特集 2004.5/vol.7-No.2

アメリカ マーケティング最新事情

 「顧客満足」といっても、日本とアメリカでは事情が違う。「ブランド」についても同様だ。アメリカのマーケティングでは、いま何が語られ、どこに行こうとしているのか。ビジネススクールでは、日本や東洋と欧米の文化の違いが注目されているという。アメリカの大学で長年、マーケティングと経営学を教えてきたニューヨーク市立大学経営大学院教授・高田博和氏に聞いた。
 
――日本ではここ数年ブランド論が注目されていますが、アメリカではどうなのでしょう。
 東京に来るたびに本屋をのぞくのですが、最近はブランドの本が山積みになっています。確かに、ブランドがこれだけ注目を浴びたことは日本ではなかったと思います。
 アメリカでも、80年代、90年代、それから2000年とブランドが特に注目された時期がありました。80年代は企業の合併や統合が本格化し、企業の資本価値を適正に評価する必要に迫られ、「ブランド価値をどのように評価するか」ということが問題になりましたし、90年代はブランド資産の鑑定だけでなく、マーケティング・マネジメント全体の観点から、さまざまな論文が出てきました。そのころと比べればブームは下火になってきましたが、2000年ごろからはブランド戦略の根底にあるのは長期的な顧客満足であるという観点から、競合ブランドの先を越すような顧客のニーズをつかむブランドリサーチが注目され始めています。しかし、ブランドマネジメントそのものは非常に重要な分野ですから、その間も継続的に論文も出ていましたし、企業の関心も常にありました。日本は、この2、3年で一挙に関心が高まって来たという感じですね。

――ブランド広告も以前からありましたし、そこで言われている顧客満足という考えは、日本でも大福帳の時代からあったと思うのですが、いまアメリカで言われているブランドとはどのようなものなのでしょうか。
 アメリカで行われてきたブランド研究をあえて一言で言えば、それを体系化してきたということだと思います。日本でもブランド広告は昔からやられていましたが、最近のブランドマネジメントに基づいた訴求は、単に広告で会社の名前やブランド名を訴求するだけではなくて、もっと体系的になってきています。購入時の顧客満足ももちろんですが、アフターサービス、買ったあとのケアまできちっとやっていかなければいけないという方向になってきています。
 しかし、それ以上に大きな特徴は、マーケティングの考え方がプロアクティブに向いてきたことと、ものづくりの発想からプロセスの革新という考え方に変わってきたことではないでしょうか。

アメリカのブランド研究はどこまで進んでいるか

――ブランドの考え方が広がると、リサーチも当然違ってくる?
 ブランドリサーチで何を測っているのかということですが、これは過去と現在と将来に分けて、どういう流れになっているかを見ていく必要があると思います。
 従来のブランドリサーチは、たとえばブランドロイヤルティーやブランド名の認知、知覚品質、ブランドイメージを調べていました。いわゆる顧客サイドの情報です。それについては、これまでもいろいろ語られ、本にもなっています。
 企業サイドから見ると、ブランドエクイティ、つまりブランド資産の評価という視点もあります。日本でも最近そうですが、アメリカの場合、昔からTOB(株式公開買い付け)、いわゆる乗っ取り、買収ですとか、M&A、吸収合併が年がら年中行われていました。
 日本のある企業の人と話したのですが、日本も最近はアメリカの企業からのTOBやM&Aの脅威にされされていると言っていました。会社の業績がよくなることは昔ならいいことだったのですが、最近は皮肉なことに、業績がよくなると思いもよらないところから電話がかかってきて、乗っ取りだ何だという話になるので喜べない状況だというんですね。そのときに乗っ取る側が見ているのは、会社の将来性です。将来性をどういう基準で測るかというと、商品、あるいは会社のブランド価値です。有形な現在の資産価値だけではなくて、将来を見越した無形の価値を見ている。それをどう測るかというと、結局投資家が見るわけですから、実は決まったフォーミュラ、公式があるわけではありません。ただ、アメリカではTOBやM&Aが昔からありますから、その点についての研究は非常に進んでいます。
 資産評価するということは、インタンジブル(無形資産)がタンジブル(有形資産)になることです。それが、日本企業にもようやく認識されてきたということはあると思いますね。実際、ソニーやトヨタは、国際的にもブランドとして確立していますし、それを資産として評価されている。
 それから、先ほど言ったように、これまではただ単純にブランドの認知や、想起率、再認率といったレベルでブランドリサーチが語られていたと思うのですが、最近のアメリカでは、それも大事だけれども、もっと大きなマーケティング活動の中の一環としてとらえられ始めています。消費者に商品をリピート購入してもらうためには、ただブランド名を広告しても、なかなか通じない時代になっています。メディアも非常に複雑化していますから、その中でブランドを確立し、差別化するためには、もっと地道な努力が必要だということが認識され始めています。それが「ホリスティック(注1)」という考え方です。ぼくも、ノースウエスタン大学ケロッグスクールの学長を務めるディパック・ジェーンと、「ホリスティック・マーケティング」をテーマにした本を書いているところです。そこで言おうとしていることは、マーケティングには、広告も大事だが、製品、価格などいろいろな要素がある。その根底にあるのが「顧客」だということです。今までのマーケティングは、顧客を満足させればいいという考えだったのですが、最近はそれだけではなくて、株主や従業員にまで配慮する考え方になってきています。
 それは企業だけに限ったことではなく、たとえば私のいるニューヨーク市立大学経営大学院(バルーク・カレッジ)やケロッグ校でも、少し前までは大学で顧客というと学生を対象としていたのですが、最近は卒業生や教授、あるいは卒業生の活動や教授の書いた本・研究がブランドのアイデンティティーにどうつながっていくか、バリューチェーン(価値連鎖)という考え方で見ていこうという動きになってきています。物事を包括的に、ホリスティックに見ていかなければいけないという今までとは違った大学経営が行われています。

注1:ホリスティック(全体論的な;Holistic)は、いくつもの部分から成る複合体や複合組織は、その個々の構成要素を足した和を超えた存在であるとする理論「ホリズム(全体論)」に由来する言葉。

マーケティングの枠組みを広げたウォルマート

――企業にもホリスティックに企業活動をとらえようという動きが出てきている?
 企業サイドのよい例がウォルマートです。ウォルマートは世界の企業をランク付けする「フォーチュン500」で3年連続してトップになっています。小売業が世界でトップになるというのは、少し前までは考えられなかったことですが、それが実際に起きている。彼らの戦略は何かというと、やはりホリスティックです。
 ただ顧客に商品を売って満足してもらうということではなくて、顧客がいて、ウォルマートがあって、それからウォルマートに商品を納品しているメーカーがある。それを全体としてとらえていく経営をしています。それを可能にしているのが「リテールリンク」というITを駆使して開発されたシステムです。
 そのいい例が、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)との関係です。P&Gの総売り上げの三分の一をウォルマートが占めているという現実があり、ウォルマートとP&Gの関係はほとんど一体化しています。ウォルマートに対する苦情処理も、一体になって行われています。客がウォルマートに苦情を出した場合、それがウォルマートで処理されてもP&Gで処理されても客にとっては関係ないわけです。トラブルが起こったから早く処理してほしいということですから。
 また、ウォルマートが関係するのは、P&Gのような取引先だけでなく、何100万人という株主もいます。あるいは、地域コミュニティーへの貢献も求められる。それをウォルマートの場合は単なる善意からだけではなく、非常に戦略的にやっている。よい市民であることを戦略として立てている。というように、すべてがホリスティックな戦略の一環として行われ、マーケティングのコンセプトが今までより非常に大きくなってきています。
 ちなみにウォルマートの巨大化については、社会的な批判も出ていることも指摘しておきます。ことに、「エブリデー・ロープライス」の戦略を訴求するために、従業員の賃金を圧迫しすぎており、各州で集団訴訟が起きています。また中国からの輸入により低価格を図っていますが、輸入量が膨大であるために、米国における雇用流出問題との関連も取りざたされています。
 いずれにせよ、ホリスティック・マーケティングの観点から見ていくと、いま日本で盛んに行われているブランドリサーチというのは、少しフォーカスが狭いような気がします。アメリカで10年、20年前に行われていたさまざまなブランドリサーチが、いま日本で非常に注目を浴びている段階だと思います。商品のライフサイクルにたとえるなら、導入期です。しかし、成長期になれば次第に裾野が広がり、その中でのブランド戦略が出てくる気がします。

――日本企業のブランド戦略は、まだ緒についたばかりだと。
 ブランドという方向は間違っていないし、アメリカ発であろうが、ヨーロッパ発であろうが、日本発であろうが、いいものはいい。ただ、今後はそれを消化して、応用する時期だと思います。

ビジネススクールで脚光を浴びる文化の違い

――日米の消費者にもブランドに対する考え方に違いがあると思うのですが。
 日米のブランドリサーチを見ていて感じるのは、文化の違いです。確かに、日本のブランドリサーチの現状は、アメリカでやっていることを一生懸命探って、それをうまく応用していく段階ですが、ニューヨークと東京を往復していて感じるのは、それ以前の違いです。それは、やはり文化の違いではないかと思います。
 たとえば、ルイ・ヴィトンの世界の売り上げの半分以上が日本人によるものです。日本人がハワイや香港で買ったものも含めての数字ですが、なぜそんなことになるのか説明がつかない。実は、そういう文化の研究も始めています。
 日本は今、景気が低迷していますが、世界第二の経済大国であることに変わりありません。トヨタ、日産、キヤノン、みんな元気がいい。その日本が、どうなっているのか。最近いろいろな方面から注目されています。文化人類学や社会学では、昔から日本や東洋の研究は細々と続けられてきたのですが、それが最近ビジネススクールでも脚光を浴びているのです。
 マーカス&北山が書いた論文(注2)が言っているのは、アメリカは非常にインディペンデントカルチャー、個人主義に基づいた文化で、日本やアジアはインターディペンデント、相互依存性の高い文化だということです。
 アメリカでは、他人と同じことをやるのはよくない。人と違ったことをやらなければいけない。理論でも、ブランドリサーチでも、他人のやっていることではなくて、何か新しいものを出さないと認められない文化です。研究者にも、そういうプレッシャーが常にあります。
 ところが日本にはそういう意識はありません。どちらの文化が優れているという議論ではなく、文化の違いをしっかりと認識する必要がある、ということを示唆しています。こういった文化の違いがブランド品の買い方にも影響していると思うのです。
 アメリカ人もルイ・ヴィトンを買う人はいます。ブランド志向のセグメントはありますが、なにしろ、他人が持っているなら私は別のものを買うというインディペンデントなカルチャーですから、マーケットリサーチの結果も、当然日本とは違ってくる。
 それから、ホスティーデ(注3)という研究者もアメリカの文献にはよく出てきます。彼は、世界のIBMの従業員を対象にして、いわゆる企業文化を分析した人で、20年以上前に分析結果を発表しています。それ以来、さまざまな学者がこの数字を使って研究を行っていますが、それを私とディパック・ジェーンとの共同研究でも使っています。高田&ジェーンの論文の中で言っているのは、日本や東洋の文化というのはコレクティビズム(集団主義)で、ヨーロッパ、ことに北欧やドイツは非常にインディビジュアリズム(個人主義)であるということです。この2つの地域を対極に置いて1つのスケールをつくると、その中間にいろいろな国が入るのです。
 2つの研究が基本的に言っていることは同じです。マーカス&北山とホスティーデは全然違うリサーチなのですが、同じ結論に達しています。アメリカで開発されたリサーチ手法を応用する場合も、そういった文化の違いを踏まえて、うまく日本に適用させていくことが必要でしょうね。

――アメリカのブランドマーケティングは、日本にはそのまま適用できない?  
 日本人はマスで動いていくという特性もあるのですが、最近は消費者の嗜好が非常に変わってきている面もあります。たとえば、無印良品やユニクロ、それから100円ショップもそうですが、品質や価値を追求していくという行動が現れています。これは今までなかったことです。
 そういうことを考えていくと、地道な努力をしていくことによって、そのブランドの力が出てくるというのは日米どちらでも変わらないと思います。ブランドというのは、単純に名前だけではなくて、顧客が満足して、それがブランドロイヤルティーに戻っていくというプロセスですから。

注2:マーカスと北山(Markus & Kitayama, 1991)は、西欧人は社会的文脈から分離した相互独立的自己観、東洋人は社会的文脈に依存する相互協調的自己観を持っているとし、それがどのような行動や人間関係をつくるか調査している。
注3:ホスティーデ(Hofstede)は、1968年と1972年に世界53か国、被験者数11万6千人にアンケート調査を実施し、文化間の相違を「対人権力距離度」「不確実性回避行動度」「個人主義行動度」「男性度」という4つの概念を使って分析している。ちなみに、不確実なもの、奇抜なものを危険として認識する不確実性回避行動度は日本92に対し米国46、個人主義行動度は日本46に対し米国91。


ディシジョンメーキングのためのブランド調査

――具体的には、アメリカでは今、どのようなブランドリサーチが注目されているのでしょうか。
 ブランドパワーを測定し、それを数値化して、先月より何点上がったということも大事なのですが、もっときめ細かくやっていくことも必要です。たとえば、アメリカのリサーチでいま行われているのは、「what if」、何かあったときにブランドはどうなるかというリサーチです。ディシジョンメーキング、つまり政策決定のためのブランドリサーチです。たとえば、顧客が商品を買ってくれたときに、なぜ買ってくれたのか。値段を下げればもっと買ってくれたのか。あるいは内容を変えたらもっと買ってくれるのか。つまり、どの要素がブランドパワーにつながっているのか。その要素をきちっと把握するということです。それを本当にきめ細かなところまでやっていくことが重視されています。
 本を例にとれば、そういった努力の積み重ねで、本の内容もよくなるし、装丁もよくなる。価格も非常に手ごろになっていく。どこの書店に行っても買える。つまり、セールスプロモーションでいう4Pすべてに気を配るということです。出版社にしても、それこそ著者も巻き込んで、原稿を依頼したら上がってくるのを待つのではなくて、こちらからもこういう内容のものを書いてくださいと依頼する。それで読みづらかったら、また書き直してもらうということをやり取りしながらいいものをつくっていく。
 ですから、そこにはこうやればいいという単純なソリューションはないと思います。模索しながらやっていく。それを戦略を立てて、1つひとつ検証していくということです。そうすると、マーケティングリサーチも大規模なものではなく、小規模な、それこそ顧客の何人かに話を聞くというものになっていく。


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顧客を裏切らないブランド
桃屋 取締役社長 小出 孝之氏→
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