているのですが、駐車場の警備員から、レジ、清掃係まで、流通業は顧客との接点が多い。そういう人たちのちょっとしたひと言で傷ついてしまうのがブランドです。そこで、顧客との接点をより高度化するための仕組みは何かということで始めたのが副店長制度なのです。地域住民に公募をかけて、副店長になってもらい、週に5日ぐらい来てもらって、それなりの賃金も払う。その副店長の仕事は何かというと、すべて顧客の視点で店舗の改善点を拾い上げていくことです。当初は2〜3か月のうちに数100もの改善点が挙がったそうです。その中で、優先順位の高いところから改善していく。
 たとえば、揚げ物のパックに使う輪ゴムは、揚げ物と同じ色なので混ざると困るから色を変えて欲しいというような細かいところから、男性用トイレに、赤ちゃんのおむつを替える場所を作って欲しいという要望まで出てくる。これは、すべてのコンタクトポイントでブランドマネジメントを実現していこうという試みなわけです。

セグメント手法の限界

――マーケティングが4Pで語られていた時代が懐かしい気もしますが、従来のマーケティングのどこに限界があるのでしょうか。
 これまでのマーケティングを振り返ってみると、どこかにフォーカスを当てることが美徳とされてきました。ところが今、それが大きな弊害となっている。これは、ぼくら研究者にも大きな責任があると思います。
 マーケティングの基本はSTP、つまり、セグメントをして、ターゲットを決めて、ポジショニングを定めることだと言われてきました。われわれ研究者も、それを繰り返し主張してきた。マイケル・ポーターの集中戦略や「選択と集中」という言葉が意味するところも同じで、ビジネスの世界では、どこかにフォーカスを当てることが重要だとされてきた。それが賢いビジネスのやり方だと言われてきました。
 ところが、その結果何が起きたかというと、対象市場がだんだん小さくなっていったのです。当初は、セグメントされた市場は、消費者に受け入れられ、一定の広さがあったし、お金も出した。市場をセグメントすることで、実は市場は大きくなり、しかもプレミアム価格で商品が売れたのです。

――それが不可能になったということですか。
 実際、ぼくらが子供のころは、歯磨き粉というのは一つの市場のかたまりでしたが、いまは虫歯予防、口臭予防、歯周病予防などがあって、子供用があるというように、きめ細かくセグメントされている。もちろん、最初のうちはよかったのですが、ある臨界点を越えたことで、対象市場は極端に小さくなってきた。
 徹底的なセグメントの結果、何が起きてきたかというと、大型商品が生まれなくなってきたのです。マーケターにも、ものを考えるとき、常に味を変えてみたら、色を変えてみたら、という発想がしみこんでいる。実は、それがブレークスルーの弊害になっている。完全な袋小路に入ってしまっているんですね。セグメントといっても、完全な個をターゲットにするなら別ですが。

垂直発想から水平発想へ

――セグメントの袋小路から抜け出す方法は?
 これまでの発想というのは、市場を掘り進んでいくバーティカル、垂直的な発想です。そうではなくてラテラル、水平的な発想に転換してみたらどうかという考え方が、最近注目されています。「ラテラルマーケティング」と呼ばれるものです。
 たとえば、ヨーグルトの新商品を考えるときに、今までは味を変える、何かを添加する、あるいはノンシュガーにするという発想が取られてきました。ラテラルな発想というのは、たとえばヨーグルトで、のどの渇きをいやせないかと考えることです。歯磨き粉でも、虫歯予防や口臭予防ではなく、飲む歯磨き粉はできないかと考えるとか。実際にはあり得ないような視点でものを考えないと、実はブレークスルーは起きない。日本のマーケティングの今日的な課題は、そこかなと思います。
 消費者のニーズは自覚的なものより、実際に商品を使って学習するものや、使っていても自覚されない深いニーズがある。そうした深いニーズをどう探っていくかということも、ビジネスの重要課題になっています。

消費者ニーズの4つの水準
――深いニーズというのは、どういうものですか。
 少し説明が必要だと思います。消費者のニーズには4つの水準があります。
 まず、消費者が意識している『明言されたニーズ』がある。たとえば、安い車が欲しいというときに、「安い車」というのが明言されたニーズです。しかし、「安い」という中には、実は車両価格だけではなくて、燃費や維持費も含まれている。消費者自身は、そのことは言っていなくても、普通は織り込まれていると考えるべきです。それが『真のニーズ』で、このレベルまでは従来型のマーケティングで対応できました。
 しかし、商品のコモディティ化が進んで、技術格差がなくなってきた、また完成度の高い商品があふれてきたことで、消費者自身が自分のニーズを語れない、場合によっては気が付かないことが多くなってきました。この消費者自身が自覚できない深いニーズも2段階に分かれます。
 その1つが『学習するニーズ』です。自分では語れないが、商品を提示されて初めてわかるニーズのことで、典型的な例に、カメラ付きの携帯電話があります。携帯電話に関するグループインタビューを何回繰り返しても、携帯にカメラを付けるというアイデアは、まず出てこない。ここの部分をどうやって掘り起こしていくかが、今のマーケティングの課題になっています。
 さらにこの下に、『埋もれたニーズ』がある。これは、最後まで自覚できないニーズのことです。消費者の深層部分には、そういうニーズも存在していると考えられる。たとえば車なら、「こういう車を選ぶって、あの人センスいいね」、そう周囲に思われたいというニーズは、最後まで自覚できないかもしれません。埋もれたニーズをどうやって探っていくかも、今日の課題になっています。

――自覚されないニーズを探る試みも始まっている?
 その1つが、ブランドコミュニティー(企業ブランドあるいは商品ブランド単位の顧客組織)です。その人たちに何かを聞いたり語らせるのではなくて、観察して、顧客自身が意識できないニーズを見つけるという取り組みがアメリカで行われ、日本でも始まっています。
 ブランドコミュニティーの組織化には、ブランドの信奉者を育成するというねらいがあるのですが、もう1つは、語れないニーズをコミュニティーメンバーの観察の中から見いだすことを目的にしている。

――ユーザーのために無料のチャットルームをつくっている企業もありますね。
 チャットルームというのは比較的自然の状態ですから、通常の調査よりは本音が出てきます。しかし、ブランドコミュニティーで試みられているのは、ユーザー自身も語れないニーズを観察などでどう発見するかということです。グループインタビューでも、消費者自身が意識していないニーズは、なかなかわかりません。

変わらないマーケティングの本質

――そういうお話をうかがっていると、ブランドも大事だが、それ以上に、その商品やサービスのイノベーションが大事だという気がします。
 逆に言うと、新しいイノベーションが起きないと結局は広告も、商品への関心を継続させるためのリマインダー広告だけになってしまう。それだけではなく、世の中自体も活性化しないと思います。

――ただ、マーケティングの変化についていくのは、かなり大変そうですが。
 「マーケティングは1週間あれば学べる。しかし、使いこなすには一生かかる」と、フィリップ・コトラーは言っています。実は、環境が変わっても、マーケティングの本質が変わっているわけではありません。表層的な部分が変わっているだけです。戦にたとえるなら、使える道具や武器が増えているだけで、戦そのものの本質は変わってない。

――マーケティングの本質というのは、何なのでしょう?
 顧客価値を創造して、その顧客価値を伝え、説得することです。価値をつくるだけではダメで、それを消費者に伝えなければいけない。そこに物流や流通が出てくるわけです。そして、伝えた価値を消費者が正しく理解するためには説得しなければいけない。この顧客価値の説得は特に大事な部分です。そこに、営業マンや広告などを使ったコミュニケーションの必要性が出てくるわけです。顧客満足というのは、むしろその結果です。
 価値を作って、伝えて、説得する。その一連の仕組みを作り上げることが、マーケターの仕事の本質だと思うのです。


恩藏直人氏 Naoto Onzo
早稲田大学商学部教授、博士(商学)。神奈川県生まれ。1982年早稲田大学商学部卒業後、同大学院商学研究科、1989年早稲田大学商学部専任講師を経て、1996年より現職。専門は消費財企業のマーケティング戦略で、関連の論文が多数ある。著書に『競争優位のブランド戦略』(日本経済新聞社)、『コトラーのマーケティング・マネジメント』(監修、ピアソンエデュケーション)、『戦略的ブランド・マネジメント』(共訳、東急エージェンシー)、『プロフィット・ゾーン経営戦略』(共訳、ダイヤモンド社)、『コトラーのマーケティング思考法』(監訳、東洋経済新報社)などがある。


←前のページへ



「ディマンド・クリエーション」とは何か
マッキャンエリクソン取締役人事担当ディレクター・オブ・HFD 遠崎眞一氏→


「新聞広告に風穴を開けよう ―クリエイターからの提言―」
読売広告大賞20周年記念フォーラムを開催→
もどる