特集 2002.3/vol.4-No.12

ブロードバンドで何が変わるか
デジタルメディアの現状 辛坊治郎氏

 2000年末にBSデジタル放送がスタートし、この春には110度CSデジタルの放送が開始される。来年には三大都市圏で地上波デジタル放送も予定されている。その一方で、テレビのデジタル化が計画された時点では予想できなかったスピードでインターネットのブロードバンド化が進んでいる。デジタルメディアの現状を読売テレビ解説委員の辛坊治郎氏に聞いた。
 
 アメリカでデジタルテレビの構想が具体化したのは90年代前半。それを受けて日本のテレビのデジタル化も2000年末のBSデジタル放送から本格的に始まった。しかし、その時点では、インターネットのブロードバンドがこんなに短期間に浸透するとはだれも予想していなかった。

テレビのデジタル化のスケジュール

問われるテレビのデジタル化

 97年から98年にかけて私はニューヨークの大学にいて、アメリカのメディア事情を研究していた。しかし、当時のアメリカですら、ADSLなどのいわゆるDSL(デジタル加入回線)を使った高速インターネット通信サービスについて書いてある本はほとんどなかった。少なくとも五年前には、ツーワイヤーという普通の家庭に引き込まれている電話線でメガビットクラスの情報量が送れるとは、だれも思っていなかった。ISDNで6万4000ビット、アナログ回線のモデムで5万6000ビットが限界というのが常識だった。
 それがほんの数年で、メガビットクラスのデータ量を電話線で送れるようになった。実効スピードはプロバイダーによってばらつきがあるが、いまは8メガビットを電話線で送れる。ギガビットは光ファイバーを待たなければ無理だが、少なくとも技術的にはいまの電話線で2ケタ以上のメガビットの情報を送れる。ということは、放送用に地上波に割り当てられた周波数に、だんだん意味がなくなってくるということだ。
 電話線どころか東京電力では、電灯線を通信回線に利用する実験を行っている。そうすると、どこへパソコンを持っていってもコンセントにつなぐだけでインターネットに接続できるようになる。
 「地上波をデジタル化することによって、家庭に大きな情報のパイプをつくりましょう」というのがアメリカでも日本でもデジタル化の大きな眼目だった。地上波デジタルというのは、いわば幹線道路を高速道路にという発想だった。
 しかし、ある日気づいてみたら、各家庭に1本1本、高速道路がひかれている状況になりつつある。ブロードバンドとは、そういうことだ。それとは別に、大きな幹線を敷く意味がなくなった。だからと言って、2003年に地上波デジタルをスタートすると構想をぶち上げてしまった以上、いまさらだれもやめようとは言えない。

失敗したアメリカ

 90年代後半にアメリカとイギリスはテレビのデジタル化を始めた。
 アメリカは、各放送局に六メガヘルツの新しいデジタルのパイプをプレゼントすることで、いろいろな意味の構造改革をしようと思ったが、現実は、広告収入もないのに新たにチャンネルを増やすモチベーションはない。美しい画像といっても、お金ばかりかかって一銭の収入にもならないので、高画質化は進まない。双方向性といっても、そもそも空中波は一方通行だから、これは夢物語でしかない。6メガヘルツの新しい帯域をもらった放送局は使いようがなくて、もてあましているのが現状だ。
 さらに、二つ電波をもらっても、地上波デジタルが85%以上普及しないとこれまでのアナログ地上波は打ち切れないという制約があるから、サイマル放送、つまりアナログでやっている番組と同じものをデジタルで送り出している。電気代だけでも大変なものだし、アナログ放送をいつ打ち切るかという目算も立たない。いったいいつまでこれを続けなければいけないのかという議論になっている。そういう意味からいうと、アメリカの地上波デジタルは大失敗している。

成功したイギリス

 地上波のデジタル化でイギリスは、唯一成功している国だ。要因は、放送のハードとソフトを分離したことだった。
 放送にはコンテンツ制作、マスターコントロール、送出の三要素がある。日本はこれらをすべて一つの放送局が持つ、いわゆるユニバーサルサービスが根幹になっている。
 コンテンツ制作は番組制作、つまり放送のソフトをつくることだ。
 マスターコントロールというのは、日本でいうCSのプラットフォームに当たる会社だ。スカイパーフェクTVは放送局ではない。コンテンツの制作会社がつくった番組を集めるのがスカパーの仕事で、放送しているのは衛星会社でまた別。スカパーは、イギリスでいうマスターコントロールに近い会社だ。
 イギリスの場合には、この三つのシステムが全部別会社になっている。デジタル化するにあたってイギリスは完全にこれを分離した。分離した上で、電波を使いたいならオークションで買え、番組の枠を買えということで、イギリスの地上波デジタルは一気に多チャンネル化が進んだ。
 それまでイギリスの民放は実質3チャンネルだったところに、衛星にチャンネルを持っていたグループが一気になだれを打って参入してきた。視聴者にしてみれば、地上波がデジタル化した瞬間に、見られるチャンネルの選択肢が一気に十数チャンネルに増えた。地上波デジタルになると、これだけチャンネルが増えるんだということでデジタルテレビも売れた。イギリスは、地上波がデジタル化することによって、放送業界の地図が変わった唯一の例だ。
 日本では電波の送出も各放送局が行っている。これが放送のハードの部分だ。東京の地上波は東京タワー1本に集約されているが、むしろこれは例外で、テレビ局はそれぞれがテレビ塔を持っている。関西の場合には、放送局ごとに送信所を持っていて、生駒山の上から送出している。そこには各テレビ局のテレビ塔が別々に立っている。日本国中ほとんどそうだ。東京は最後の送出部分が局横断的に統合されている稀有なケースだ。

アメリカ型の日本

 ところが、日本はアメリカに追随したかたちで、総務省(旧郵政省)が既存の放送局に6メガヘルツの帯域を与えるということで今日まできた。そしていまは、このままではアメリカの二の舞になるとみんなが思い始めている。
 本当に構造改革をするには、ハードとソフトの分離を掲げた方がいいだろうとだれしも思う。しかし、これは簡単ではない。イギリスは民放の場合、ソフトを持っている会社がアナログ時代から電波の放送権を買っていた、番組をつくる会社が番組の枠を買う仕組みだった。いままで朝の人気ワイドショーを毎日放送してた会社がオークションに失敗して電波が持てなくなり、その瞬間に番組も会社もなくなるということがアナログ時代に現実にあった。歴史的にそういう背景があって、それをデジタルに移行するにあたってシステムとして組んだからイギリスは成功した。日本は番組をつくるところから最後の送出部分まで、ユニバーサルサービス、つまり一貫生産で40年やってきていて、業界秩序ができあがっている。その業界に、ハードとソフトの分離といっても、しょせん夢物語でしかないというのが現状だ。

首都圏に集中する広告費

 民間放送の業界、特に東京キー局が、これ以上ローカル局の収益は伸びないとはっきりと認識したのは1999年だ。60年代の広告費の割合は首都圏が四割、地方が6割だった。ところが、そのころから首都圏に投下される広告費の比率が徐々に伸び、逆に地方は下がってきて99年にちょうどクロスした。いまは首都圏に投下される広告費が地方よりも多い。
 ところが、放送局の構造はいままでどおりで、東京のキー局がネットスポンサーから集めた広告料を電波料というかたちでローカル局に振り分けている。若者たちは大都市に出てしまい、地方の人口は急速に減少している。ローカル局の存在意義が急激に低下しつつある中で、その振り分け比率は昔から変わっていない。
 経済の専門家の中には、証券会社や銀行のように東京キー局同士の統合をまことしやかに語る人がいるが、この可能性はまったくない。放送法で見直されるとしたら、同一地域においては株式が10%まで、地域が違う場合には20%までという株式取得制限のうち、後者の方だと思う。そこで何が起きるかというと、中央キー局による地方局の完全子会社化だ。ただし、吸収してしまうと待遇その他の面でコストがばく大にかかるから、実質的に支配下においてコントロールするために、株式の持ち分を上げて発言力を高める。あるいは、一歩進めば持ち株会社をつくって経営権を握るという方向に動くだろう。
 これは、広告ではなくマスコミ論の観点から言うと非常に危うい問題でもある。地方紙にも言えることだが、ローカル放送局の最大の意義は、ローカルに特化した文化の担い手であるということだ。経済的な問題が、それを許さなくなりつつある。結局、“日本”という一つの文化に集約されつつあって、どんどん地方が消滅してきている。


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