特集 2004.4/vol.7-No.1

デジタルネットワーク社会の広告という機能
AIDMAからAISASへ
 
――CtoCのコミュニケーションが増えているということですが、具体的にはどのようなものが増えているのでしょうか。
検索サイトのGoogleに「ラーメン」を入力すると約280万件が検出される
検索サイトのGoogleに「ラーメン」を入力すると約280万件が検出される
 ラーメンの例がわかりやすいと思います。ラーメンマニアと言われる人たちはたくさんいて、個人でホームページを開設して、自分で行ったラーメン屋の写真を撮っては情報を発信している。そういうサイトが最近たくさんあります。試しに検索サイトのグーグルで「ラーメン」という言葉を調べてみたのですが、約280万件出てくる。その中には、ラーメン屋のホームページも、もちろんあります。今までの広告と同じように、商売をする側が情報を送っている。媒体が変わっただけで、電話帳広告やチラシ広告と同じBtoCのコミュニケーションです。
 ところが、280万件のほとんどは、「ラーメン食べある記」などの個人のサイトです。自分で行ってみて、食べて、その店やラーメンの写真を撮っては、感想を載せている。中には、四千軒のラーメン屋を回って八千杯のラーメンを食べたというマニアもいる。「講演もやります」という売り込みをしている人もいる。また、「2ちゃんねる」などの掲示板にもコーナーがあって、そこでもラーメンマニアが書き込みをしている。
 それに輪をかけているのが、日記サイトなどを簡単につくれるウェブログの登場です。アメリカで流行して、日本でもニフティの「ココログ」やエキサイトの「エキサイトブログ」ができて、ますますインターネットで簡単に情報発信できるようになってきています。

思いついたらすぐ調べる消費者

――ラーメン屋のサイトと、マニアがつくる個人サイトは見られ方が違うのですか。
 ラーメン屋のサイトは、店の場所の確認や材料はどんなものを使っているか、店名の由来などを知るために見られている。あるいは、その店に就職しようとする人も見る。しかし、どこのラーメンがうまいかを調べるときには、個人の意見が載っているCtoCのサイトの情報が見られる。消費者は、すでにそういう使い分けをしています。

――新しい情報機器を駆使して積極的なコミュニケーション行動をとる消費者を、著書では「アクティブコンシューマー」と名付けていますね。
 彼らアクティブコンシューマーは、ある時は情報の送り手になり、ある時は受け手になるということを自由に行っている。そういうところでは消費者は進化していると思います。パソコンを買う場合も、どういうものがあるかを探すときは企業サイトを見るし、何を買うかを決めるときはCtoC型の情報を参考にしているということです。逆に言えば、送り手である企業は、それを意識して情報を送っていかないと、ただ無駄に流れていくことになりかねない。

――そういう消費者の情報行動は商品によって違いがある?
 違うと思いますが、その要因は値段だけでもない。不動産会社の話では、インターネットで物件が確実に売れているそうです。不動産会社同士がネットワークしていて、同じ物件を扱っている。だから1つのサイトを見ただけで相場がわかる。それを見た上で、信頼できそうな不動産会社の店先に来ると言っています。不動産のような高額商品でもそういうところがある。

――逆に、買い回り品は、消費者もそこまで情報を積極的に集めないと思うのですが。
 一概には言えないと思います。インターネットが常時接続になって、何か思いついたらすぐ調べられる環境になってきていますから。
 息子が高校生だったころ、エレキギターを買いたいと言いだしたので、どう買うのか見ていたことがあります。まず、検索サイトで「ギター」という言葉を入力する。次に、そこに出てくるお店、流通サイトを見て、どんなメーカーがどんなギターを出しているのかを調べる。同時に、その間、携帯電話で友だちと情報をやり取りする。それから、メーカーサイトに飛び、カタログを見ながら購入する商品を絞っていく。結局、最後はネットオークションで買いましたが、購入するまで一度も家から出ませんでした。

――小売業も変わっていかないと、商売がむずかしい時代になってきていますね。
 「お取り寄せ」が盛んですが、うまくやれば、小売業にとってチャンスになると思います。最近は、デパートで買えるようなものまで、わざわざ取り寄せるようなところがあります。
 京都に、湯葉のお取り寄せで有名な店があるんです。ぼくの実家は京都の祇園なのですが、それでどこだろうと思って調べたら、すぐ近所だった。子どものころから知っているちっちゃな店なのですが、お取り寄せでは全国的に有名な店になっている。行ったことのない人は、その店をすごいお店、由緒あるお店というイメージで受け止めていると思うのです。

マス広告がつくる社会的価値

――全国的に有名なお取り寄せの店も、マスメディアに紹介されて注目されることがほとんどだと思うのですが。
 マスメディアとインタラクティブメディアでは、そこで生まれる価値が違います。ネットで生まれる商品価値は、「あなたに合っていますよ」「向いていますよ」という価値です。一方、マスメディアやマス広告がつくる商品価値は、「社会的に評価されている」「今、はやっている」「みんなが買っている」という社会的な価値です。
 人は自分に合っているという理由だけでモノを買うわけではありません。洋服屋に行って「お似合いですよ」と言われて買うこともありますが、話題になっているから、みんなが着ているからという理由で買うこともあります。むしろ、買わざるを得なくなると言った方がいいかもしれません。やはり、「みんな」をつくる、というマス広告の働きが効くのだと思います。

――買わざるを得なくなるというのは?
 たとえば、ぼく自身はふだんは牛丼は食べないのですが、「牛丼がなくなる」「行列ができている」というニュースを聞くと、行かなくちゃという気持ちになる。実際、並んで食べたのですが、人間は、行かざるを得ない気持ち、買わざるを得ない気持ちにさせるものがあって行動することが多い。
 牛丼を食べに行くという消費行動は、ぼく自身は本来あっさりしたものが好きなので、自分の嗜好からは出てこない。インタラクティブメディアがつくる「あなたに合っていますよ」「向いていますよ」という価値観からは出てこない消費行動です。しかし、新聞やテレビで「牛丼がなくなる」というニュースを聞けば、多くの人が牛丼屋に駆けつけて、並んで食べてみたい気持ちになる。そういうように、広告は単なるメッセンジャーボーイではなくて、人を買わざるを得ない気持ちにしてしまうパワーがある。その仕掛けに、マスメディアはなくてはならない存在なのです。マス広告がつくる社会的な価値が消費者に与えるインパクトは、相当強いと思います。

同じ価値観を持った人たちの評価

――CtoC型のサイトでも、あそこのラーメンがおいしかった、と推奨している。その意味では、たとえば雑誌においしいラーメンの店として取り上げられるのと変わらないと思うのですが。
 ただ、ネットでは、マスメディアのような社会的な権威がすすめるのではなくて、自分たちと同じ人たちの評価になっている。ほかのコンシューマーがこう言っているという、いわば口コミの変形です。そこが違います。
 たとえば、アマゾンのサイトで本を買った方はご存じだと思うのですが、ホームページに行くと、「秋山さん、あなたにおすすめの本があります」というメッセージが出てくる。過去の購買履歴から、そういう表示が出るようにつくられている。コラボレーティブフィルタリングという仕組みですが、これは新聞の書評とはまるで違う考え方です。ぼくが今までに買った本と同じような本を買っている人は、この本も買っていますというすすめ方です。

――権威ではなく、同じ価値観を持った人のおすすめというところが違う。
 新しい本を買ったら、その本の書評を書いてみませんかとメッセージが出てくる。そこに書評を書き込めば、自分と同じ購買履歴を持った人の目にとまる。徹底的にCtoCなのです。
 新聞の書評欄のように専門家や識者が書評を書くのではない。今後の消費者に対するアプローチには、先ほど言ったマス広告が与えてくれる価値と、ネットの情報が与えてくれる価値の2つの方向性があると思います。

小さくなったレファレンスグループ

――新聞の書評欄は、専門家や識者が書く。つまり、社会的な権威が書いたことが、その書評の内容を保証しているわけですが、アマゾンのような個人が書いた書評が効くとしたら、消費者はその書評の何に信頼を置いていると考えるべきなのでしょうか。
 レファレンスグループの価値観です。レファレンスグループとは自分がその中で評価されたいと思っているグループ、自分が帰属しているグループのことです。この帰属グループが、昔と今では変わってきています。
 1980年代に「大衆から小衆へ」「大衆から分衆へ」という議論がありましたが、小衆、分衆というのは、自分が帰属しているレファレンスグループが小さくなってきているという話です。それ以前の帰属グループは、「世間様」とか、「日本」「社会」という非常に広いものだった。それが、今は小さなレファレンスグループの中で評価されればいいというふうになって来ている。
 アマゾンがやっていることは、そのレファレンスグループをわれわれに与えているということだと思うのです。レファレンスグループを、よく知っている人、中間的に知っている人、あんまり知らない人という縦軸ではなく、似たような価値観を持った人たちという横軸でとらえている。
 新聞の書評欄とアマゾンのやり方、どちらがいいということではなく、やはり両方必要なんです。本屋に行って新聞の書評欄で紹介された本のコーナーがあれば見ますし、それはそれですごく参考になる。それとは別に、アマゾンのようなフラットな価値観、その両方に意味があると思います。

――今までは、フラットな評価軸がなかった?
 仲間うちで酒を飲んだりしながら「あの本おもしろいね」というようなことは、これまでもやっていた。自分が見つけたもの、いいと思ったものは、だれでも仲のいい友だちと共有したいと思いますね。それがネット上で、知らない人と、しかも大量に行えるようになった。それが「シェア」という概念です。パソコンも携帯電話もネットワークにつながっている。人には、つながっている人に自分が見つけた情報を与えたい、人からもらいたいという気持ちがある。

――インターネットでつながっているといっても、見ず知らずの人と何でもシェアするというのは、気前がよすぎる気もしますが。
 ネット上の価値の本質は、「所有」ではなくて「使用」なんです。ホームページを見に行くのは、その情報を使用しているだけです。しかも、デジタル財はコピーがタダでできます。お金がかからない。それで、非常に気前よくシェアしていく、共有していくという行為が出てくる。シェアは、ネットがもたらした新しい価値観です。
 シェアウエアも一般的になっていますし、だれでも無料で使え、自由に改良や再配布ができるLinuxというOSソフトも登場している。メーカー、物流業者、卸売業者、小売業者など商品が消費者の手に届くまでにかかわるプレーヤーが情報を共有することを「サプライチェーン・マネジメント」と言いますが、これも今までの下請けシステムとは違って、情報をシェアしていくことで経営を効率化していくという考え方です。「シェア」というのは、デジタル経済の特徴を考える上でキーになる言葉だと思います。ネットのカルチャーを表している言葉だと言ってもいい。

――消費者の態度変容モデルがAIDMAからAISASになったと著書の中で書かれていますね。従来のAttention→Interest→Desire→Memory→Actionから、Attention→Interest→Search(検索)→Action→Share(情報共有)になったというのは、そういう意味なんですね。つまり、シェアはネットを使った消費者のコミュニケーション行動のキーになっている。
 実は、このシェアという考え方に真っ向から対立するのが著作権です。

――ネットのカルチャーと権利の独占を認める著作権の考え方は、相いれないところがある。
 ネットの利用者には、音楽のCDを友だちに貸すのと同じような感覚で、情報をシェアしていこうという気持ちがある。情報を受け取る人にも、それが著作権侵害に当たるか、当たらないかという意識はない。いいものだから、シェアしたいということなんです。それは、本やCDのようにモノとしての情報の所有から、情報の使用へと世の中の意識が変わってきているということです。そこで、著作権と大きな摩擦が起きている。

――携帯電話を使って有料で小説が読めるサービスが始まっていますが、あれも読んだページは次々と消えてしまって、メモリーに記憶されるわけではない。情報の使用で料金を取るサービスですね。
 産業型の経済が情報型の経済に移るというのは、そういうことだと思うのです。ただ、ぼくらはまだ、そのための新しいルールを見つけ出していない。


←前のページへ 次のページへ→


もどる