特集 2003.1/vol.5-No.10

コミュニケーションが変わった

 一向に出口の見えない経済状況の中で、携帯電話やブロードバンドの普及に象徴されるように、生活の情報化は確実に進んでいる。人々の消費意識や情報とのかかわり合い方にも変化が現れてきている。消費者の情報の受け止め方はどう変わってきたか、また、今後の広告コミュニケーションはどうあるべきか。新たな視点を探る。

消費者はどう変わったか

 博報堂生活総合研究所は、隔年で生活定点調査を実施している。2002年5月に行った調査の結果から、前回の調査と比較して生活者の意識はどのように変化しているのか。情報とのかかわり合いを中心に、生活総研、関沢英彦所長に話を聞いた。
 
グラフ
博報堂生活総研「生活定点2002」から
 今回の生活定点調査で最も下げ幅の大きかった項目は「世の中に悲しいことが多い」と思っている人の割合で、2000年の65.4%から53.3%と12.1ポイント減っています。ピークは前回2000年だったのですが、2002年は下がった。しかし、1992年からすれば、大勢としては上がっています。
 また、日本の将来や今後の動向については、「日本は悪い方向に向かっている」「日本の行く末は悪い」「自分の将来イメージは暗い」と答えた人が、2000年に比べ増えています。ただし、これらの項目は98年がピークになっています。これは九七年末に山一証券の破綻などがあって世の中がパニック的状況になっていたためです。それに比べれば2002年は改善されているけれども、全体としては日本は悪い方向に向かっていると思っています。「日本の国際関係が悪化していると思う」人も、2000年には最も少なくなっていたのですが、2002年には一転して過去最大になっていますし、逆に「日本の誇れること」として、経済的繁栄を挙げる人の割合は92年以降、一貫して減っています。
 その一方で、「生活が楽しいと思っている」人は8割のラインで維持されていますし、内外の政治経済に対する関心も高まっています。また、子どもの教育にも熱心で、親の生活費を削っても子どもの未来に投資をしようとする。それから、夫の稼ぎだけに頼るのは危ないと思っているのかもしれないし、あるいは、もうすでに収入が足りないこともあるのかもしれませんが、女性たちの労働意欲も高まっています。
 こう見てくると、世の中全体の行く末はみんな悪いと思っているが、パニック的状況ではないし、悲壮感も低下している。先行き不安の中で人々は、生活への対応力を高めていると言えると思います。
 特に、インターネット、携帯電話などの使用が高まり、「メールのやりとりをする友人がいる」人は、27.1%から57.2%へと30ポイントも増えて、今回の調査で回答者の割合が増加した項目のトップになっています。調査対象者は69歳までですが、高年齢層も含めて電子メールの利用は増えています。さらに、「この1年でパソコン、携帯電話を使って通信をした」経験を持つ人は半数以上、「メールアドレスを持っている」人もほぼ半数います。パソコンの所有が6割、携帯電話に至っては7割が持っているという状況で、生活者の情報武装は確実に進んでいます。

機能よりデザイン

 こうした中で、消費意欲はどう変わっているか。非常に重要な変化は、「機能よりもデザインを重視する」人が増えていることです。これは「機能よりもデザインを重視する」「デザインよりも機能を重視する」という二項対立で聞いていますが、機能を重視する人が減ってきている。20代では男性の35%、女性の52%がデザインの方を重視すると答えています。
 新聞広告はどちらかというと「理解」が強調されますが、デザインのインパクトは、実は新聞広告の非常に重要な要素になっています。ブランドの広告に新聞がよく使われることが、逆にそれを証明しているかもしれません。
 われわれ生活総研は、独自の視点で人がものを買うときのポイントを三つに分けて継続的に調べています。商品が「良いか悪いか」で購入を決める理性的判断、「好きか嫌いか」の感性的判断、それから、もう一つ奥深い、生理的なものとして「ピンと来るか来ないか」の感覚的判断の三つです。
 たとえて言えば、デパートのエスカレーターを昇っていくときに、遠くからマネキンが着ている洋服を見て、「あっ! 来年の春、こんな洋服か」とピンとくる、これが感覚的判断です。で、そばに寄って生地に触ってみる。それは理性的判断です。二、三歩下がって「どうかな、私に似合うかな。あんまり好きな色じゃないかな」と思うのは感性的判断です。「いい趣味ね」「フワッとしていてステキだわ」も感性的判断です。
 2002年の調査では、最初の直感、遠くからでも分かる直感が非常に大事にされている。理性的判断は変わらない。逆に、好きか嫌いかという感性的判断は下がっている。
 感覚的判断をする人が増えたということは、結果的に嫌われるかもしれないが、ともかく衝撃を与えることが広告でも重要だということです。素手で心臓をつかむみたいな感じで。そういうインパクトを与えないと、人はなかなか注目しない。最近の新聞広告などでも、そういうものが増えている気がします。
 良いか悪いかの理性的判断は全体では横ばいですが、年齢別に見ると、逆の現象が起きています。年配者は、これまでは言うまでもなく理性的判断が高かったのですが、それが下がってきていて、逆に、若い人が上がっている。これは、機械やIT系のものをスペックで見るという理科系消費が若い層に増えた結果です。では、年配者はどこに流れているかというと、10年遅れぐらいで若者と同じように「好き」「嫌い」という感性的判断を男女ともするようになってきています。もちろん、年配者も若い人もそうですが、先端的な層は感覚的判断に移行しています。

グラフ グラフ
博報堂生活総研「生活定点2002」から

情報は自分で検索する

 この10年でインターネットが飛躍的に普及し、速報性はテレビよりインターネットの方が評価されるようになってきました。ただ、メディアへの接触行動では、「情報を人より早く取り入れる」が10年前と比較すると6ポイント下がっています。つまり、情報の速報性があまり気にされなくなっています。
 それから、「数多くの情報よりも選別された情報があればいい」という項目で、男性30代はかなりスコアが下がっています。常識的に考えると、これだけ情報があふれてくると、送り手としては選んだものを出した方がいいのではと思いがちですが、そうではない。「自分で処理できるから、出せるものは全部出してくれ」というのが、今の人たちの言い分です。新聞で言えば、新聞社が情報を絞って、大きな見出しである部分をクローズアップするよりも、かなり並列的に情報を出してくれた方がいいということです。
 これに関連すると思いますが、「情報は自分で検索しながら手に入れたい」のスコアも上がっています。これはインターネットなどで自分で検索しながら調べていく力ができたことによると思います。検索というと、なにかコンピューターの中だけのような気がしますが、街をブラブラ歩く中で見つけるという検索もあります。自分は情報処理能力が高いと思っている人が非常に増えている。男性などは特に高い。だから、「数多くの情報を出してくれればいい」ということになるのだと思います。「私は情報処理能力があるから、捨てるなら私が捨てるから、出すだけ出してくれ」ということです。
 こうした中で、逆に「広告は新しい暮らし方を教えてくれる」と思っている人が大幅に下がっています。これは要するに、バブル崩壊後、新聞・テレビのマス広告、あるいはチラシも含めて、値段が安いとか、そういうことばかり目に付くようになったその悪影響だと思います。それだとあまり広告に興味が持てないということです。特に30代、40代の女性たちで、「広告は新しい暮らし方を教えてくれない」と思っている人が増えている。これは非常にゆゆしき問題です。


次のページへ→



情報ハブ化する“オピニオンリーダー”
電通総研→


コミュニケーションの変化
池田謙一氏→
もどる