特集 2003.3/vol.5-No.12

メディアの特性と広告効果
販売促進効果とコミュニケーション効果

  広告目的と表現が多様化する中で、その効果を測る尺度の研究は必ずしも進化していない。これまで広告効果と言われてきたものは何か、また、そこに欠けていたものは何か。広告効果研究に長年携わってきた東京大学名誉教授の飽戸弘氏に聞いた。
 
 広告関係者ならだれでも耳にしたことがあるAIDMAの法則は、マーケティング・コミュニケーションが消費者の購買行動に変化をもたらす心理的過程を示したもので、広告効果のモデルとして使われてきました。

AIDMAで測っているのは販売促進効果

 AIDMAで測っているものは何かと言えば、プロモーション、つまり販売促進効果です。広告を認知させ、商品に関心をもたせ、買わせる。アテンション、インタレスト、アクション、そういう販売促進効果を測る道具です。しかし、広告の役割はそれだけではありません。
 典型的なのが、70年代に始まったおもしろ広告です。おもしろ広告は、人々を楽しませ、人々がそれによっていろいろな情報を得て、人々の味方になるような情報を提供する広告です。環境広告や9.11テロ以降に注目されたメッセージ広告、あるいは一般に企業広告と呼ばれるジャンルの広告も販売促進効果をねらったものではありません。高級ブランド品の新聞広告も、美しい写真で読者の目を楽しませます。それによって、読者の商品に対するあこがれを増幅しているわけです。
 しかし、広告研究ではいまだに広告効果測定といえばAIDMAか、それをベースにした指標が使われています。広告の役割は販売促進だけではなくて、人々を楽しませ、さまざまな情報を提供し、企業活動に対する理解や共感を得ることにもあります。そういう意味で、かなり以前から広告そのものが変わっているし、読者の期待もそれに合わせて変化してきています。問題は、そうした広告の変化に研究方法がついて行っていないことです。
 広告がやっていないことを測っているのですから、「効果が出ない」のは当たり前です。それで、「膨大な広告費を投入しているのに全然効果が出ない。もう、広告をやめよう」という話になりかねない。それは、広告が効かないのではなくて、広告効果の調査方法が時代の変化についていっていないことが大きいのです。

コミュニケーション機能を担い始めた広告

 歴史的に見ると、広告が激変したのは1960年代以降です。60年代初頭にアメリカではおもしろ広告が大流行し、広告が一挙に変わっています。人が集まれば、広告の話題が頻繁に出てくるようになったのです。仕事とまったく関係のないビジネスマン同士が一杯飲みながら「あの広告、傑作だな」とか、家族で「あれ、おもしろい」と言うようになった。それが日本に入ってきたのが1970年ぐらいからで、パイロット万年筆の「はっぱふみふみ」のコマーシャルがおそらく日本のおもしろ広告の走りです。販売促進を目的に発達してきた広告にとって、これは本質的な変化です。つまり、広告がコミュニケーション機能を担い始めたということです。
 その背景には、人々がプロモーション広告に対して反応しなくなったということがあります。プロモーション広告とは要は「安い」「お得です」というだけの広告です。振り向いてくれない視聴者、読者を振り向かせようとした、というのが出発点だったと思います。
 そういう人々を楽しませる広告がどんどん出てくることによって広告が変わった。広告のつくり手が、果敢に従来の広告のタブーを破って、変わったことをやりだした。中には顰蹙を買うものも出てきましたが、重要なことは、その広告を見て「これは何だろう」と人々が考えたことです。それによって人々の広告に対する期待が変わり、さらにそれに対してクリエイターが次々とおもしろい、いい広告をつくっていった。
 だから、そういう「新しい広告」の「新しい機能」をきちんと測定する道具を整備することが必要だったのです。広告は30年以上前に変わっていたのに、広告効果測定の方法論はそのままだったのです。

メディア特性に合った効果測定を

 新しい広告効果測定が必要なもう1つの理由は、日本のメディア特性にもあります。実は、日本のメディア、とくに新聞とテレビは販売促進にマッチしていません。本来的な販売促進機能という意味から言えば、それを果たすには日本の新聞とテレビは巨大化し過ぎています。
 メディアの販売促進機能は、アメリカでは非常に効いています。販売促進広告が一番ぴったりくるのはローカル新聞です。たとえば、マイアミヘラルドというフロリダ州の4分の1ぐらいをカバーする小さな新聞があるのですが、マイアミヘラルドは自分のテリトリーを8つの地域に分け、各地域ごとに広告を差し替えています。日本でいうと1つの版が杉並新聞、千葉中央新聞、千葉西部新聞といった大きさです。コンピューターがこれだけ発達していますから、版の切り替えもそれほどむずかしいことではありません。広告料金は同じスペースで従来の数分の一になり、新聞社の広告収入はそれまでの2倍になったということです。人々が広告を見て、すぐ飛んで行ける距離の広告を載せているわけですから、本当に即効性があります。
 しかし、1000万部、数百万部という日本の全国紙に、アメリカの新聞のようなダイレクトな販売促進効果を期待するのはむずかしい。また、日本の場合は新聞の折り込みチラシが販売促進機能を担っているという事情もあります。テレビ局もローカル放送に力を入れてはいますが、状況は同じです。
 そうしたメディアが一番得意なのは、やはりコミュニケーションなのです。「わが社はこんなことを考えています」「あなたはどう考えていますか」、そういうコミュニケーション機能を担った広告に、いまの日本のテレビや新聞はマッチしているのです。
 だから、新聞やテレビは、いまのままなら広告のコミュニケーション効果をきちんと測定することを考えるか、販売促進効果を上げたいのであれば、地方版をもっと細かく分割する、ローカル放送にさらに力を入れるなど、アメリカのように販売促進効果を本当に期待できるようなメディアに改造しなければいけないのです。

受け手が広告に何を期待しているか

 広告の機能には、販売促進機能とコミュニケーション機能の二つがあることはいろいろな人が指摘しています。コピーライターの梶祐輔氏は、広告はコミュニケーション機能だけに特化すべきで、「広告の機能は創業者の熱い思いを伝えることだ」と言い切っています。
 ただ、いまだに広告の8割から9割は販売促進のための広告という状況ですから、研究者は広告の販売促進機能とコミュニケーション機能の両方を考えなければいけないことも確かです。結局、広告主を説得しやすい理屈がAIDMAなのです。広告効果測定がAIDMAから抜け出せなかった理由は、ここにもあります。
 しかし、広告が変われば、同時に広告の受け手も変わります。それはメディアと受け手のキャッチボールですから当然です。つまらない広告は見向きもされないように、人々は広告に「得する情報」だけでなく、いろいろな新しい機能を期待しています。その期待に応えなければ、広告に効果がでないのは当然なのです。そのためには受け手が広告に何を期待しているのか、読者が実際の新聞広告をどう見て、どう評価して、何を期待しているかを知る必要があります。送り手の目的が達成されたかだけを研究していたのでは十分ではありません。
 コミュニケーション機能を担った「新しい広告」に必要なのは広告の効果研究ではなく、利用と満足研究です。利用と満足研究というのは、送り手がどういう目的でこの広告をつくったかではなくて、受け手がそれをどう楽しんだか、どう利用したかということを出発点にする研究です。逆に効果研究は、送り手の意向が何パーセント達成したかを明らかにする研究です。知名率が何パーセント、行動化率が何パーセント。要するに送り手が思った認知、関心、行動化がどのくらい成功したかを測るのが効果研究です。「新しい広告」の効果は、それでは見えてこないのです。

販売促進とコミュニケーション二つの指標が必要

 先ほど広告主を説得しやすい理屈がAIDMAだったと言いましたが、コミュニケーション機能を担った「新しい広告」に対する批判は、世の中の人は広告を見て喜ぶかもしれない、楽しんでくれるかもしれないが、なぜその金を広告主が出さなければいけないかということです。しかし、その会社がどのくらい進歩的で、画期的で、積極的で、斬新な広告をつくって世の中に出したかは、その企業に対する立派な評価です。それは売り上げが何パーセント伸びたという指標とは違う指標です。いい広告をたくさん出している企業は評価が高い。それがいわゆるブランド構築につながるわけです。それはプロモーション効果を測るAIDMAでは測定できないのです。
 しかし、一般に知られている広告効果測定の指標はAIDMAしかないために、プロモーション効果にもコミュニケーション効果にもごっちゃに使われることが多いのです。それで、広告の効果がわからなくなってしまうのです。本来は、プロモーション効果とコミュニケーション効果を分けて、効果指標も別にしなければいけないのです。
 プロモーション効果は認知、関心、行動でいい。それは、なくならないし、なくす必要もありません。研究者はその方面の研究も深めていかなければなりません。それ以外の効果、最近で言えばブランド構築が大事だとしたら、その効果を測る指標をつくって測らなければ意味がないのです。
 たとえば、新聞の特性として「詳報性」がありますが、商品を深く知ってもらいたいという広告主の要望は、実はコミュニケーション効果を期待しているわけです。知っただけではなくて、より深く認知されれば、商品に対する信頼性が高まるし、愛着が増すはずです。
 「こういう新製品が出たことを知っていますか」「はい、知っています」でおしまいではなく、もっと深くということです。ということは、単なるプロモーション効果だけではなく、コミュニケーション効果まで測る必要があるということです。二つの効果を区別していないために、そこに混乱が生まれているのです。
 ただ、プロモーション効果を測る場合の問題は、相当量の広告を一挙に投入しないと結果がはっきりと調査に出ないし、コミュニケーション効果は結果が現れるのに時間がかかる。そこに広告効果測定の難しさがあります。

マスメディアの特色「集団効果」

 青山学院大学教授の仁科貞文氏は、広告の集団効果に注目しています。広告の認知、関心、行動化というのは個人内情報処理だ。それとは別に、広告が記事や番組で取り上げられたり、家族や知人の間で話し合われたりという報道効果、口コミ効果によってさらに増幅されるのではないかということを以前から主張しています。
 普通の販売促進広告は「これを買ってください」ですから、報道が取り上げたり、家族で話し合ったりすることに注目する必要はなかったのですが、コミュニケーション機能を担った「新しい広告」にとって、これは重要な視点です。「新しい広告」は、個人内情報処理である種の効果をもたらすと同時に、集団効果も持っているのです。
 こうしたマスメディアの特性が注目されてきた背景には、インターネットの登場があります。インターネットが普及してきて、その分、新聞、テレビへの接触が減るだろうという仮説がありますが、おそらく接触時間はインターネットに相当取られるが、効果という点は違うというのが、私の見方です。
 インターネットは非常に特殊なメディアです。新聞は、出ている情報は本物だとみな思うし、自分が見たときはほかの人も見ていると思えるメディアですが、インターネットは、自分が取りに行けば確かに詳しい情報は取れますが、それが本当かどうかわからないし、ほかの人が見ているとは思わないメディアです。みんなの話題になって、その情報が増幅効果をもってくるという集団効果はインターネットはないと見ています。
 朝、会議があれば、新聞の一面に載っていた記事はみんな読んでいるという前提で会議が始まります。これが集団効果です。マスメディアの力はそこにあるわけで、みんなも影響を受けているだろうと思うから、自分も影響を受ける。インターネットはそれがない。やはりマスメディアの力はインターネットでは代替はできないものです。その代わりインターネットは、爆発的な口コミ力や非常に詳しい情報を知ることができるなど独特のおもしろい力をもっている。そういう意味では、いくらインターネットが増えてもマスメディアの影響は減らない、というのが私の持論です。これも「新しい広告」研究の興味深い課題です。

広告と広告効果調査を見直す時期に

 最近、政府広報の効果測定のチームをつくって広報効果の測定をやり、テレビ広告と新聞広告を比較したのですが、おもしろい結果が出ています。先ほどから言っている、広告をそのまま楽しむ機能を私は「コンサマトリー機能」と呼んでいますが、これまでこれはテレビの機能だと思っていました。調査したのは「こまめに電気を消そう。こまめちゃん」という広告ですが、コンサマトリー機能が意外にも新聞の方が大きいという結果だったのです。新聞広告はまじめ過ぎて読者は楽しめないと思っていましたが、新聞広告も表現次第だということを改めて実感しました。
 90年代から続く不況とインターネットや携帯電話など新しいメディアの普及で、広告の本質や効果が改めて問われるようになってきています。広告も問題を抱えているけれど、調査も問題を抱えている。両方を見直すのに、ちょうどよい時期に来ているのではないでしょうか。

飽戸弘氏 Hiroshi Akuto
1935年生まれ。東京大学教育学部卒。87年東京大学文学部教授、93年東京大学大学院社会学研究科委員長(東京大学評議員)、95年から東洋英和女学院大学教授、東京大学名誉教授(社会心理学)。著書に「社会調査ハンドブック」(日本経済新聞社)、「コミュニケーションの社会心理学」(筑摩書房)、「売れ筋の法則、――ライフスタイル戦略の再構築」(筑摩書房)ほか。




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