特集 2004.6/vol.7-No.3

ブランドをめぐる課題 ―広告とマーケティングの今―

 ブランドとは何か。さまざまに語られてきたブランドは今、ブームとしてではなく、改めて客観的な視点から見直す時期に来ている。また、ブランドが注目されるあまり、見過ごされてきたその周辺の課題や今後取り組まなければならない問題も多い。広告とマーケティング、二つの視点から探る。

「ディマンド・クリエーション」とは何か

 ここ数年、広告の置かれている環境は大きく変わった。振り返って、ブランド広告に対する考え方はどうだろうか。ディマンド・クリエーションという考え方でビジネスの構築に取り組むマッキャンエリクソンの遠崎眞一氏に聞いた。
 
 ブランド論が先行し、学術書も数多く出版されているが、企業のブランドに対する認識は、ブランド広告が日本で注目され始めた6、7年前とそれほど変わっていないのではないだろうか。
 日本人がブランドという時、商品をこう見せたいという見かけ上の話、単なるブランドイメージの話をしているケースが多い。ブランドとは本来、その企業が持っている価値観、夢、信念といったアイデンティティーのことだ。あるいは、企業のスピリットと言ってもいい。そのことをわれわれ広告会社も、広告主も理解してやらないと、上辺だけのブランド論で終わってしまう。その状況は、数年前も今も、あまり変わっていないような気がする。

量から質への転換

 数年前と今とを比較すると、ブランドに対する考え方のように、あまり変わらないものもあるが、大きく変わったものもある。それは、さまざまな面で「量から質への転換」が急速に進んだことだ。
 まず、消費者の側から見ると、情報の量が格段に増えているし、情報との接点、コンタクトポイントもかなり増えている。消費者の気持ちを動かすには、本当に吟味された良質の情報、コミュニケーションでないと機能しなくなってきている。それは単に情報の内容、コンテンツの問題だけではなくて、どういう時間、どういう場所で伝えることがより有効かということも含めて、その質が問われている。
 ビジネスの側から見ると、広告主のコスト意識が、量から質への転換を促している。以前なら、大量に情報を流せば人の気持ちを動かすこともできたが、今はそれをやってもなかなか動かない。いかにコスト効率よく効果的に情報を発信するかを広告主が真剣に考えるようになった。つまり、コミュニケーションの量から質へという転換が、消費者サイドから見ても、広告主サイドから見ても、非常に重要になってきたということだ。
 広告会社の立場から言うと、これは、クライアントに対するサービスの質が問われていることにほかならない。広告会社のサービスの質とは、突き詰めていくと人的リソースの質に行き着く。言い換えるなら、本当のプロフェッショナリズムが問われてきているということだ。以前は、大きなメディアのコミッションをもらえれば、クリエイティブもメディアプランニングも、ほとんど無料で行われる付帯サービスだったが、今は個々のサービスに対してクオリティーが問われる。逆にいうと、プロフェッショナルなサービスに対しては対価を払う。ちゃんとしたサービスにはお金を払いましょうという考え方が、そこから出てくる。

広告会社にも求められる専門性

 90年代の半ばごろから、欧米の広告業界ではコミッション制からフィー制への移行が劇的に進んだ。その背景には、メディアを扱わないクリエイティブエージェンシーが数多く誕生したことがある。
 マッキャン・ワールドグループでも、そのころから「ディシプリン」という考え方でビジネスをするようになった。ディシプリンとは「専門分野」のことだが、それぞれの分野が独立してプロフェッショナリズムを発揮するという考え方だ。
 マッキャンエリクソンがアドバタイジング、モメンタムがプロモーションとイベント、MRMがダイレクトマーケティングとCRM(カスタマー・リレーション・マーケティング)、ウェーバー・シャンドウィックがPR、そして、フューチャーブランドがブランディングに特化したサービスを行う。トーレラザールという、医療関係のコミュニケーションの専門的なサービスを行う組織もある。そういうディシプリンそれぞれが、プロフェッショナリズムを発揮して、質の高いサービスをするという考え方でビジネスをするようになった。その時期が、欧米がフィー制に移行するころと重なっていたような気がする。
 そこから数年たち、現在マッキャン・ワールドグループは、「ディマンド・クリエーション」という考え方でビジネスを再構築している。「ディシプリン」の延長線上にある考え方だが、そこに新しい視点が入ってきている。

最重要課題はディマンドの創造

 この20年、欧米企業の経営者がビジネスを成長させる最重要課題として考えてきたのは、サプライチェーンの効率化と言われている。商品を開発し、資材を仕入れ、工場で作る。それを在庫管理し、流通を経て顧客まで届ける。この一連の流れをサプライチェーンというが、そのコストをいかにセーブするかに経営の重点が置かれていた。
 ところが、それが変わってきている。2003年にマッキャンが、アメリカの主だったクライアントの経営マネジメント、あるいはマーケティングの責任者に、「企業が成長するために最も重要なものは何か」というアンケートを行った。その結果、「ディマンドの創造」という回答が、「サプライチェーンの効率化」の2倍にも及んだ。今まではサプライチェーンの効率化、システム化が関心の中心だった。それを可能にしたのがIT革命だったのだが、それにも限界が見えてきた。今は、ディマンドの創造へと経営の関心が移ってきている。
 これまでのビジネスのやり方は、既存のカテゴリーやマーケットを前提として、その中で自社のパイをどれだけ増やせるかがポイントだった。しかし今は、そうではなくて、消費者の中にある潜在的なディマンドを掘り起こして、マーケットそのものを拡大していく、カテゴリーの枠を大きくすることが必要だと経営者は考えるようになってきた。
 では、今までのマーケティングは、消費者のディマンドを作ってこなかったのかというと、そんなことはない。今までと違う点は、経営の関心が、それをより効率的、効果的にやるにはどうしたらいいかという方向にシフトし始めていることだ。
 そういうように経済、ビジネスのあり方そのものが大きく変わる中で、広告会社は何ができるか。それに対するマッキャン・ワールドグループの答えが、ディマンド・クリエーションだ。
 そのポイントは2つある。1つは、あくまで消費者インサイト、つまり消費者の側に立って発想すること。もう1つは、それぞれの専門分野のプロフェッショナリズムを高めることをこれまでもやってきたが、今後はそのコラボレーション、組み合わせをより緊密に有機的に行うという点だ。
 マスメディアだけでなく、PRやカスタマー・リレーションシップなどをどう組み合わせてコミュニケーション効果を上げるかというインテグレーテッド(統合)コミュニケーションは、われわれが「ディシプリン」という戦略を言い始めた10年前から行っていることだ。それをより緻密なやり方で、システマチックにやっていこうというのが、ディマンド・クリエーションの考え方だ。仕事の依頼が来るとマッキャンでは、各ディシプリンが集まって、ディマンド・チームと呼ぶプロジェクトチームを立ち上げて、それに対応する。

ディマンドをどう作るか
2003年12月25日 朝刊

 では、どうやって人々のディマンドを作っていくのか。
 1つには、ブランド体験がある。ブランドを生活者に伝える場合に、ブランド体験が重要だと言われる。マスメディアでブランドのスピリットを伝えることは重要だし、これなしにはブランド構築はあり得ないと思っているが、ただそれだけではなくて、ブランドというのは店頭で接したり、実際に使ってみたり、人のうわさを聞いたりという体験の連鎖だ。非常に多面的なブランド体験を考えた複合的なコミュニケーションが必要になってきている。こうした状況に対応するには、専門的な知識を持った集団でないと対応できない。
 もう1つは、既存のカテゴリーの枠を壊す、フレームを変えるという方法がある。それを変えたときに、実はそれまでわれわれが思ってもいなかったディマンド、価値が生み出せる。たとえばスターバックスも、喫茶店という従来のカテゴリーのフレームを変えることであれだけ大きくなった。
 マッキャンが最近かかわった事例で言えば、アメリカのUPSがある。UPSは世界最大の小口貨物輸送会社だが、これまでは、単に荷物を運ぶ会社だった。ところが今の配送は、在庫から流通、それからいわゆるITビジネスと密接にリンクしている。それをばらばらにやるのではなく一体化することで、サプライチェーンの顧客の間に立って、さまざまな貨物、情報、資金の流れをバランスよく管理する会社に生まれ変わる。それを「シンクロナイズドコマース」と呼ぶ提案をした。つまり、運送会社をサプライチェーン間のマネジメント会社ととらえ直すことで、それまでなかった顧客のディマンドも生まれてくる。企業のポジショニングを変えたことで、UPSのビジネスもそれに合わせて大きくなった。
 カテゴリーではなく、商品の意味を変えることでもディマンドは生まれる。マスターカードのキャンペーンでは、「priceless」をキーワードに、お金に換えられない豊かな暮らしをつくるカードというように、カードの意味を変えた。「1つ1つは大した買い物じゃなくても、それが生活とか人生にはとっても意味のあることにつながっていく」という主張は、従来のカードの価値観だったステータスとは違う価値観だ。つまり、「ステータスとかそんなこと気にしなくても、人は豊かに暮らせる」ということを言っている。それが、ステータスを強調する競合カードの優位性を無化する結果にもなった。
 これも新しい価値の作り方で、こういうことも含めて、われわれはディマンド・クリエーションと呼んでいる。

勝敗を分ける、人のクオリティー

 ぼく自身のことを言うと、これまで制作本部でクリエイティブに携わってきたが、今はディレクター・オブ・ヒューマン・フューチャーズ・デベロップメントという肩書だ。何かというと、一言で言えば人材強化プロジェクトのことだ。サービスのクオリティーが今後の広告会社の勝敗を分けるとしたら、人的リソース、人材のクオリティーが今後の広告会社のすべてを決めることになる。そのためのマッキャンの人材のレベル、クオリティー、プロフェッショナリズムを引き上げるのがHFDの役割だ。
 そのポイントは3つあって、1つは1人ひとりのタレント性やスキルを向上させること、2つ目はいいチームワークを作ることだ。そのためHFDでは、必ず他部門同士の人を集めて、チームを作り、実践的なセミナーを開いている。
 しかし、それ以上に大事だと思っているのは、パッション、スピリットだ。テクニックや技巧だけでは、人を動かす広告はつくれない。広告をつくる側が、「広告は楽しい」「すばらしい仕事だ」と思わないといい広告はつくれない。
 ただ単に商品を売るために仕事をしているのではなくて、この商品があることで暮らしがエキサイティングになる、夢が出てくる。消費者の生活や人生を変えるかもしれないというぐらいのプライドを持って仕事を楽しくやることが、最終的にはクライアントへのサービスにつながる。広告とは、そういう仕事だと思う。
 そのいい例が、ネスカフェの「朝のリレー」キャンペーンだ。地球上のみんなに朝が来る。ネスカフェというのは、そのすばらしい朝をもうちょっといいものにしてくれる。グローバルコーヒーのネスカフェのアイデンティティーをしっかり中心に据えながら、非常に広がりのあるコミュニケーションをしている。ブランディングの基本には、こういう何か人を勇気づける、夢を与えるスピリットがある。そして、こういう広告は、広告会社だけでできることではなくて、広告主のブランド広告に対する見識があって初めて成立することも忘れてはならない点だ。

2003年9月14日 朝刊 2004年1月1日 朝刊

消費者のプロフェッショナル

 実際に日本にフィー制が定着するのは、欧米に比べればまだまだ時間がかかると思っている。日本には、有形のものにはお金を払うが、知恵には払わない慣習があるからだ。ただ、欧米のようにドラスチックにはならないにしても、広告主も単に量に対してお金を払うのではなく、クオリティーに対してお金を払うという意識に変わってきている。だからこそ、フィー制になる、ならないは別にして、広告主の要望に応える意味で、人材のレベル、チームワークを高めておくことは当然のことだと思っている。
 その育てるべきプロフェッショナルな部分とは何かといえば、消費者に関するプロ意識だ。クライアントは製品とそのカテゴリーのマーケットに関しては熟知している。しかし、車メーカーにとっての消費者は、あくまでドライバーとしての消費者だ。
 ところが、実際の消費者は、そういうカテゴリーとは無関係に生活している。広告には、実はその視点が非常に重要で、マスターカードもカードを使うという観点だけで見ていたのでは今回のようなキャンペーンはできなかったと思う。やはり、人々は、どんな気持ちで生活し、家族や友人とつきあっているのだろうと生活者として考えるから、こういうキャンペーンも思いつく。
 それが消費者インサイトと言うことだが、こうした考え方は一見新しそうに見えるが、実は優秀なクリエイターは昔からやっていたことだ。彼らは、消費者は何を望んでいるか、常にアンテナを張って仕事をしている。ただ、それが一部の優秀なタレントの成功事例ではなく、もう少しシステマチックに、上手にやろうよという時代になってきているだけだと思う。
 ブランディングに関しても、日本でその言葉が知られていない時代から、マッキャンでは意識してやってきた。ブランディングのために何が重要か、それをトータルコミュニケーションという形で統合することもやってきた。だから、われわれのディマンド・クリエーションも、突然だれかが急に思いついたということではない。いままでマッキャンがやってきたワールドワイドの優秀なキャンペーンの成功要因のエッセンスを抽出してみると、「あ、こういうことかもしれない」ということが出てくる。そういうところが、出発点だ。

共通言語としてのデータ

 マーケティングと広告クリエイティブの関係も、日本では水と油の関係のように言われることがある。しかし、私自身はそこにギャップをあまり感じないで仕事をやってきた。いいところは大いに利用すべきだ、と思うからだ。ただ同時に、ディマンド・クリエーションのセミナーでいつも言っていることだが、「この通りにやったらうまくいくと思うなよ」ということも重要だ。そこに何か入れたら答えが出てくる、そんな
都合のいい玉手箱はあり得ない。
 マーケティングの分析やデータは、われわれが一緒に仕事をする上での共通言語になる。たとえばデータがあれば、クライアントと話をする共通の出発点になる。サッカーをするときに共通のルールがなかったらゲームにならない。試合の前には、こう走ったら、おまえはこう走れという作戦を立てる。しかし、最終的にはプレーヤーのインスピレーションが勝負になる。広告でも同じことが言える。
 広告という仕事は科学的な部分と、直感的なクリエイティビティー、その2つの掛け合わせによって成立する。どちらが欠けてもダメだと思う。だから、いまの時代に合った方法論がより緻密に、科学的になっていくこと自体は、けっして悪いことではない。むしろ、それは最大限利用すべきものだ。ただし、それがすべてだと思ってはいけないということだ。

人々の気持ちの中にあるもの

 これまで「ディマンド」という言葉をそのまま使ってきたが、日本語に直訳すると「需要」、あるいは「切実な欲求・欲望」という意味になる。これをそのまま使ってしまうと、実につまらないものに見えてしまう。だから、文章にするときも「ディマンド」と、そのまま使っている。
 それは、たとえばマスターカードの広告にしても、単に消費してほしい、欲望を作ろうということではなくて、その暮らしに新しい意味や夢、価値を与えるもの、それを「ディマンド」と呼んでいるからだ。人がいい商品がほしいと思う背景には、自分らしい自分でいたいとか、家族といい人生を送りたいとか、そういう気持ちがある。ディマンドとは、実は、そういうものだと思っている。そういう潜在的価値を掘り起こして、商品の価値とミートさせる。それがディマンド・クリエーションの意味だ。
 結局、人々の気持ちの中にあるものを見つけてくるわけだから、消費者インサイトを本当にやればやるほど、実は広告に小細工はきかなくなる。世の中で成功しているキャンペーンはみんなそうだ。ナイキの "Just do it" しかり。ぼくがやったアイ・フィール・コークのキャンペーンも、みんなの気持ちの中にあるものを素直にすくい上げたキャンペーンだった。人間とか人生を大きく深くとらえることがますます重要になるだろう。
 短期の売上目標が重視される最近の経営環境では、従来のように長期的な観点でキャンペーンをやるのがむずかしくなっている。しかし、だからこそ、そこに企業としてのアイデンティティー、考え方の芯が必要になってくる。




垂直発想から水平発想へ
早稲田大学商学部教授 恩藏直人氏→


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