特集 2004.6/vol.7-No.3

ブランドをめぐる課題 ―広告とマーケティングの今―
垂直発想から水平発想へ

 この10年のマーケティングは、ブランドが引っ張ってきたと言われている。その研究はどこまで進み、どこに課題があるのか。また、マーケティング全体を俯瞰した今日の重要課題は何なのか。早稲田大学商学部教授の恩藏直人氏に聞いた。
 
――まず、ブランドはマーケティングの中でどう位置づけられているかからお聞きしたいのですが。
 1988年にアメリカのMSI(Marketing Science Institute)がブランドエクイティに関する大会を開催したのですが、ブランドが資産として意識されるようになったのは、その時からです。それまでも、ブランドロイヤルティーやブランドスイッチといった考え方はマーケティングの専門家から注目されていましたが、ブランドの資産的な価値の研究が始まったのは、そこからです。当初はやはりブランドエクイティとは何か、資産的価値とは何かということが問われたのですが、それがマーケティング・マネジメントに何を及ぼすかということが言われ出したのは、つい最近です。
 ブランドエクイティを金額で評価することは会計の人々には関心のあることかもしれませんが、マーケティング的にはほとんど意味を持ちません。企業の資産評価だったら株価の時価総額で十分だし、人気企業ランキングにブランドを引っ張り出す必要もなく、昔からやっている企業イメージ調査のフレームワークでも十分その役割は果たせます。もちろん、こうした背景には、ブランドの正味の資産的価値を算出できないという限界があります。
 ブランドエクイティは、マーケティングにとってブランドが重要であることを多くの人たちに認識させたのですが、さまざまな目的で定義され解釈されたため、かえって分かりにくい概念になってしまったところはありますね。

――新聞広告も、以前はイメージ広告、企業広告と言われていたものが、いつの間にかブランディング広告に名前が変わってきた。うがった見方をすれば、言葉の流行という面もあるのでは?
 ほとんどはおっしゃる通りだと思いますね。実際、社名とブランドは、非常にあいまいなまま使われていることも確かです。昔、社名と言っていたものをいまはブランドと言っているに過ぎないことが多い。

改めて「ブランドとは」

――ブランドは社名でも商品名でもないとしたら何なのでしょう。
 たとえば、インテル・インサイドのキャンペーンは、ブランドキャンペーンの成功事例としてよく取り上げられます。それによって何が変わったかを考えると、わかりやすいと思います。
 実は、キャンペーンが行われる前のインテルも、小さい会社でも弱い会社でもなかった。キャンペーンを行う前に、すでに世界の高級チップの六割から七割を占めていました。つまり強力なカンパニー、優良企業だったわけです。ところが、消費者や取扱業者の認識は、インテルは「知っている」「いい会社」で止まっていた。ブランドカンパニーになっていなかったいうことです。
 キャンペーンによってインテルの何が変わったかというと、1つは「インテル、入ってる」というスローガンが、ジングルと共に人々の記憶の中に刷り込まれた。さらに、コンピューターに付いているインテルのシンボルマークとロゴも覚えられた。要するに、消費者の頭の中にインテルというブランドの世界が広がったわけです。消費者が知っていたのは、いままでは「インテル」というネームだけだったのですが、それがブランド要素と呼んでいるブランドネームやロゴ、スローガン、ジングルなどを消費者に伝えることによって、強いブランドカンパニーとしてイメージを浸透させたのです。
 その一方で、インテルと同じような優良企業で、社名やマークは知っていても、それがブランドのバリューを伝えてくれていない企業があります。ブランドカンパニーとの差は、そこです。ブランドカンパニーの場合は、名前を聞いただけで、コカ・コーラなら流れるようなイタリックの字体、ティファニーならTだけ少し大きい大文字のロゴが思い浮かび、パッケージやスローガンと共に、ブランドのバリューを伝えてくれる。
 優良企業とブランドカンパニーの大きな違いは、当該ブランドのバリューを伝えてくれるブランド要素です。そして、ブランド要素1つ1つに注目して、それをマネジメントにどう落とし込んでいくかというのが、実は、今のブランド研究の流れになっています。

――ブランドをマネジメントする理論の確立は、これからだと?
 ブランドをマネジメントするときの明確な指標が、まだ十分に確立されていないのです。なぜそうなったかというと、やはり1つの原因は、ブランド研究が資産的な評価に偏ってしまったことが大きいと思います。もう1つは、有力ブランドやロングセラーブランドにばかり目が行ってしまったことです。「長寿の県は沖縄県です」と言ったところで、なぜそこが長寿になっているか、そのメカニズムはわからない。風土なのか、食べ物なのか、血統なのか。そういうところをきちっと理解していかないと、長寿になるための仕組みは見えてこないわけです。
 ところが、とりあえず、わかりやすいところからブランドのトピックスがふくれあがってきて、ロングセラーや、あるいは有力ブランドとは何かという紹介がされていった。ぼく自身も、そういう紹介をしてきたし、これは自分への戒めも込めてですが。
 しかし、よくよく考えると、ビジネスの世界で1番求められているのは、やはりマネジメントです。強いブランドをつくるためのメカニズムを理解した上で、ブランドをどうマネジメントするか。そうした点に、実はこれから注目していかなければいけない。ブランドの研究も、そういう方向に向いてきているわけです。

ブランド構築のフレームワーク

ケラーによる顧客ベースのブランド・エクイティ・ピラミッド

――具体的なマネジメントの方法というのは、いくつか提唱されているのでしょうか。
 公表されている中で、ブランドを構築する上でのフレームワークとして1番すぐれていると思うのは、ケラーのフレームワークです。
 図がそうですが、大事な点は、ブランド構築に近道はないということです。逆に言えば、近道をしようとすると強固なブランドは作れない。一時的に作れたとしても、インターネットブランドのように短期間になくなってしまう。では、本当に強いブランドをどう作るか。先ほども言いましたが、1つは要素に注目しましょうということです。もう一つはこういう積み上げ型のフレームワークを十分生かしましょうということです。
 まず、ピラミッドの一番下、「セイリエンス」というのはブランドに対する深くて広い認知のことです。深さというのは何かというと、再認・再生のことです。再認とは、ブランド要素を挙げて認知できること。再生とは、「洗剤と言えば」というように商品カテゴリーなどを示してブランド名が出てくることを言います。一般には、簡単に再生されるブランドは、再認しか行われないブランドより深いブランド認知を得ていると言われています。ただ、スナック菓子のように店頭で選べる状況にある商品は再認率が重要ですし、逆に理解が必要な商品は再生率の方が重要になるでしょう。ですから、再認より再生が常に勝るというわけではありません。
 広い認知というのは、ブランド要素が思い出される購買状況や使用状況の広がりのことです。たとえば、スープは日本でもアメリカでも、以前は夕食時の食べ物でした。そうすると、どうしてもブランドを使うシチュエーションが広がっていかない。そこで日本ではクノールが、「朝も昼も」というキャンペーンをやりましたが、同じようなことをアメリカでキャンベルがやっています。要するに、特定のシチュエーション、夕食だけではなくて、より幅広いシチュエーションで、クノールあるいはキャンベルが出てくる。それが認知の広さという意味です。強いブランドであるための必要条件としては、ブランドが認知され、なおかつ、さまざまなシチュエーションでそれが認知される。それが最低限の条件だということです。

――認知の次は、理解になる?
 そうです。そのブランドが顧客に対して一体どんな意味があるのか、それを顧客がきちっと理解しているか、というミーニングが次の段階になる。これはパフォーマンスとイメージに分かれています。たとえば、時計だったら、正確に時を刻んで狂わないというパフォーマンスがあり、その一方で、嗜好性の高い商品ですからイメージも大事になる。
 その次の段階がパフォーマンスやイメージに対する顧客のレスポンスで、これはジャッジメントとフィーリングに分かれます。ブランドに対する消費者の理性的な判断がジャッジメント、エモーショナルな、感情的なレスポンスがフィーリングです。その両方が強いことがブランドには大事になる。ぼくは、「頭と心に訴える」ことが大切だと言っています。
 そして、最終的には、顧客とのリレーションシップを築くことです。「レゾナンス」、顧客とブランドが同調しているという意味ですが、ブランドとの心理的な結びつきの強さが大きなポイントになる。ハーレーダビッドソンやマッキントッシュのユーザーには、信奉者と呼ぶべき顧客が存在している。
 つまり、ブランド構築には、こういうステップを1つ1つ積み上げていくことが必要なのです。逆に言うと、このフレームワークは診断にも使えます。わが社のブランドはパフォーマンスはいいが、イメージが不十分だとわかれば、そこを改善していけばいいことがわかる。
 大切なのは、こういう考え方で1つ1つ積み上げていかないと、ブランドはできないということです。

――フレームワークの各段階で広告の役割がありそうですが。
 強いブランドを築くためには、もちろん広告以外の力も必要ですが、広告を一つ一つ積み上げることが、遠回りに見えて、実は1番の近道だと思います。ただ、その場合も、ブランド要素の認知に問題があるのか、パフォーマンスやイメージに問題があるのかという明確な判断の上に広告を展開する必要があります。

過度のブランド信奉は危険?

――先ほどのブランドカンパニーと優良企業の話に戻りたいのですが、ブランドカンパニーにこだわる必要はなくて、優良企業ならいいという議論はないのですか。
 ぼく自身の考えは、実はそれに近いかもしれません。なぜなら、ブランドに完全に依存してしまうと企業の開発力を損なう危険性があるからです。
 そもそもブランド論が注目されたのは、製品が非常にコモディティ化したことが大きい。コモディティ化というのは、製品に技術的な格差がなくなったということです。昔は技術的な差で競争優位を勝ち取ることができたわけですが、それができなくなってきた。しかし、何も手を打たなければ、価格競争にさらされる。
 そこでどうするかというので、1つはブランドに活路を見いだしたという経緯があります。2つ目はカスタマイゼーション。つまり、顧客に個別に商品を作っていこうということです。3つ目はプロセスの変革。今までとは違う商品の売り方、つまりビジネスモデルを考えていこうという方向です。書籍のアマゾン・ドットコムなどが代表的な例です。
 ブランドを確立すると、中身はほとんど変わらない商品でも、プレミアム価格を維持できるというメリットがあるのですが、そこには、実は大きな落とし穴がある。どうしても技術面での違いよりブランド面での違いを求めようとしてしまうのです。長期的に見ると、ブランドだけに偏った投資は企業の競争力を失わせる可能性もある。
 もう1つのブランド依存の危険性は、顧客に対するプロミスに縛られるということです。ブランドには、このブランドはこうあるべきだという約束事ができます。もちろん、同じブランドでも一定不変ではなく、商品の中身は変わっていきますが、やはりブランドらしさがある。それを崩すと、いままでの顧客から不満が出る。そうすると、そこに約束や、「らしさ」が形成されて、企業の動きが鈍くなるのです。それが、イノベーションに対する足かせになるだろうという危惧も持っています。
 ブランドの重要性を理解した上で、ブランドに対する盲目的な信奉は危険だとあえて主張しておきたいと思います。


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