特集 2003.9/vol.6-No.6

食卓は語るー食の実態から見えてくる問題ー
『変わる家族 変わる食卓』を書き終えて
 
 マーケティングは科学であるはずなのに、科学に欠かせない「疑う」ことを私たちはしばしば忘れてしまうようです。
 たとえば、みんながよく知っている「高齢化」「少子化」「女性の高学歴化、社会進出」……などの社会事象と、マーケティングの現場で起きていることを安易に結びつけて解釈してしまうことが少なくない。しかし、〈食DRIVE〉で見る限り、例えば「食の簡便化」を「女性の社会進出」で説明できる事実はほとんど認められません。
 マーケティングリサーチにおいて「科学的」であるかどうかを問題にするとき、それはもっぱらデータ処理の操作性やコントロールし易さ、その合理性について語られます。そして「科学的」であるために、「現実には存在しないような設定」の調査さえ行っている。「科学的」とはデータの操作性やコントロールの合理性より、「対象」にどこまで迫れるかで問われるべきではなかったのだろうか、と反省するのです。
 また、最近の調査は、あまりに結論を急ぐために、ダイレクトに見たいものだけ、見たいところだけ切り取って、ノイズと重要ファクターの見極めに無頓着になっているのではないかということも気になります。心理学では「地と図」ということを言うのですが、何を地としてとらえるかで「図」の見え方はすっかり変わってしまう。地と図は反転することもある。〈食DRIVE〉の分析では、一見関係ないかもしれないと思われるものまで含め、「地」を大きく取って「図」をあらゆる角度から見ていくようにしています。そこで初めて、いままで無関係と思っていた商品の競合関係や、ある商品の食卓におけるポジショニングなどがクリアに浮き立ってくることが多いからです。
 だからある商品について調べる時には「その商品が使われない食卓」も「なぜここでは使用されないのか」すべて見ます。それだけでなく、家族関係や子どものおけいこ事やその他の価値意識まで含め、生活全体の中でとらえる。「ドレッシング」だけ、「冷凍食品」だけを見ていてもよく見えないし、ましてや当該商品の「ユーザー」だけを対象としても、よく見えないからです。それらを「ノイズ」ととらえていきなり「図」を見ようとするから、「図」の形が見えなくなってしまうのかも知れません。
 そして、データ的事実と真実の間の大きな乖離の問題。データ的事実の陰に隠されている「真実」にどうやって迫るか、これはいまマーケティングリサーチが直面している一つの重要問題なのではないかと私は思います。

変わる家族 変わる食卓 勁草書房刊
245ページ
本体 1,800円+税
Nobuko Iwamura
 1953年北海道生まれ。法政大学卒業。現在、アサツーディ・ケイ第二営業総括200Xファミリーデザインルーム ルーム長。長年、1960年以降生まれに注目し、60年以降生まれの親が形成する新しい家族、主婦、食卓などをテーマとした調査研究に携わっている。




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